第41話 ギレルのグリモワール2
「さて・・・光の矢のことじゃが・・・それも村で冒険者から聞いたということかの?」
「はい、そうです・・・」
僕はアイゼルハイムの宿屋の一室で、ギレルさんの2人尋問を受けていた。
部屋の窓、扉は全て閉ざされ昼下がりの午後のはずなのに明かりは蝋燭1本だけの、とても重苦しい雰囲気。
小さな椅子と丸い机。ギレルさんはその椅子に座り、僕は机を挟み向かい側に立っていた。
詠唱は読めている事を隠すには、結局それを通すしかなく、はいと答えた。
「まぁ知っていたのはよい。なぜ黙っておったのじゃ」
「・・・詠唱は秘匿、それを聞き喋らない方がいいとお、思い」
「ふー・・・そうか」
「はい・・・」
ギレルさんは髭を触りながら続ける。
「ノエルや、詠唱を知る術はリーディアから教えて貰うだけと思っておらぬじゃろ?」
「・・・それはどういうことでしょうか」
心当たりはある、以前考えていたことだ。だが、ギレルさんが何を問うているのか疑問の為聞き返した。もし読めるという事の方を聞いているのなら・・・
「思いついている事を言ってみなさい」
だが今回は逃がしてはくれない様だ。薄く開いた目の奥には鋭い眼光がこちらを見ていた。
「はい・・・詠唱を買う・・・ですか」
先に思いついた方を言ってみる。
「・・・そうじゃ」
「・・・」
こっちで助かった・・・少し胸をなでおろす。
「じゃがの詠唱を買う事自体は禁止はされておらぬ。小さいころから習っておるやつらは金で買っておるようなもんじゃ」
「そうなんですね」
あれ?じゃあ特段、冒険者から習ったというのは悪い事ではない?
「ただ、それは家柄が信頼でき、かつ軍が管理しているリーディアから教わる前提じゃ」
「はい・・」
「金をつぎ込めばの、詠唱なんてどこからかは教われるもんじゃ。詠唱は秘匿としておるが、完璧には管理できてはおらぬ」
グリモワールの性質を使い管理していたとしても、限界はあるか・・・。
「法や、ち秩序はあるのでしょうか」
「法はない。グリモワールは人智の域を超えておる。魔導士は法では管理しないと王国では決めておる・・・帝国や周りの国もそうじゃ」
「法の裁きがない・・・だとしたら・・・」
「そうじゃ、みなが好き勝手にしてしまう。じゃから王国ではわしら魔道兵が秩序なのじゃ。魔道師じゃないぞ、魔導兵じゃ」
魔導士と魔道兵の違い・・・それは軍に入っているか入っていないかの違いだ。魔導士はグリモワールを持つ者を全員さし、その中で軍に入っている者だけを魔道兵とさす。以前ナタリアさんに教えて貰ったことだ。
「規則正しい生活の中で、綺麗な身なりをして兵よりもいい食事、いい寝床を確保し給金も高い。自らが特別なんだと思わせなければならぬ」
「でないと・・・売る側に回ってしまう」
魔道兵が好待遇なのも、魔法がただ使えるというわけではなくわざとそうしているのだと言う・・・
「よく分かっとるの、そういう事じゃ。魔道兵の中には脱走兵になる者もおる。詠唱が金になると分かれば、己の欲に負けて色々と好き勝手にやっとるやつらがおるのも事実。グリモワールをもっていても詠唱を知らぬ者は王国にも沢山おるわ、そういうやからは魔道兵から詠唱を聞き出そうと色々と誘惑してくるぞ」
「それは・・・リーディアたちの人には当てはまらないのでしょうか」
僕の質問に、ギレルさんは首を横に振る。
「あやつらは魔道兵よりも規律を重んじるからの、ちょっとやそっとの事では詠唱を漏らしたりはせぬ。魔道兵になるには魔法が使えるのなら大体はなれるが、リーディアはそう簡単にはなれん。」
「・・・見張るべきは魔道兵、特に兵士上がりのような僕ら」
リーディアは僕らの見張りでもあるのか・・・いや、それこそ堕落させない為に導く者・・・
「心当たりがありすぎるかの、まぁそういう事じゃ兵士上がりのやつは金に溺れやすい。一人で街に行かせようもんなら一生帰ってこぬと思った方が早いわい」
やっぱりそうだよな・・・魔道兵かどうかなんてケープとグリモワールを持っているかしか判断つかないのに、それを外してグリモワールはカバンに忍ばせたらだれがウィロスやアルスさん達を魔道兵と思うのか。それでも頑なに一人では街に行かせないようにしていたのはそういう理由か・・・
「・・・」
「そこで話は戻るがの、魔道兵になる前に習っておることじゃ。そんなもん今更どうも言わんわ。それに・・・他の魔道兵も、もしかすると賢いやつらは級以上の魔法を知っておるやもしれぬからな」
「はい・・・」
「じゃがの王国ではわしらが秩序じゃ。この話は普通ここまでせんが・・・ノエルは覚えが早い、いつか教えて貰う詠唱では足りぬという日がくるやもしれん。その時に誤った道を選ばぬことを信じておるぞ」
最後にギレルさんは真っ直ぐに僕を見つめ、とても重くそういった。
「分かりました。肝にめい、じておきます」
・・・ここまで話をされると、そう答えるしか出来ない。だが、特段お咎めがある訳でもなく、忠告のような事で終わった為に一安心だった。
「・・と、まぁ説教じみた事を言ったが、礼がまだじゃったな。光の矢のおかげで助かったわい、ありがとう」
「い、いえいえあれはベルトリウスさんの魔法で仕留めましたので」
そしてギレルさんは重苦しい空気を一変、声のトーンもあがり僕にお礼をいう。
「そうかのわしの魔法を浴びておるのじゃ、火炎でなくとも光の矢だけで死んでおったと思うがの」
自分の魔法に自信があるように、それはウィロスのように誇らしげにそう冗談めいてギレルさんは嬉しそうに言う。
「そ、うですかね?えっと・・・ギレル様が持っていた、グリモワールについて聞いてもいいですか」
そして明らかに古代のグリモワールと思わしき物をもって魔法を発動していたギレルさん。ずっと気になっていたことだ。
「気になるか?少しだけじゃぞ?」
ニヤリと口角を上げ、懐からその小さな青いグリモワールを取り出した。
ゴクリと喉がなる
「中・・・も見せて貰えないでしょうか」
「ふぉふぉふぉ、検討はついとるじゃろ。ほれ」
小さなグリモワールが開かれた状態で机に置かれた。
その中には短い読めない記号が8文字ほど連なっているのみ。”タービュランス”というギレルさんが唱えた魔法名だけだが、堂々とページの真ん中に記されてルビとなって浮き出ていた。
そして僕はまじまじと見ていると、ギレルさんは得意気にパラっとグリモワールをめくる。だがそのグリモワールは1ページだけのものだった。
この世界に無詠唱という物があるのかと思っていたが、実在していたようだ・・・
「どうじゃ?」
「・・・こんなものが存在しているとは、驚きです」
「じゃろ?まぁ魔法名を解明するのにだいぶ時間はかけたがのふぉふぉふぉ」
そしてギレルさんは笑いながら、グリモワールを懐に戻した。
「ギレル様は・・・他にも古代のグリモワールで使える物を、お持ちなのですか」
「ふぉふぉふぉそれはまだ内緒じゃ」
長い詠唱の末に魔法は発動する物、それを覆したものをギレルさんは持っている。他にもまだ何か隠し持っていそうではあるが、全ては教えてはくれないようで、いたずらっ子のように笑ってはぐらかされた。
「・・・はい、分かりました」
「そろそろ皆もくる頃じゃろ、もう下がってよいぞ」
「あっ・・・光の矢は使ってもいいのでしょうか」
重要な事を聞き忘れていた。結局買ったり、売ったりはするなという話だった為に光の矢の所存を聞いていなかったのだ。
「う~ん・・・まぁよいぞ。そこまで大した魔法でもないしの、それに神聖がそれを撃つときは咄嗟の時がほとんどじゃろうて」
考えた末にギレルさんから許可が下りた。これで即座に身を守る術を手に入れたのだった。
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