第44話 リコリア

リコリアに着いた時には、野戦の真っただ中だった。


リコリアの平地には、南部からくる異教徒の達の国との境目を大きく分断する川が流れている。


川幅が40mほどだが、歩いて渡ってくる様子はそこまで深くはないようだ。冬ならこの川を渡るためにそれなりに準備は必要そうだが、今は夏。相手からしたらこちらへ攻めてくる絶好のシーズンのようだ。


その川岸に王国側は防衛ラインを引いていたようだが、徐々に後退を強いられてすでに異教徒たちは川を越えて拠点を構えていた。



「魔道兵は中央からいくぞ」


ハイマーさんから指示を受けて、僕ら魔道兵も指示の元に動き出す。


現在の魔道兵の部隊は第一部隊しかなくなってしまった。ギレルさんを除けば6人しかいない為に、部隊を分ける必要はなかったのだろう。


「うわぁ~・・・敵も魔道兵いるの~・・」


僕のとなりにいる・・・アンリだったか、アイゼルハイムの時にもわがままを言っていた女性が愚痴をこぼす。


戦場では火柱に、黒いモヤのようなものが生み出されている。それが先に戦っている王国兵士に向けられて放たれているのだから、相手にもグリモワール持ちだと分かるというもの。


僕ら魔道兵はその事に対し、気を抜けない相手だと気を引き締めなければいけないが・・・


「うじゃうじゃいるぜ!これはチャンスだ!」


「俺もなってやるよ魔道兵にな!」


兵士達には、幸運や転機そんな風にとらえているようだ。


人同士の野戦をみるのも僕はこれが初めてだった。


王国兵は隊列を整え、向かってくる敵を盾で弾き槍で刺す。その後ろには弓兵が配置され常に矢を遠くへと放っている。


それとは真逆に異教徒側は隊列なんてものはなく、バラバラとリコリアの兵士へとぶつかっていく。はたからみると素人とプロの違いのようだ。


だが勢いと数で異教徒側は王国側を押していた。それに王国側には隊列を組むことによる欠点を相手に突かれていたのだ。


隊列を組むという事は密集するという事・・・それは魔道兵の恰好の的となってしまう事。


密集している所に魔法を撃ちこまれると、その箇所はひとたまりもない。それが異教徒側の作戦なのか、歩兵戦では群を上げている王国側はその魔法と数の勢いで徐々に後退を強いられている。


「みなのもの、リコリアの兵の撤退を手助けするぞ。一度体制を整えるそうじゃ」


第四王子の軍が加わっても、すぐに鎮圧というわけには行かないような指示が僕ら魔道兵に飛ぶ。


王子の兵士や騎兵が戦場を駆けていく。その中に傭兵団の荒野の風も王国兵とは別の動きで右翼から側面を攻めるよう進んでいくのが見えた。


「各自”火炎”と”瘴気”の準備じゃ」


魔道兵はギレルさんが直々に指示を出し、みながグリモワールを開き呟く人、目をつぶり口だけ動かす人などに別れ詠唱を始めた。


僕だけ指示がないが・・・一応、聖なる領域だけは準備しておいた方がいい気がする為に、グリモワールを読み進めていく。


ギレルさんもまた小さな古代のグリモワールを開き、いつでも魔法が撃てる状態にしている。


グリモワールの魔法は僕が見た中では大体が範囲攻撃のような物が多く、よく4元素持ちの人が使う初級魔法の”火炎”も着弾地点に爆発を伴う火柱を上げる小さな範囲魔法となっているのだ。


敵味方が入り乱れる中にそんな魔法をピンポイントで撃てるはずもない・・・僕は、いや僕ら魔道兵はそう思っていた。



ドーン!



そんな時に火柱が上がった。それは敵味方入り乱れる中の戦地のど真ん中。


「なんじゃ!?誰がうちおった!?」


ギレルさんが魔道兵を確認するも、みな詠唱中か待機中の人ばかり。周りを見渡しても首を振ったり、詠唱待機状態を見せる魔道兵・・・6人の魔道兵が撃ったものでは無さそうだ。


その時続けて、黒い雷のよう更に戦地に落ちる。


その落ちたときの轟音はまさに、雷。


だがその2発の魔法で、敵と味方の間に溝が出来た。異教徒は魔法をこちらが撃ってこないと高を括っていたようだが、その2発で恐れがでたのか足が止まったように見えた。


「やつらか・・・今じゃ、詠唱出来ておるから隙間目掛けて撃ち込むのじゃ。自信が無いものは遠くを狙え」


ギレルさんの言葉で魔道兵から次々と放たれる魔法。


石を燃やし飛ばす、投石機のような役割をする火炎の魔法。


それが3発、それとは別に黒い霧が2カ所現れた。その霧は徐々に広がり、発動地点から最大で10mほどのサイズとなり・・・その中にいた異教徒たちは苦しみその場から離れていく。


「タービュランス」


そしてギレルさんの広範囲の魔法が敵の右側の、逃げ遅れた異教徒たちを一掃した。ギレルさんの魔法の中では人は風で宙を舞い、氷柱は体に刺さる。その光景をみた異教徒たちは誰も仲間を助けに行こうとは出来ず、退いて行った。


だが、右側には傭兵団がいて・・・少し巻き込みそうになっていた様子はヒヤヒヤするものだった。


王子の歩兵や騎士達も、そんな逃げ出していく異教徒を深いすることなくリコリアの兵を誘導するように下がってきた。同じく目立つ色合いの傭兵団も、同じように兵士達と下がってくるのが見えた。


「・・一度これで終わりかの」


ギレルさんもその様子を見て、撤退作戦はうまくいったという様子だが・・・顔は不機嫌そのもの。そしてそのギレルさんの不機嫌を助長するように、傭兵団の馬に乗った何人かはこちらにむかってきた。


パカパカパカ


「・・・誰だあの馬鹿でかい嵐をうったやつは」


僕らに近づいた時に開口一番にそういうのはリーダーのアゲスト。その後ろに馬にまたがるアスクとグルームだと思われる2人が後ろにいた。


その言葉は怒りが見え隠れするが、抑えているのは分かる。


「なんじゃ?わしが撃ったがどうかしたかの」


ひょうひょうと答えるギレルさん。何がいけないんだという雰囲気は分かっているのに、わざと煽っている様子。


「爺さんか・・・危うく巻き込まれる所だったぜこっちは」


「じゃが巻き込まれておらぬじゃろ?」


「・・・そうだが、危険な事には変わりなかったぜ。一歩間違えば死んでいた」


「それはお主らも、味方と敵の中に魔法を撃ちこんどるでは無いかの?」


「アスクとグルームは確実に敵だけを狙って撃っている。味方は誰一人巻き込んではいないぞ」


「そうか、わしもじゃ」


ギレルさんの言葉はお主らがやったからやり返した。そう言っているようなもんだった。


少し子供じみた言い合いように見えるが、やっている事は正直、両者高度な事をしている。


「兵隊のくせにやるようだな爺さんは・・・てめーら行くぞ」


言葉ではギレルさんに敵わないと踏んだ様子のアゲストは、傭兵団を率いて離れて行こうとした時だった。


「ちょっと!あれ!こっちに向かってきてるわよ!!」


叫んだのはアンリさん。アンリさんを見ると、指は空をさし目は見開いていた。


僕も同じように見ると、指さされた方角をみると火の球がこちらに向かって2発着弾しようと放物戦をかいて飛んできていたのだ。


「くそ!やべーぞ!」

「隊長!」

「ち、散れ!散開!」

「キャーー!」


ヒューーーっという音は花火に似ている音。みなが騒ぐ声をかき消すようにこちらに近づいてきていた。


「ノエル!」


ギレルさんが僕を呼ぶ声。それは僕の耳に確実に届いた。正直すでに足はすくみ、手からは力が抜きかけグリモワールを離しそうになっていた時に僕の意識はまだそこにあった。



「”聖なる領域”!」


味方の騎士4人と魔道兵6人と傭兵団の3人を僕の領域内に取り入れる。それと同時ぐらいに火の玉は一発”聖なる領域”にぶちあたり、キン!と音を立て、シュウウ・・・っと燃え尽きるように消滅した。


もう一発は傭兵団の歩兵隊の中に着弾し、3人ほどがその火炎の魔法にあたってしまう。


「うぉ!?・・・大丈夫なのか」


「ふぉふぉふぉ、よくやったぞノエル」


「ギリギリでした・・・」


「敵にも腕の良い魔導士がおるようじゃの。こっちの魔道兵を狙い撃ちか」


魔法から守ったのを理解できているのは、僕とギレルさん・・・とベルトリウスさんぐらい。


ギレルさんが僕を呼んだ時にすぐに近くに寄ってきたのはベルトリウスさんぐらいだからだ。


あとはなんだ?どうした?と魔法があたりなぜ怪我をしていないのだと、理解が追いついていない様子。


「隊長!!イザベラが!!」


だが安堵しているままではいかない。魔法は1発傭兵団を襲っていたのだ。


歩兵の一人が、アゲストを呼びに走ってきた。


「なに!?どうした!?」


アゲストはすぐに馬から降りると、歩兵に連れら走っていく。アスクも同じように領域内から出てそのまま行ってしまい


「ノエル、もう良いぞ。みなも下がるのじゃ」


「はい」


ギレルさんの言葉に僕は少し、解いても大丈夫かと不安な気持ちもあるが長くは発動できない為に”聖なる領域”をといた。


すると、その場に残っていたグルームが馬か降りて僕に走ってくる


「お願いします!イザベラがまだ生きているかもしれません!回復を施してください!」


そう僕の前に走り寄り、頭を下げた。


「・・・それは駄目じゃ。回復がほしければ先に金を払う事じゃな」


僕はグルームの言葉に直ぐに走り出しそうになった時に、ギレルさんが冷たい言葉を吐いた。


「えっ・・・お金なら後から払います!」


「駄目じゃ、先払い。これが契約事項じゃからの」


その冷たい様子に、魔道兵は誰も口を出せず・・・というよりも、ギレルさんが正しいという雰囲気を出し。契約を守れとか言っている人もいる。


「そんな・・・早くしないと・・・」


項垂れるように頭を下げたグルーム・・・僕は・・・


「ギレ・・・」


「ギレル様!」


「・・・なんじゃベルトリウス」


「人命が掛かっています。今は契約事項よりも優先すべき事があると思いますが」


僕がギレルさんに許しを乞おうとした時に、僕と同時、更に僕よりも大きな声でギレルさんに意見するのはベルトリウスさん。


「そうかの?軍という物は規律を守ってこそじゃ。じゃがの・・・」


「もういいです!責任は俺が受けます!ノエル君いってくれ!」


えっ・・・ギレルさん何か言いかけていたようだけど・・・


「あっえっと・・・」


「ありがとうございます!こっちへ!」


僕は何も言いかける間もなく、グルームに手を引かれてその場を離れてしまう。ギレルさんはちょっと待てという感じで僕の方へ手の平を向けていたが、ベルトリウスさんに阻まれていた。


・・・僕もこうなったら仕方ないと思い、走りながら”癒しの光”の詠唱を唱え始める。


走りながらグリモワールを読むことなんてほぼ不可能な為、覚えておいてよかったと思わされる。


後ろから足音が聞こえる為、騎士の誰かはついてきてくれているようだ。


「しっかりしろ!イザベラ!おい!アスク、もっと冷やせ!」


「隊長、冷やした所で・・・」


「うるせー!やれよ!」


傭兵団はドーナツのように輪っかになっている。


僕がその傭兵団の中に入っていく時にはアゲストの怒鳴る声が響いていた。


「隊長ーーー!神聖使いを連れてきました!道をあけて!」


グルームが僕の前を行き、人の波を割って入っていく。すでに詠唱待機状態の僕は右手に光を宿していた。


「なに!じゃまだ!どけろ!グルームの道をあけろ!」


グルームの声が聞こえてか。輪の中央から返事が返ってくる。


アゲストが人と思わしき者をしゃがんだ状態で抱きかかえている。炎に焼かれ燃えていたように鎧や服が黒く炭のようになっていた。


正直あの状態で生きているのか不明だがやるだけの事はやる。


「魔道兵!頼む!」


「ノエルさんお願いします!」


「”癒しの光”」


すぐに走り寄り魔法を発動させた。右手をその人に押し当てる・・・全身が燃えている様子に治すべきはまず心臓や肺かと思い胸あたりを大きく回復させた。


「どうだ!?」

「・・・ゴホッゴフォッ」


回復を当てた人は咳き込む。良かった生きてる・・・じゃない。もう一度回復だ!


すぐに次の詠唱に掛かる。


「い、いきてるぞ!おい!生きてるぞ!」


「ノエルさん!ありがとうございます!」


次の詠唱中なのに少しグルームと、アゲストに邪魔をされながらも2回目の”癒しの光”の詠唱を終わらせる。


「”癒しの光”」


次は顔付近に回復を施すと、ゴホゴホといった咳き込む様子はなくなり大きくゼーハーゼーハーと息を吸い込んでいた。


「・・・恐らくこれで一安心でしょうか」


「2回も掛けてくれたのか!?イザベラ!大丈夫か!」


「ありがとうございます!」


緊迫した雰囲気も無くなっていく。瀕死の状態から軽傷ぐらいの症状に抑えることが出来た様子。


「ありがとう、助かった」


ぶっきら棒だが、アスクという魔導士にもそう言われながら肩に手を置かれた。・・・重い。


だがそんな事を言える雰囲気ではない。傭兵団のみんなはそのイザベラという人が生きているという事に大きく喜びを見せていた。


名前からして女性だろうなと思ったが、顔付近を回復した2度目の魔法でその焦げた肌は綺麗になり、美しい顔が出てきた様子に傭兵達の必死な様子が何となく分かった。


「・・・魔道兵、ノエルっていうのか」


アゲストは無事のイザベラをそっと横に寝かせ、立ち上がると、僕に問いかけてきた。


「えっはい」


周囲が傭兵団に囲まれ、遅れてきた王国の騎士一人と僕だけの状態に・・・僕は今の状況に身構えた。


「助かった」


だが、アゲストはそういうと頭を下げた。そして周りの傭兵達もみな頭を下げ、頭を上げているのは僕と護衛の騎士だけ。


「あっいえ・・・」


そして頭を一度あげると、アゲストは続ける。


「さっきもそうだよな。防御の魔法もお前なんだろ」


「えっと・・・そうですね」


「俺達4人の命を救ってもらったか。俺ともども世話になったな、感謝する」


更にもう一度頭を下げた。


自己紹介の時には、気だるげなあまりハキハキとしない雰囲気だったが・・・今は傭兵団のリーダーというにふさわしい様子。


「い、いえいえ・・・ぼ、防御魔法は魔道兵の仲間を守るためめに使ったので・・・」


僕がそういうと、ついてきた騎士がそろそろと進言する。居心地が悪いのは一緒のようだ、騎士は傭兵からみれば金貨の塊に見えているかもしれないからだろうか。


「えっと・・・では、お仲間は無事のようなので・・・心配なら、も、もう一度回復をかけておきますが・・・」


「いいのか!頼む!」


「えっはい」


そこでもう一度、癒しの光を掛けて戻ることにした。


「魔道兵・・・軍もお前みたいないいやつもいるんだな」


「えっ・・・えっと、みなさんいい人ですよ・・・」


「・・・そうか、そうだといいな。今日は助かったぜ、この代金は後で支払いに行くって、あの食えない爺さんにいっておいてくれ」


「えっはい分かりました」


魔道兵、ギレルさんが傭兵を悪く思うように、傭兵の人らも軍の事をいいようには思っていない様だ。


傭兵の輪から外れて、僕と騎士の一人は帰って行くことに。


「ノエルさーん。待ってくださーい」


傭兵の輪から出た時に、後ろからグルームの引き留める声が掛かる。


後ろを振り返ると、走っておってきていた。


「どうしました?」


「はぁはぁ・・・ちゃんとお礼を言いたかったので」


両ひざに手を付き、息を整えるとお礼をいいにわざわざ走ってきたのだという。


「いえ・・・別に、アゲストさんやみなさんにいわれたので」


お礼はすでに言われたというと、グルームは深くかぶったフードをとり


「イザベラさんは私達にとって大事な人なので!ありがとうございました」


そういい頭を下げたグルーム。だが僕はそんな事よりもグルームの素顔が気になっていた。


髪は金髪に鼻筋は通り、目は綺麗な青色。だが顔の左半分がやけどの跡のような痣が出来ていた。


「えっだいじょ、ぶですよ」


驚いてそういったが、言葉に少し詰まった事を後悔した。


「・・・えっと驚かれましたよね・・・でも、フードを被ったままは失礼かと思い、見苦しかったですよね」


そういいグルームはまたフードを深くかぶった。


「いえ、見苦しくは・・・すいません正直、驚いてしまって・・・」


そして特段いい言葉も浮かばない。


「あと・・・あの背の高い男性の方にも、お礼を伝えてください」


「背の高い・・・ベルトリウスさんですか?」


「・・・多分そうです、えっと・・・ノエルさんに回復をしに行ってと言っていた方です」


「あっベルトリウスさんですね、分かりました」


「本当にありがとうございました!では、僕はこれで!」


グルームはただただお礼を言っただけで、彼はそのまま傭兵団の中に混ざっていった。


「いくぞ魔道兵」


「はっはい」


そして僕も魔道兵が集まる場所へと帰っていくのだった。

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