第59話 グルームの場合

遡る事数週間前、荒野の風が第四王子の軍へ加わる前日


◇グルーム視点◇


「お前らいいか~ちょっと集まれ~」


隊長が気だるげだが、みんなを集めるのは何か連絡事項がある真面目な話の時だけ。


自分のグリモワールを布で磨き、一日の終わりを迎えようとしている時に隊長が傭兵の輪の中で話を始めた。


「どうやらこの近くに王国の王子が来てるそうなんだよ、そろそろ金になることもやらねーとなっておもってた時だからよ仕事すっぞお前ら」


なんとも簡潔な説明で何も要領を得ていないのが隊長らしい。だがみな黙ってうなずくのみで詳しい事はきこうとしない、隊長の事を信頼しているのもあるが、聞いても大した返事が返ってこないという事を知っているからだ。


「アゲスト、それじゃ何をするのか分からないわ。しっかりと話なさい」


ただ唯一隊長に意見が出来る人物イザベラが、みなの変わりに隊長に進言する。


この傭兵ただ一人、紅一点のイザベラは類まれなる美貌の持ち主。傷ついた時の治療や悩み事の相談、夜の相手など多岐に渡りこの傭兵団を裏から支える一番の重要人物だ。見た目と姉御肌な性格で部隊、隊長誰も頭が上がらない。


「はぁ~・・・どうやらミスライ教のやつらが王国に攻め込んできてるんだとよ、その鎮圧に南部を回ってるって話だぜ。それに一枚かませて貰おうと思ってな王子に雇い入れを申したてるんだよ」


イザベラの質問を無下に出来ない隊長は、深くため息を吐くと喋り出す。


「王子となれば金周りはよさそうだな」


四元素のグリモワールを持つアスクは大柄な見た目とは裏腹にとても頭脳明晰な人。何種類物魔法を操るのは僕よりも遥かに使える魔法が多い。そして荒野の風の副隊長だ。


「いや、第四王子らしくてあまり金は持ってないんじゃねーかって読みだな。今王国は帝国と戦争中なのに、ここら辺をうろちょろしてるのがその証拠だろ、国から期待されてないんだよきっと」


喋り方から適当な推察のようだが隊長は物事を深く見ている。この推察も間違ってはいないような説得力を僕は感じていた。


「金を持ってないのに雇ってもらえるのかしら?」


「そこがいいバランスなんだよ、噂じゃあ王子の軍1000人ほどの小規模で回ってるそうだが、アイゼルハイムやこの暑さで兵を失ってるようだからな、俺達小規模な傭兵団は補充には丁度いいと思うだろきっと、それにアスクとグルームもいるしな」


「えー、僕は期待しないで下さいよ。僕は軍という物があまり好きじゃないですから、大きくてごつくて怖いですよ」


隊長に頼られるのは悪い気はしない、だが僕ら傭兵団は帝国や王国の正規の軍からは白い目で見られる事が多々あった。国も違うのだから生き方も違って当たり前なのに、そこを理解されない為に苦手意識があった。


「俺もだ、規律だなんだと小うるさいやつらばっかりだろ」


「まぁそう言うな、そこは俺が上手くやってやるからな。つーわけで明日に軍と接触を試みるからな。はい、かいさ~ん」


隊長が決めた事に誰も反対はしない。それで今まで上手くいっているのだから、隊長の決定事項には皆従う。


ただ説明の言葉数が少ない事以外は誰も不満な事などなかった。




翌日、荒野の風は王国軍に接触した。隊長とアスクが話をしに2人で王国軍の野営地へと足を踏み入れて行った。


「何ソワソワしてるのさ」


「どんな人かは気になるものでしょ」


僕の様子をみてイザベラが声をかけてくれる。


僕にとってはお姉さんのような人だ。だが恋心もいだいているのも確か、ただそんな彼女を僕一人のものにすることは出来ない。みんながみんな彼女を好いているのも分かっているからだ。


「大丈夫だってあんたは優秀だ、軍なんてグリモワールを集めても使いこなしているやつなんていやしないよ」


「それは知ってますけど、ほら僕の顔は・・・不意にみられでもしたら」


僕はそういうと深くかぶったフードを更に伸ばし口元まで持っていく


だがイザベラはそんな僕の伸ばしたフードに添えた手を優しく握りこむ


「誰でもちょっとした傷はあるもんさ、こんなの大したことないわ」


そう言いながらフードをそのままあげて、僕の左頬を舐めるようにキスをしてくれた


「ほら何ともない、グルームは綺麗な顔してるよ」


「・・・イザベラはいつも優しですね」


「そんな事ないさ、あんたは気にしすぎ。もっと堂々としていたらもっと隊長みたいに頼れる男らしい男になれるわ」


そして僕の背中をパンっと叩く。


「まぁ何か軍のやつに言われたら私がやってやるからいいなさい、それか夜に慰めてあげるから」


僕も他の団員同様に夜の相手もしてもらっていた。ただそれは団長が空いている時でイザベラは実質隊長の女なのはみな周知の事実。


だからアスクが副リーダーではあるが、実質傭兵団のNo2はイザベラのようなものだった。本人はそんな気はサラサラないと言っているがみな信頼し頼っているの歴然だった。


「イザベラは優しいうえに頼りになりますね」



僕とイザベラが隊長の帰りを待っていると頭をガシガシと掻きながら戻ってくる隊長の姿が見えた。


「・・・不機嫌な感じだね」


「そうですね、上手くいかなかったのでしょうか」


隊長が近づいてくると喋っている声も聞こえ始めた。


「なんだよあのじじい、しつこくしやがってよ」


「まぁそうだけどよ、隊長も食ってかかるから長引くんですぜ」


その声が聞こえたのはイザベラも同様だ


「案の定揉めたっぽいわね・・・・・。アゲスト、アスクおかえり」


「あぁ」


不機嫌な隊長は短い言葉で終わらせるのはいつもの事だ。それを見越してイザベラはアスクを見ながら質問する。


「どうだったわけ傭兵の受け入れは」


「雇い入れはしてもらえる事になっている」


「そうなのね、じゃあ・・・あれは?」


イザベラは隊長を指さす。


まだ腹の虫がおさまらない隊長は腕を組んで目をつぶっているだけだった。


「契約を結んだあとにな・・・魔道兵のじいさん、王子の軍の参謀が俺ら魔導士に教育を施したいといってな」


「教育ですか?」


「あぁ、それを聞いた隊長がかぶせるように断ってよ。ただあっちの爺さんも話を聞くだけだからと最初はやんわりとした進言だったんだが・・・」


「あぁ~・・・」


イザベラは理解したかのように頷いた。


「あねさんが思っている通りだ、隊長は全く聞く耳を待たずいらんの言葉で両者ともドンドンと熱くなっていくもんだからよ・・」


「何やってんだいこの馬鹿は・・・今から味方になろうって相手に」


イザベラに頭を小突かれた隊長。だが不満顔はいまだに続く。


「その教育ってどんなのか聞いているんですか?」


「いや、内容を聞く前にいらんの一点張りを隊長は通したぜ」


「しつけーんだよあの爺さんがよ。アスクもグルームも軍と交流したくないって言ったからきっぱりと言ってやったっていうのに何度も何度も」


「そうだけどよ、もう少し断り方があるってもんでしょう」


その現場を唯一見ていたアスクから見ても、隊長に落ち度がありそうな説明。ただ隊長の行動は僕らの為を思っての行動だったようで隊長がすごく悪いとも思えなかった。


「・・・グルーム悪いが、あの場を丸く収めるために後で俺と一緒に魔道兵の所に挨拶に行ってくれねーか」


「あっそのぐらいなら全然いいですよ」


アスクさんはこの隊での気苦労の絶えない人だ。


「・・・一応、俺もいくからなそれ」


「もう次は大人しくしといてくださいよ」


「へいへい・・・だがあの爺さんの出方次第だな」


「アゲスト、ちょっと頭冷ましに行くわよ。じゃあアスク、グルーム遅れないようにこいつ連れていくから」


隊長はイザベラに腕を組まれ森の中へと入っていった。


「隊長は悪い人じゃねーんだけどな~、向こうの爺さんも別に無理強いって感じでもなさそうだったが」


「まぁ・・・隊長が僕らを大事に思ってくれている事は分かってますから」


「だな、グルームも小一時間ばかり時間を潰しててくれや」


「分かりました」


少し先行きに不安が残る軍との最初の接触だった。

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