第42話 傭兵団

アイゼルハイムを出てから暑い日の行軍が続いた。兵士達は熱毒という熱中症にかかり、バタバタと倒れていく者も出始めている。そのうち既に3人は死んでしまい、助ける事が出来ずにいた。


アイゼルハイムでレックレスと対峙した時にも50人ほどの死傷者を出し、南部にあるリコリアという街に着くまでに徐々に兵士の数を減らしていた。


リコリアにあと3日という距離に入った頃


夕方近くに移動をやめた軍は、野営の準備を始めた


「ノエル君、今日の食事だ」


「ありがとうございます。ここ最近は常にレックレスの肉が入っていていいですね」


「それも今日までだろうな。肉はやはり腐るのが早いからな」


アイゼルハイムで仕留めたレックレスは立派な食料になっていた。保存食に塩漬け肉なども作っていたようだし、兵士にも振舞われていた。


テントを建て終え、デックスさんと2人のんびりと食事をしている時のことだった。


「なんじゃあいつらは!・・・わしはああいうやつらは反対と言っておるのに」


「・・・仕方ありませんよ、兵が減ってしまい民兵の募集もここで出来る場所もないのですから」


「それでもじゃ!王子も何をかんがえとるのじゃ!しばらく一人になるわい!」


ギレルさんが珍しく怒っている様子を見ると、そのまま一人天幕へ入っていき勢いよく入口を閉じた。


ハイマーさんも成す術なく、天幕の前に置き去りにされてどうしたもんかと腕を組み考え込んでいる様子だ。


「・・・どうしたのでしょう」


「ギレル様があそこまで声を荒げるのも珍しい・・・後でハイマー様に聞いてくるよ」


「はい、また後で何があったのかおしえてください」


ギレルさんが怒っている様子は初めてみるなと思った。


食事を終わらせ、ゆっくりとした時間になり、野営用のテントの中で一人ゆっくりとグリモワールを読んで時間を潰していると


「ノエル君いいかい出てきてもらって」


「あっはい」


何か用事かな?水でも欲しいとかかなと思い、読んでいたグリモワールをパタリと閉じてテントからまずは顔だけのぞかせる。


「どうしました?」


「ほらあそこ見えるだろ?傭兵を雇ったみたいでね、紹介するようだ」


デリックさんが左手で帆馬車が1台とまっている当たりをさす。


「傭兵・・ですか。それに紹介?」


「あぁ、リコリアの制圧の為に雇うようだ。詳しくは私もまだ聞いていないから行こう」


「・・・分かりました」


グリモワールをベルトにつけ直し、デリックさんの後ろを続く。


日が落ち、今日は月が出ていない暗い夜の中、誰かが”光よきたれ”を唱えているのか、明るい一つの丸い光源が傭兵たちを照らしていた。


「傭兵らしいな」


「あっベルトリウスさん、こんばんは。みたいですね」


ベルトリウスさんもテントから出てきたばかりなのか、ケープをつけ直しながら歩いていた。


「ギレル様は傭兵があまり好きではないから、雇うのは珍しいな」


「そ、そうなんですね・・・」


なるほど、あの時怒っていたのは傭兵を雇うからか・・・


少ない人数の魔道兵はすぐに集まり、ワーズ指揮官とギレルさんが傭兵の横に並んでいる。


だが傭兵と言っても3人だけ?と少ない人数に驚く。その中の一人がグリモワールを開いている為に、”光よきたれ”を唱えていそうな雰囲気。


「あー・・・みなの者集まったの、こっちのが傭兵団じゃ。此度の異教徒制圧に力を貸してくれるようじゃかならまぁ、よろしく頼むわい。以上じゃ」


早々にギレルさんはそういうと、どこかへ行ってしまいハイマーさんが後を追う。


えっ・・終わり・・・?


その場のリーディアやワーズ指揮官以外はほとんどが、僕と同じリアクションをしポカンとした表情をしていた。


ワーズさんは一度ギレルさんの残した空気を換えるように、咳払いを一つすると傭兵団を紹介した。


「まったく・・・ゴホン!改めて、俺から説明させてもらう。傭兵団の荒野の風を雇う事になった。その中でこの2人はグリモワールを持つという事で、魔道兵諸君とも連携を図るかもしれぬからな、敵味方間違わぬようよろしく頼むぞ。アゲスト言いたい事はあるか」


そしてアゲストと呼ばれた、くせ毛の強い鎧を着た男が首の後ろを一つかき喋り始めた。


「あー・・・俺が荒野の風の一応リーダーのアゲストだ。50人ほどの小規模な傭兵団だが、この2人はまぁ優秀な魔導士だから魔道兵さん達よろしく頼む。お前ら一応自己紹介しておけ」


リーダーのアゲストの言葉で、魔導士と思われるうちの大きな男が一つ頷く。


「うっす、アスクだ4元素のグリモワール。よろしく頼む」


大柄な体に合う、低い声はお腹に響くような太鼓のような音。


「グルームです。深淵のグリモワールをもっています。よろしくお願いします」


そして先ほどの男とは対照的に小柄な体つきの人、僕と同じぐらいの背丈。フードを深くかぶり顔は口元しか見えないが・・・声からしては中世的だが男である事は分かった。


チラっと目が合ったと思ったが、すぐにフードの影に隠れて見えなくなってしまった。


「とまぁ・・・そういう事だから、短い間だがよろしく頼む」


締めくくったようにアゲストが終わらせると


「よし、下がっていいぞ。魔道兵も解散してくれ」


ワーズ指揮官は傭兵団の3人を案内するかのように歩いて行き、傭兵団3人もその後を続いた。


「グリモワール持ちが2人か・・・ギレル様が怒るわけだ」


それを見送る様に、隣のベルトリウスさんが喋り始めた


「・・・ギレル様はその、魔導士が嫌い、ということですか?」


「あぁ、そうだ。グリモワールを扱うという事は巨大な力を手にしているという事、ならそれなりに教育を受けるべきだと考えている御方だ。ああぁいう自由奔放に生きる流れ者が扱う事が許せないんだろう」


最近ギレルさんから聞いた話を思い出すと・・・納得できる話だ。恐らく、大いなる力には大いなる責任が伴う・・・それをギレルさんは体現しているのだろうと思った。


そしてベルトリウスさんは僕の肩にポンと手を置くように叩き


「そこまで俺達も交流する必要もない。戦場で誤射を防ぐための紹介だ、まぁ深くかかわらないで置いた方が、身のためかもな」


そう言ってベルトリウスさんも戻っていった。


「傭兵か・・・」


どういう生き方をしているのか興味深い存在に、僕の心は少しうずいていた。

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