第40話 ギレルのグリモワール

「ノエル、詠唱を始めよ」


「はい」


ギレルさんから詠唱開始を言われ、僕はグリモワールを開き詠唱を開始する。”聖なる領域”はすでに完璧に覚えている為にチラチラと横目ではグリモワールを見るが、視線は周囲を見渡す。


50匹ほどのレックレスが周囲を暴れまわっていた。バラバラに村人を襲う個体もいれば、固まって陣形を組んで突撃しているやつらもいるようだ。


たまに平野に火柱が上がっているのは、魔道兵2人のもの。


するとギレルさんも懐から一つ小さな青い手帳を取り出した。


だがそれがグリモワールだとすぐに分かった。いつ詠唱したのか分からないが、それを開いた瞬間にそのグリモワールは冷気を帯びたような白いモヤ、それにギレルさんの右手には霜の結晶がパラパラと舞っていた。


僕はそれが古代のグリモワールだと分かり、目を少し見開く。


「ノエル、今は気にするな。詠唱に集中せよ」


僕の様子を見ていたのかギレルさんは、僕に声を掛けてきたが手に持つその小さな青いグリモワールは今だ冷気を帯びていた。


気になる事だらけだが、僕は”聖なる領域”の詠唱を終わらせた。グリモワールと右手には光が宿り待機状態となり右手をあげる。


「難なくか、やるのう」


また一言呟くギレルさんの右手には今だ待機状態の冷気。


「よし。騎士らよ頼むぞ」


「ハッ行くぞ!」


そしてギレルさんが騎士に声を掛けると、馬にのる騎兵が駆けだした。


6人で横並びに陣形を組み怒涛の勢いで平野を駆け回る。


「ノエル、前にでよ。騎士がこちらに魔物を追い立てるのでな、そこに魔法をうつ。その漏れたやつらからカバーを頼むぞ」


ギレルさんの言葉で小さく頷く。だが内心はドキドキだ・・・


ワーズ指揮官以外の隊列の騎兵も、平野を駆け回りレックレスを追い立て一カ所に固まり始めた。


時には騎士とレックレスはぶつかり、落馬した騎兵もいる・・・そんな勢いのある魔物。それが目の前で集団になりつつあった。


あの集団を真正面から受け止めようとするのは、足がすくみそうになる。


そして僕らを取り巻く兵士3人が赤い布を、剣の鞘につけた物を僕の前に出て振り始めたのだ。


籏のようにヒラヒラと赤い布は揺らめいている。だが、追い立てられていたレックレスはそのせいなのか、着実にこちらへ進路を調整した。


「もうよいぞ下がれ」


ギレルさんの言葉でそそくさと下がっていく兵士。また先頭は僕になった。


追い立てていた騎兵はレックレックスから離れるように散っていく。そして真っ直ぐこちらに向かってくるレックレスの集団・・・


ドドドドドドっと地鳴りがするぐらいの勢いだ・・・


どんどんと目前に広がるレックレスの群れ。体長は3mぐらいだろが、勢いがある分大きく見えている。口元には長い牙が生えあの突進速度で貫かれたらひとたまりもないだろう。


そんな群れが近づいてきている事に僕の心は負けた。


「”聖なる領域”!」


僕はまだ距離があるにも関わらず、恐怖に負けて魔法を行使していた。


「ふー、そういう所がまだまだじゃな・・・”タービュランス”」


ギレルさんはそういうと、魔法名らしきものを呟いた。


平野の一部分、僕らの前方の空には暗雲が立ち込め、暴風雨が吹き荒れ始めた。その中には氷、氷柱の様なものも降り注ぎその中をレックレスの群れは突進速度を落とすことなく入って行った。


ブモー!っと雄たけび、いや悲鳴を上げているレックレス。勢いを落とさない物もいれば、その中で力尽き倒れてしまった物もいる。


その暴風雨の中に入った時点でレックレスの討伐は決着がついたようなものだった。暴風雨を抜けたのは3匹だけ。その3匹も体は傷だらけで、あちこちから血を流している。


突進速度もなく、僕の聖なる領域にぶつかるころにはほとんどが歩いている状態だった。


1匹は真正面から聖なる領域にぶつかり、キン!と勢いよく弾き飛ばされた。残り2匹も聖なる領域にかすめるようにぶつかり、ヨロヨロと通り抜けていく。その2匹もドシンと倒れる音が聞こえ後ろを確認すると倒れていた。


ギレルさんの魔法も暗雲が散り散りになっていくと、暴風雨も止み、その中の様子はレックレスが倒れているのみとなった。


「もう大丈夫かの」


その言葉で僕も聖なる領域を解除した。結局はギレルさんの魔法だけで何とかなっていたと思うが、僕は保険だったようだ。



「ブモーーーー!」



安堵した時に、後ろから雄たけび、断末魔そんな鳴き声が響く


「後ろだ!1匹おきあがったぞ!」


兵士の声で振り替える。


血だらけの顔の中、怒りに満ちた目をこちらに向けて右の前足で地面を蹴り、今にも突進してきそうな雰囲気。


「まずいの!兵士とどめじゃ、トドメをさすのじゃ!」


3人の兵士は剣を抜き、死にかけたレックレスへ突進していく。


だが、レックレスは顔だけを振り、長い牙で払いのけ兵士達を吹き飛ばしていく。


一人は串刺しにされ、ブンっと顔を振り転がされた。そしてレックレスはまっすぐに僕、いやギレルさんを睨みつけ・・・


走りだそうとした瞬間!


我が悪しき敵を聖なる矢で貫け「”光の矢”」


僕の右手から白い1本の矢が射出されたと同時に、ドン!っとレックレスに火柱があがった。


「ぶもーーーーー」ドスンッ!


レックレスの最後の悪あがきは叶わず、鳴き声をあげ地に伏せた。


「・・・心臓がとまるかと思ったわい」


「で、ですね・・・」


僕らは少し放心状態になっていたが、馬にまたがったベルトリウスさんがこちらにやってくきた事に気が付く。


「お二人とも、大丈夫ですか!」


「おぉう、ベルトリウスがやってくれたのか。助かったわい、感謝するぞ」


「いえ間に合ってよかったです。備えるという事が大事だと知っていたので」


「そうかそうか、若造がいいよるわ」


僕の白い矢とは別に火柱が上がったのはベルトリウスさんの魔法のおかげだったようだ。


一番短い詠唱の為に暗記していた、光の矢を発動してしまったが・・・その必要はなかったようだ。


「ノエル、あそこの兵士まだ生きておるやもしれん。回復を・・・光の矢の事はあとから聞くわい」


「はい・・・」


気づかれてはいなければと思ったが、隣にいたギレルさんには無理な話。回復をの後は僕に聞こえるようにこっそりと耳元で言われた。


その後僕は10人ほどの負傷兵を回復し、先にアイゼルハルムへと入っていくことになったのだ。

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