第58話 破れたカバンから

フライトレスの群れは僕らの前を通り過ぎて行った。逃したやつも何匹もいたが倒れている数は何十匹もいる。


兵士達はトドメを指しにバタバタと倒れているフライトレスの首を落としていく。


「僕らも行こうか、トドメを刺さなきゃね」


「えっでもそれは兵士の人が」


「そういうのは良くないな~、魔導士も歩兵も平等が傭兵のモットー」


「じゃあ僕は傭兵ではないのでいいですね」


「屁理屈言わない、こういうのも経験。というか傲慢になるよ」


「えっ・・・分かったよ行くって押さないで」


傲慢という言葉に引っかかり、グルームに背中を押され僕らもフライトレスのトドメを刺しにきた。


グルームは腰に差したナイフを取り出す。


「武器持ってるの?」


「一応ね、これはミスリル銀だからね。グリモワールを邪魔しない物」


「流石、一流の魔導士。持ってる物も一流」


「ふっふっふ」


グルームはそのナイフを使い、倒れているフライトレスに差し込みトドメを刺していた。


僕は武器ももっておらず、グルームがトドメを刺すのをただ見ているだけ、とはいかず。


「はい、次ノエルやってごらんよ」


「あっやっぱり武器持ってないっていう言い訳は・・・」


「きかないよ、はいどうぞ」


グルームがクルっとナイフを回すし、持ち手を僕の方に向けてナイフを渡してくる。


「・・・はい」


ナイフを握ると・・・あの時殺した魔導士の事が思い浮かんだ。



バタバタと足を動かし、もがいているフライトレスの頭を押さえつける。


首にナイフをあてがうと、ナイフを力いっぱい握りゆっくりと差し込んでいく。


あの時もこんな感じ


最後にグサっと思いっきり一突き、フライトレスに差し込む。


そうこんな感触だった気がする。


ナイフがフライトレスの体に埋まっていくと、フライトレスはベロをだらりと垂れさせ動かなくなった。



「はい、よくできました」


「うん」


グルームにナイフを渡し返す。僕の手には肉を刺した感覚だけが残った。


「交代っこでやっていこっか」


「そうだね」


だが嫌だからとか、気持ち悪いだとかで拒絶できる世界ではない。平然と周りで作業している兵士やグルームもやりたくてやっている訳ではないというのは分かっている。



その後2人でフライトレス3匹にトドメを刺し、周りの兵士達も血抜きを行い始めたりと次の段階へ移っていた。


「ノエル、そこ抑えといて」


「うん」


バタバタと少し勢いがまだ残り、最後のあがきをしているフライトレスが1匹。一人で押さえつけるには僕らでは力だ足りない為に二人係で押さえつける事に。


ギュオーーン


鳴き声とともにバタバタと体を翻し、首を振るう。足だけはグルームの魔法で砕かれた為に起き上がろうとしても起き上がれない事で尚更暴れているようだ。


「このっ!暴れるな!・・・うわっうわっー」


「グルーム!?」


顔を押さえつけていたグルームが、その首を振る勢いだけで吹き飛ばされる。


「いつつ・・・ノエルあぶない!?」


グルームが吹き飛ばれたことで、フライトレスの顔周りはフリーになってしまった。


僕は体を抑えていたが、そのフライトレスはグルームを吹き飛ばしたことで冷静になったのか、僕を見定める目と視線があった。


その瞬間、しなやかなに曲げた首を見て僕でも来るっ!と瞬時に分かった。


だが僕にはどうする事も出来なかった。ただの普通の人・・・いやそれ以下の何の力も無い人間だ。グリモワールが無ければそこらの子供と同じなのだから。


しなやかに曲がった首は、グっと力をいれて弓から矢が放たれようとしている様な瞬間がスローのように見えていた。


ただどうする事も出来ず、僕は体を背けてフライトレスから少しでも離れようとするのも間に合わない。


フライトレスのくちばしは勢いよく僕へと向かった。


ガンッっと音とともに僕は吹き飛ばされた。


「うわっ!?」


ズサリと背中から倒れ、またあの痛みが襲ってくるのか・・・奇襲を受けた時の事を思い出し悲観していた時だ。


「・・・闇の矢!」


グルームの魔法を放つ声が聞こえる。


はぁ~・・・嫌だ、もうあの痛みは・・・・


目を瞑り、恐る恐る痛みが走った場所に手を持っていく。・・・・あれ?右の脇腹辺りを刺されたはずだが特に血が出ているわけでは無さそう。


目を開き、脇腹を触った手を確認するが血は着いていない。


痛みは確かにあるが・・・大した事はなかった?


ただ死にかけの魔物の一撃は僕が思っていたよりも鋭くなかったのか、少し吹き飛ばされただけにとどまっていたようだ。


あっそうだグルームが倒してくれたんだった!


上体を起こし、フライトレスとグルームの方を向くとグルームはフライトレスの近くで佇んでいた。


ほっ・・・グルーム特に怪我がある訳では無さそうで安心する。


起き上がると、僕はグルームへと声を掛けながら近づいていく。


「グルームー、大丈夫?怪我はしてないです・・・・か?」


僕はグルームの背中越しから声をかけていた。グルームは僕の言葉に反応せずじっと止まっているので、後ろかから覗き込むようにグルームの顔を見ようとした。


だがそれよりも先にグルームが手に持っている物に気が付き、僕も一瞬言葉を失い止まる。


グルームが持っていたのは僕の古代のグリモワール。金色の文字を浮かせる手帳サイズの小さな物。


ハッとして、自分の斜め掛けのカバンに入れていたのにと思い、すぐにカバンを確認するとポッカリと穴が空き破れていた。


そこで何が起きたのか理解した。フライトレスの攻撃はやはり鋭い物だった。直接生身に当たれば致命傷になりえる物だったのだ。


だが、グリモワールが盾になり直接的な痛みはなく、ぶつかった打撲のような痛みだけが僕に残ったのだ。



「これ、ノエルの?」


ただ、そんな思考をしている時にグルームからはいつもより低い声色で質問された。顔はフードで隠れどんな表情をしているのか全く読めない。


「あっうん、それがあったから致命傷をまのがれたみたい」


「これ古代のグリモワールだよね?どこで手に入れたの?」


「どこで・・・」


グルームと仲良くなった手前、人を直接殺してとはいい辛かった。いや兵士なのだから人を殺すのは当たり前なのだが、僕にとってあの経験は勝ち取ったとか誇らしい物には思えなかったから言葉に詰まり、


「いつの戦か忘れたけど・・・その時にたまたま拾った物だよ」


「・・・ふ~ん。どんな魔法が込められているのか知ってる?」


僕はすでにこのグリモワールがどんな魔法を放つか知っていた。王都で一人の時間になった時に詠唱をし実際にその効果を体験していた。


だが、その効果はこの不自由な世界では唯一無二な存在になりえる物だった。人に話すにはまだ自分は実力不足、読める事も踏まえまだ誰にも言わない方がいいと思っていた為にグルームにこう聞かると


「ううん、拾ったものだからどんな魔法が出るのかし、知らないんだ」


嘘をついてしまった。嘘をついた罪悪感はある為に少し噛んでしまう。


「・・・そっか。はい」


「ありがとう」


グリモワールを手渡されるが、グルームの表情は今だ見えない。


何か気にしている素振り、古代のグリモワールが珍しいとかそんな感じ?いや少し何か違う・・・


グルームの今の感情が全く読めず、何を話したらと思っていたが


「ちょっと、僕隊長の所に行かなきゃだから」


グルームから先に言葉を発する。


「えっあぁうん。狩り楽しかったね、また後で」


「・・・うん、また」


グルームは去り際にもう一度、僕に返した古代のグリモワールを見て気のせい・・・、そう聞こえたような気がしたが既にグルームは走って行ってしまっていた。


ただ去り際のまたね、またという言葉。僕らが次顔を合わすのは当分先のことだった。

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