第60話 グルームの場合2

「そろそろ行くか・・・日が結構落ちちまってるからな、グルーム光を頼む」


「はい」


グリモワールを開くと小さな丸い光源を出す。


「いってらっしゃ、よく言って聞かせたからもう大丈夫だと思うけどアスク、グルーム頼むわね」


「・・・わかってるって」


「はい、いってきます」


「あねさん、助かります」


イザベラに送り出され僕らは魔道兵が集まる軍の野営地へと向かった。




軍では歩兵と魔道兵とでは別々に野営をしているそうだ。なぜそんな事をする必要があるのか分からない所が軍という物が不気味な存在に思える。


野営地の区切りのような境目が出来ている所に入ると、ここに魔道兵がいるのだと分かり僕はフードの裾をひっぱり深くした。


僕らが到着すると同じような服を着た人達が・・・10人ぐらい。ただきているローブのような短いマントの色が違うのは魔道兵とその召使いの違いというのをアスクから昔聞いていた。


その中で一人・・・まだ幼い顔立ちの背丈の子を見つける。


・・・あんな子供も従軍しなければいけないのか。


それに若い女性も同じように召使ではない魔道兵の短いマントを身につけている。


傭兵団ではイザベラだけが紅一点それでも救護係としての立ち位置だ。他は娼婦や給仕係に女性はいるが表立って戦うことはない人達だけなのだ。


これを見ても女性も戦場で戦うのかと王国の軍を見る目がまた少し変わる。



「あー・・・みなの者集まったの、こっちのが傭兵団じゃ。此度の異教徒制圧に力を貸してくれるようじゃかならまぁ、よろしく頼むわい。以上じゃ」


魔道兵のトップのような老齢の魔道兵が僕らの事を紹介しているが、なんともあっけない説明。


・・・この人が隊長とやりあった人に違いない。


そのお爺さんの説明をとりなすように兵隊の隊長の人がうちの隊長にも挨拶をと進言してくれた。ただ隊長はお爺さんの言葉でダルそうな態度を崩すことなく喋り始めた。


「あー・・・俺が荒野の風の一応リーダーのアゲストだ。50人ほどの小規模な傭兵団だが、この2人はまぁ優秀な魔導士だから魔道兵さん達よろしく頼む。お前ら一応自己紹介しておけ」


・・・挨拶か。


何を話せばいいのかと悩むが、それは頼りになる副リーダーが先を行きしめしてくれる。


「うっす、アスクだ4元素のグリモワール。よろしく頼む」


名前とグリモワールの種類という簡単な物だけを伝える。それを聞き僕も続く。


「グルームです。深淵のグリモワールをもっています。よろしくお願いします」


僕が挨拶をしていると、僕と同じ背丈の少年がこちらを見ていた。純粋そうな綺麗な丸い目をしている。やはりその顔にはあどけなさが残り僕が想像していた軍の兵士、魔道兵とはかけ離れた存在に思えた。


「とまぁ・・・そういう事だから、短い間だがよろしく頼む」


隊長がそう締めくくると僕らは魔道兵の野営地を後にした。



途中まで兵士に見送られたが、軍の野営地を出ると付き添いはなくなり僕ら3人となった。


「なんかパッとしないやつらばっかりだったな魔道兵」


「だな、女子供も混じってあれで戦えるのか」


「・・・でも僕はあの少年なら仲良く出来そうかな?なんて」


「あー・・・グルームより年下そうだったが、軍に入るってことだから16は行ってるだろうな」


「あっじゃあ同い年かも!」


「・・・喜ぶな。仲良くなるのはいいがな、契約がきれたら敵同士になる可能性もある。距離感は考えとけよ」


「それは分かってますよ、でも傭兵にしろ軍にしろおじさんばっかりで話が合わないもん」


「おっいったなグルーム!」


隊長が僕の頭をグリグリと握りこぶしで抑え込んでくる


「いっいたいたい!?詠唱が飛んでく!」


「ったく、生意気な口いいやがって」


最後に握りこんだ拳をグッと抑えつけてようやく解放された。僕の頭はじんわりとした痛みだけが残った。


「まぁいいじゃないですか、軍の実情を知れたら俺達も動きやすくなる」


「えぇ!?仲良くはしたいですけど、スパイみたいな事は嫌ですよ」


頭をさすりながら、アスクの言葉を否定する。


「深く考えるな、世間話ぐらいでも情報は多いにある。それに有能なら傭兵団に引っ張ればいいしな」


「う~ん・・・まぁいい人なら友達に欲しいですが」


「まぁアスク、グルーム上手くやってくれ。ただ向こうはこっちを警戒しているからそう簡単にはいかないかもしれないけどな」


隊長が話を切り上げたのは僕らの先にイザベラを見つけたからだ。隊長は手を振りながらイザベラの元へ歩いて行った。


でも話ぐらいは本当にしてみたいなと思っている為、今日の魔道兵との挨拶のあの歓迎されていない様子に肩を落とす。


「グルーム、隊長が言ってたように深く考えるな。話が合えばそれは軍とか傭兵とか関係なく交流すればいいだけの事だ。じゃあ明日からよろしくな」


「ふふ、了解です」


口数がいつもは少ないアスクだが、こういう時は副リーダーとしてなのか僕の気持ちを汲み取った言葉をくれる優しい人。


ただそんなアスクも娼婦がいるテントへと向かっていく。隊長に付き従うと鬱憤も溜まるのだろう。


僕は一人魔道兵の少年がどんな人物なのか、期待に胸が膨らんだ




王子さんの軍に入りリコリアへと向かうが、既に戦の真っただ中なようだ。


「戦闘のお達しが出たぞ、アスク、グルームいくぞ。イザベラは騎兵の準備をしろ、右から回り込む」


リコリアに着いたと同時に、隊長から出撃命令がでる。


「一度リコリアの兵の撤退の手助けだ。軍は統率に時間がかかるから俺達で先に先行するぞ」


戦となれば隊長は誰よりも迅速に判断し動く。ただその命令にすぐ動けるのも50人という小規模ならではのメリットである。


そしてみながそのメリットを理解し、素早くまとまった動きができるのも荒野の風の良いところだった。


「敵にも魔導士か、遠くから撃ってるな」


「結構手練れですね、あの放物線、着地地点を予測して撃ってますよ」


戦場を見渡すと火の球がリコリアの兵が固まる場所へと星が落ちてくるかのごとく降っていた。


「アスク、グルーム。あの辺りに隙間が少しある。あそこへ魔法を撃ってリコリアとミスライを分断できるか」


ただそんな中、隊長は戦況を把握していた。流石隊長だ。


「あぁ問題ない。グルーム俺が先に撃つ、ミスライの足が止まったらお前の魔法だ」


「了解!」


「行くぞ!」


隊長と僕とアスクの短い会議の間に他の騎兵も出発の準備が終わり、隊長の掛け声で一斉に平野を駆けだした。


僕はグリモワールを開き、詠唱を始める。


馬に乗りながらの詠唱、両手がほぼ使えず体のバランスだけで馬を操らなければいけないが慣れるとどうという事はない。


パラパラパラっとグリモワールがめくられていく。


「そろそろだ!アスクとグルームを囲め!魔法の邪魔をされないように目隠しになれ!」


隊長の言葉に団員は僕らを囲むように密集陣形になる。


ヒヒーーン!


アスクの乗る馬の鳴き声、魔法を放つ合図だった。


「フレイムバースト」


物静かな魔法の言葉を放つアスク。そこから寸分の狂いのないアスクの魔法はリコリアとミスライの兵の間へと着弾。


着弾と同時に起こる爆発にミスライを巻き込み、リコリアの兵には誰一人巻き添えをしていない精密な魔法。


僕はそれに続く。


馬を足でトントンと叩くとヒヒーンと鳴く。僕も魔法を放つ合図をした。


・・・大地を揺るがす裁きの雷


詠唱を終わらせ魔法名を発す


「黒雷!」


ドゴンォォォ!!


魔法名の通り、1本の黒い雷が戦場に落ちた。その雷は地面へと落ちると何本にも分かれ地面を這いながらミスライを襲う。


「いいぞ!アスク、グルーム!お前らも止まれー」


2回の魔法でリコリア兵を追っていたミスライは足を止めていくのが見えた。


そして魔道兵の人達も僕らの魔法に続き、リコリアとミスライにできた溝へと放ち、倒すと言うよりかは本当に撤退だけを主として防衛線のように魔法で埋め尽くしていく。


「なんだありゃあ?」


だがその魔法を見て隊長は呆れたようにつぶやいた。


「・・・本当に大した連中ではないのかもしれないな」


それに答えるようにアスクも呟く。


だが僕も同じように思える。


バラバラと放たれた魔法。分断する事がメインとしているのは分かるが、魔法の着弾地点が被ったり、一つは遠くへ飛んで行ったりと狙っているのか?と思わされる光景だった。


だがそんな余裕な態度の僕らとは裏腹に天気が変わり始めた。


空はいつの間にか雲で覆いつくされ辺りが一気に暗くなる。


「ん・・・なんだ」


「この感じ・・・魔法だ!?」


みなこの暗い空気に気が付いたのは同時の事。


「ひけ!」


一番先頭にいた隊長が撤退の合図をだした瞬間、隊長の目の前ほんの1m先から嵐が吹き荒れた。


そこに綺麗な境界線があった。


そしてその嵐の範囲にリコリアの兵が含まれていない事に気が付くと、この魔法を使ったのは軍の人だと言う事は明らかだった。


「あぶねー事しやがるな・・・」


隊長の怒り混じりの声が聞こえる。


怪我はしなかったもののもう二、三歩歩足を踏み出していれば、魔法の範囲に入っていた。これは計算されてやったものなのか・・・?


「俺達傭兵の命を何だとおもってんだよあいつらは」


こんな広大な範囲を覆う魔法をギリギリ狙ってやって出来る物なのか?そんな芸当は僕やアスクでさえも無理だと隊長でも分かっている為に隊長は運が良かったとボヤキながら怒りを露わにしていた。


「おい、どこのどいつがこの魔法撃ったか顔見に行くぞ。文句の一つでも言ってやらねーとな怒りが収まらん」


隊長の言葉にそうだそうだと団員も続き、怒りを隠そうとしない隊長の後ろへと並んだ。


隣の嵐の中ではミスライたちだけが苦しむ様子に、僕とアスクは首をかしげながら、


「これは狙ってるよな」


「・・・でないと、ミスライだけ範囲内なのに説明が付きません」


「だよな、軍にも本物がいるようだな」


アスクと僕は同じグリモワール使いとして、この魔法を扱う人の熟練度がかなり上にいる存在なのだと思い知らされていた。

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