第47話 リコリア戦

朝の7時にリコリア付近の平原で陣形が組まれていく。


横並びになった王国の兵士や騎士達。


左翼から僕ら魔道兵が混ざった編成。真ん中は2重になったリコリアの兵。右翼にはギレル様やリコリアの魔道兵が混ざる精鋭部隊が待機している。傭兵や騎兵は昨日の夜から相手の後方に回り込んでいるようだ。


王国側はリコリアの兵と王子と傭兵などを合わせ3000人ほど、異教徒はその倍ほどの5000人だそうだ。数では大きく不利な状況を覆すには作戦の成功が大きなカギとなる。


ずらっと並ぶ王国兵と対面に異教徒。野戦を対人で戦う事が初めての事でどこか、緊張というよりかは浮足立った状態だった。


「ふー・・・」


「どうした、緊張しているのか」


隣にいるベルトリウスさんが僕の深呼吸に似た、ため息を聞き声を掛けてきた。


「はい、これだけの見える人数で戦う事は初めてなので」


戦自体も経験が少なく、数ある経験した戦も攻城戦と相手は砦に籠り姿は見えず、味方もバラバラと攻めて行った為に全く別物だった。


「しっかりしろよ」


パンっと背中を叩かれる。喝をいれてくれたようだ。


「はっはい」


ベルトリウスさんにそう言われ、もう一度深く深呼吸をするとグリモワールを左手に持ち、聖なる領域の詠唱を始めた。


ベルトリウスさんも、グリモワールを構え詠唱に入る。周りの魔道兵全員も同じようにパララララとグリモワールが開かれていく。


今か今かと戦闘の合図を待っていたが、異教徒側から太鼓の音が響き始める。ドンドンドンドンと低音がお腹に響くさまは恐怖を駆り立てられそうだ。


その音を打ち払うかのように、王国側は角笛を鳴らす。


こちらはプオーンプオーンと高く響き左翼、正面、右翼とあちこちにやまびこのようにこだまする。


「始まるぞ・・・」


「ふーーーふーーー」


周りにいる兵士達も鼻息荒く、待ち構える。


太鼓と角笛の音が鳴りやむと戦が始まった。


地鳴りのように足音が響き、異教徒が雄たけびを上げてこちらに向かってくる。


「弓隊かまえーーーー!」


指揮官が弓隊へと指示を飛ばす。


カチャリと矢をつがえる音から、ギッっと弓を引く音が鳴り・・・




「放てーーー!」


シュンシュンシュンと勢いよく矢の雨は、異教徒の上空へと飛んでいく。


目の前でその矢を受け倒れていく異教徒だが・・・勢いはとどまることを知らない様子。


「魔道兵!うてーーー」


そして指揮官の合図で、魔道兵5人から放たれる魔法。


「火炎!」

「火炎・・・えっなんで発動しないの!?失敗!?」

「瘴気!」

「瘴気!」

「フレイムバースト!」


一人失敗している人もいるが、魔道兵の魔法は敵へと飛んでいく。


ドーンと着弾した時には大きな音を響かせ、火柱を上げたが・・・それでも異教徒の勢いは止まらなかった。


「弓隊下がれ!ぶつかるぞ!!」


異教徒の勢いは前衛の兵士達にぶつけられた。


雪崩れ込むように異教徒は前にいる兵士達を飲み込こもうとしたが、王国側は強固な陣形を組み今は防御に徹していた。


「押されるなーー!踏ん張れー!!」


3列ほどの前にはもう異教徒がこちらを殺そうと必死に武器を振り回してる。


それが目前に広がり・・・逃げ出したい気持ちになる・・・


カンカンと武器と盾が響き合い、味方と敵の怒声が絶えず繰り出される。


・・・落ち着け、まだだ・・・僕の出番はまだだ・・・



「矢がくるぞーー!」


その声と同時に空は少し黒ずむのは、矢の影が見えた時。


!?


「聖なる領域!」


僕は考える間もなく、魔法を展開した。


キンキンキンと矢の雨は僕の周りだけを弾く。領域内に入れていない盾を掲げなかった兵士は矢が刺さり倒れた。


・・・僕は助かったのか。


矢が刺さり、痛みもがき苦しむ兵士をみると手が震えた。


「ノエル君!今じゃないだろ!!」


「で、ですが!」


「魔力を無駄にするな!役目を全うしろ!」


僕はベルトリウスさんの言葉で矢の脅威が一度去った為に魔法を解除する。


「もういい!次に備えろ!」


「ぐっはい!」


僕の出番はまだなのに、矢の恐怖に負けて魔法を発動してしまった。周りで倒れている兵士を見て、僕は間違っていないと言い聞かせたいが・・・僕らには騎士がついていた。あの数ほどの矢なら盾だでけ十分だったかもしれない・・・


自分の失敗を後悔するが、まずは次の詠唱だ!


心を乱された僕には詠唱を思い出しながら唱える事は出来ず、読み進めた。




「魔道兵!詠唱が出来た者から撃て!弓兵もだ!」


「ぐあーーー!」


「この!!」


「死ね!異教徒が!」


ガヤガヤとした音の中に確かに聞き取れる言葉が、更に僕を焦らせる。


「火炎!・・・また失敗!?うそーー!?」


その中で一人緊張感の出ない声を見つけ、その方をみると首を傾げグリモワールをベシベシと叩くアンリさん。


・・・見なかった事にした。


そんな人と比べて、他の4人の魔道兵は2回目の魔法を撃ち切った。


火炎1発で大体3~5人程度、固まっていれば10人は巻き込む事が出来ている。深淵の瘴気も同じようだ。


それにベルトリウスさんの”フレイムバースト”は2~30人を巻き込む範囲だ。弓兵と合わさり、左翼側の勢いは弱まってきていた。


勢いが落ちた状態で異教徒と、王国側はイーブンのように拮抗上体となった。


だが、敵の魔導士から魔法が2度ほど飛んできてからは鳴りを潜めていた。


他の中央、右翼を見てもこちらからは魔法を撃っているが異教徒からは飛んできていなかった。


・・・ギレルさんの読み通りにありつつあり、冷や汗が流れる。


「中央がかなり攻められてきているな、そろそろ頃合いだと思うが傭兵達はまだか」


バシバシバシ


「いう事聞きなさい!この古本!」


魔道兵は最後の作戦の為に、魔法を打ち止めしている者と、魔力に余裕がある者は3度目の詠唱に入っている者・・・とグリモワールを叩く者に分かれていた。


「弓隊うてー!」


「そこ!穴が出来たぞ塞げ!」


「隊列だ!隊列を崩すな!」


「しね!しね!」


乱戦にならないように、兵士達は強固な陣形を組み一人がやられてもすぐにその穴を埋める。


そんな長い拮抗状態が1時間ほど続いた。


すでに中央は異教徒がかなり押し込み、凹のような形になりつつある頃だった。


プオーンプオーン!


「やっときたか!」

「異教徒共これで終わりだ!」

「援軍だー!構えろ!」


敵軍の後方から吹きならされる角笛の音。


その音と共に騎兵による怒涛の足音が迫ってくる。


左翼側の上空には暗雲が立ちこみ始めているのはギレルさんの魔法の影。


「包囲殲滅開始だ!魔道兵!」


「瘴気!」

「突風!」

「吹き荒れる氷!」

「毒霧!」

「火炎!火炎!!かえーん!!もう!」


左翼でも作戦の合図がだされ、魔道兵の範囲魔法による包囲が始まった。


黒い霧と毒のような紫色の霧が風に乗せられ広がっていく。濃度は薄くなりそうだが、もがき苦しむ異教徒たちには十分のようだ。


そこに動きが遅くなった異教徒へ、降り注ぐ氷が刺さる。その魔法の範囲から逃れようと異教徒は更に中央によっていく。



「ぐっ退却だ!」

「駄目だ後ろから騎兵が来ている!」

「押し込めー!」

「さっきまで勢いはどうしたーー!」


逃げ出す事を許されず、退路を断たれた異教徒たちは更にパニックに陥る。


そんな恐慌状態に陥った異教徒の中に魔法が撃ち込まれるのは、グルームとアスクの正確な狙いの魔法が敵の指揮系統を更に壊していく。


左翼には広範囲に広がるギレルさんの魔法がうごめき、異教徒達をドンドン中央に押しやっていく。


そして中央で押されていた王国兵も、後退を止め、今まで押されていたのが嘘のように異教徒たちの勢いを止めた。


左右には魔法、後ろには騎兵、正面には強固なリコリア兵が陣取り異教徒は四方を囲まれてしまった。王国側の包囲が終わり・・・後は殲滅だけとなる。


「流石ギレル様だな、こんなに綺麗に作戦が決まるなんて」


「やっぱり魔道兵なんだよ、勝負を決する力があるのは」


「これで私も手柄が一つ・・・」


自分の役目を終えた魔道兵達が、目の前に広がる作戦の成功に勝利を確信したかのように口走っていた。



そんな浮かれる魔道兵達を尻目に、僕はギレルさんの指示通り”聖なる領域”をいまだに待機状態だった。

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