第64話 傭兵の離脱

フライトレスを狩ってから、2日後に荒野の風は軍を抜けて行った。


王子の軍がこのままだと兵や傭兵への手当を払えなくなってしまうからだとか。もともと、人数は少ない荒野の風だが魔導士が2人もいるのと騎兵が多いという事と、早くに王子の軍にコンタクトをしたのが相まって雇い入れていた状況だが、格安の他の傭兵団や民兵を募り歩兵の数が集まり始めたからだと話を聞いた。


質も大事だが、やはり数、数こそが戦を勝利に導くのだと通りすがりの騎士が言っていたのも聞いて荒野の風の離脱は必然だったようだ。


僕がその話を聞いた時にはグルーム達が去って行ったあとで、別れの挨拶をすることが出来ないままの、いきなりの事だった。


折角仲良くなれたのに、こんな寂しい別れはないよと軍に対して心の中で愚痴を言うが、これも仕方のない事なのだと・・・自分に言い聞かせた。


お金の為に戦っているのが傭兵、そこに彼は忠実なだけだったというお話。仲良くなったからと言って、情などでは戦わないのは至極まっとうな事と分かってはいるのにやはり寂しさが込み上げていた。


そしてクヨクヨもしていられないのは、異教徒たちの足取りが掴めこのまま先に進めば、ボーンズ砦を攻め落とそうと集結しているという情報が入ってきたからだ。


その為に籠城の防衛戦をするという事で補給経路の確保に物資を蓄える必要が出てきたという事で、第四王子の軍の行動は大きく変わろうとしていた。


だが、王国軍は人手が足りていない。基本は北へと送り、帝国との戦争に人手を割いているのは周知の事実。


そんな中でメインではない相手の異教徒と大戦が始まろうとしている事から、流石に増援を呼ばなければいけない状況な為に王子の軍は二つに分けて各村や町を周り兵を集める部隊と、ボーンズ砦で戦いに備える部隊とで分かれる事になった。


民兵は格安で雇えたり、有志を募るような事の為にお金はあまりかからないと聞く。だが、民兵は民兵、装備も充実しておらずほとんどが農具を武器替わりに鎧なんて物は10人に一人着ていれば御の字というぐらいには雑兵だ。


それでも僕より力は強いのは確かなのだが、味方としては不安がある急ごしらえな戦力なのは間違いない。


それにだ、民兵は基本は農民。今は夏でいいのだが・・・・秋に入り収穫時期になると帰ってしまうというデメリットも存在する。


異教徒がいつ攻めてくるのか分からない防衛戦をする為に、早期決着を願うばかりだ。


そして僕は騎士たちと周辺の村を回る、物資の補給と民兵を集める部隊に任命されたのだ。


ギレルさん曰く、僕らのような魔道兵と騎士が揃っていると民兵は安心する為、兵が集まりやすいという事なので魔道兵全員は兵集めに駆り出されることになった。


1小隊7人の13部隊が近隣の各地に広がる事に。その物資と兵を集める中の1部隊に所属し、馬にまたがる騎士の後ろに乗り込んで王子の軍と離れた。





パカラッパカラッパカラッ


「魔道兵、大丈夫か」


「はい、平気です」


馬に乗り続けるのもかなり疲れるのだが、グルームの後ろに乗ったり、乗馬の仕方を少しだが教えて貰っていた為に何とかなっていた。


「最近はいつもファング卿にお世話になってますね」


「あぁ、あの時・・・リコリアに着いて、お前が傭兵の所へ駆け出したのを追って行った時からだな」


ファング卿、40代ぐらいのおじさん騎士。だいたい僕の護衛はこの人が付く事が多くなっているのだが、気難しい顔をいつもしているので話しやすい相手では無かった。


それでも親子ほどの年齢が離れている事から、気遣ってはくれている。


すでに王子の中心部隊から離れて早3日。周辺の村と言っても結構離れている場所へと向かっているようだ。


それでも少人数の騎兵の移動という事で歩みはかなり早いものとなっていた。


だが馬も走ったり歩けば疲れる、適度に休息をしながらだが急ぎめにというバランスの難しそうな忙しい移動だ。


先頭を行く騎士が手をあげる、休息の合図だ。


徐々にスピードを落とし、馬を止めると休息となる。


「後半日で、予定のホーキン村だ。ここでしばらく馬を休ませた後は一気に向かう予定だ。それでいいか」


「あぁ問題ない」


「少し俺の馬の脚の様子がおかしい、村までもてばいいが・・」


「それなら魔道兵に治癒してもらえ。おいっ魔道兵、こいつの馬に回復と後は水を俺達と馬に」


「わかりました」


騎士達の方が身分、兵としての階級は高い。ギレルさんの庇護がなければ魔道兵といえども、彼らには一般兵とそれほど変わらない扱いだ。


でも僕はそれを当たり前だと受け入れている。それよりかは逆に、グルーム達の様子を見ると軍の魔道兵という立場は少々特別扱いをし過ぎていると思えるのだ。


だからかこの騎兵の貴族の中にポツンと一人、平民身分で置かれた僕はさほど居心地を悪くは感じていなかった。逆にここでも気をつかわれるようなら、返って居心地が悪いと思える。


バケツに水を満たすと、それを騎士達はカップにすくってゴクゴクと飲み始めながら自分で用意した食事を自由に取り始める。


そして次に木に繋がれた馬の元へと向かう。


馬も暑いのか、木陰に集まり少しでも涼もうとしている様子は可愛く見える。


「とりあえずはみんなに水だよな」


馬用のバケツに水を貯めていくが・・・馬は人と違って流石に飲む量が多い。馬7頭分の水を用意する頃には結構ズキズキと魔力切れが起こり始めている。


「はぁ~、こういう時4元素だったらと思うな・・・」


特段神聖がいいとか4元素や深淵がいいとかは今まで思っていなかった。それでも戦などを繰り返すとグリモワール事に役割が違うのだと思わされる。


魔道兵の中には4元素こそ、戦の花形だと言う人も王都の魔道兵の兵舎では良く聞いた言葉だ。


そんなすでに王都での出来事が懐かしさすら覚えながら、馬の治療に入った。


すでにズキズキとくる頭痛に耐えて、一回の癒しの光を終わらせる。


「もう大丈夫かな・・・?」


特段、馬も痛がっているような様子もなく怪我をしているのかも定かではない。それに言葉も分からないのだから僕が聞いた所で返事はない。


もう一回ぐらいは重ね掛けをしておいてあげたいが、水の量が半端ない為にここは我慢してもらうのだ。


僕も水筒の温くなった水を一口とレッグレスの干し肉をかじりながら、馬と一緒に木陰で魔力切れと長い乗馬の疲労を回復させるのだった。




しばらく休息していると、騎士の一人が僕のいる馬たちが集まる場所へ近づいてくる。


「おい魔道兵、俺の馬はよくなったのか?」


「どうでしょうか、魔法は施しましたが・・・馬といういう生き物にさほど馴染みが無く、どういった様子なのかはわかりかねます」


「何を長々と、分からないなら分からないとだけ言えばいいんだよ!」


「えっ、す、すいません」


まさか一回のやり取りで怒鳴られるとは思わなかった。


騎士の中でも特段この怒鳴ってきた人は若く、恐らく20代中盤ぐらいの年齢だ。だが、他の騎士にも遜る態度は見せず悠然としている。ように見えていたが今怒鳴られた事で、ただ偉そうな人という評価になる。


「どうだビルド・・・ん、どうだ・・・」


僕が回復をかけた馬と喋り始めたので、僕もそこから離れ違う木の木陰を探そうとその場を離れようとすると・・・


「おい、まだ足が痛いらしいぞ。もう一度治癒をしろ」


少し頭痛が残るが断るのもまた怒鳴られるのも面倒だと思い、グリモワールを広げて詠唱を始める。


「おい、まだか。早くしろ」


「・・・」


詠唱中なのだが、普通に声を掛けて急かしてくる名も知らぬ若い騎士。


「何とか言わぬか、お前不敬であるぞ」


ただ返事をする訳にも行かず、集中を切らすわけにもいかず急かされる言葉と暴言を流して詠唱を完成させる。


「・・・癒しの光。申し訳ありません、詠唱中は喋れない物で」


「これだから魔道兵という者は、グリモワールを持っただけで自分が偉くなったと勘違いしおって」


「・・・」


何も返事をする事なく、今度こそはと早々にその騎士から離れた。頭痛に頭を抑えながら、気に寄りかかりまた水を飲む。


「はぁ~・・・騎士でもグリモワールの事をあまり知らないんだな」


周りに聞こえない程度の小声で独り言をポツリ。


兵士の中にはグリモワールに理解がない人が多く、詠唱が必要などと知らない人は治癒をするときは何度も急かされる事もあったが、騎士でこれをされたのは初めてだった。


それに魔力の量という概念もない為に、グリモワールを持つ者は無限に魔法が使えると思っている節がある為に酷使される事もしばしば。


まぁそれも王国がグリモワールの情報を開示しないようにした結果なのかもしれないけど・・・強い力を管理するのって大変なんだなとギレルさん達の上の人達がやっている苦労さを垣間見えるなと思いながら一息いれた。

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