第39話 南部へと

王都から南部の目指す先は3週間ほどの行軍を有するという事で、長い旅路が始まった。


リコリアという街に異教徒が攻め込んでいるのだとか。


この世界にも宗教の概念はある。やはり称える神は土地ごとに違うのか、帝国と王国が崇拝するユリシス教。それとは別に大陸の東から南部に広まっているミスライ教。他にも様々な宗教が存在するようだが大きく広まっているのはこの二つだ。


王国は帝国やその他周辺諸国に隣接する為、多方向から侵略される危険があるのだ。


北西から北北東にかけて帝国に面し、北北東から南辺りまでは異教徒のミスライ教が栄えるその他数多くの国。南から南東辺りには今は中立国が面し、南東から北西辺りには海が広がっているがバイキングが上陸してくると聞いている。


それに魔物も各地に生息し人を襲う。


王国に安寧の地はないのではないかと思われる土地柄だ。


「ノエル君。もう解毒の風は覚えたかい」


「いえ、後少しというところですね」


「そうか、休憩の時に一度復唱してみようか」


「はい、お願いします」


リーディアのデリックさんは生真面目な性格なようで、日ごろは口数は少ないが詠唱の練習などは豆に誘ってくれる。


魔道兵とリーディアが現在1対1の為、デリックさんは付きっ切りで面倒をみて貰っているのだ。


他の魔道兵も同じようだが・・・やはり英才教育組はリーディアにきつく当たっている様子をみると、目をそむけたくなる。


根本的にこの人達とは考えや教育が違うのだろうと思い、僕からは何も突っ込まないし交流も持たない。今はデリックさんだけの教えを乞うだけだ。


一日の移動が終わると、そそくさとリーディア達は魔道兵が寝るための簡易のテントを張っていく。


「僕ここやりますね」


「すまないな・・・」


「いえ、これぐらいなんてことないです」


デリックさん一人ではテントを張るのは難しそうな為に、これは僕の仕事なのだと思いやることにしている。


自分で出来ることはやる。アルスさんと離れ僕が一人誓いを立てたことだった。


他の魔道兵から見たら可笑しいと思われるかもしれないが、そんな評価はどうだってよかった。僕は自分に恥じない生き方を選ぶつもりでいたのだ。


そんな行軍が2週間ほど続き、南部へと着々と進む第四王子の軍。街や村による度に徴兵を行いながら、また戦力を少しづつ拡大していった。


とある南部の村。野営替わりにと第四王子の軍はのどかな田舎の村によろうとした日のことだった。


休憩をしているところへギレルさんがやってくる様子は、少し慌てているように見える。


「みなのもの聞け、今しがたこの先にあるアイゼルハイムから逃げてきた村人がおっての、そのアイゼルハイムが魔物に襲われておるそうじゃ」


そこまで喋ると、一息いれて続ける


「魔物の規模からいってそう多くはないようじゃがの、兵士や騎士を200人ほどを派遣するそうじゃ。魔道兵からも何人かをと言われておる」


「なぜ、みなで行かないのです」


ギレルさんの説明で唯一ウィザードの男性がすぐに質問する。


「わしらは南部の制圧を任されておる。もしここで全滅するわけにもいかまい、出来るだけ負傷者の数は増やしとうないからこその人数じゃ」


「・・・皆で行けば、それこそリスクは減らせると思うのですが」


そしてまだ食い下がる様子を見せない。


「そうかの?もし未知の魔物がおったらどうするのじゃ?伏兵がいたらどうじゃ?備えるという事はそういう事を予期しておらねばならん。ベルトリウスのいう事も分からんではないが今回はこの方針じゃ」


「・・・分かりました」


ギレルさんの説明を聞き、納得した素振りをみせたベルトリウスというウィザードの20代後半ぐらいの男性。英才教育組で賢そうな顔付きから、自分でも考え意見をはっきりという人のようだ。


魔物はレックレスというイノシシ型の魔物だそうだ。群れでの猪突猛進による突進は騎馬のランスチャージをも凌駕すると言われているそうだ。ホーリーオーツ周辺には存在していない魔物なので詳しい見た目は分からなかった。


「ではの・・・ベルトリウス、アンリ、ノエル。今呼んだものは準備せよ」


そして出陣は僕の名前も呼ばれた。


「ハッ」


「はい」


「えっ・・・私もですか」


返事をする中でアンリという若い女性。メイジ2級の紋章を掲げている人が聞き返す。


「そうじゃ、実戦経験を積むとよいわ。最初は人よりも魔物の方が殺しやすいからの」


「えぇ~・・・」


渋々というか、明らかに嫌そうな態度をとっているが大丈夫かこの人・・・。と心の中で思う。


「10分後に出発じゃ。騎士が迎えにくると思うのでな、よろしく頼むぞ」


そしてせかせかと準備が進まる。


「ノエル君、準備は大丈夫かい」


「はい、必要な物は常に持ち歩いているので」


隣でアンリという女性の慌てぶりを見ていると、僕だって場数はそれほど踏んでいない為に慌てたい気持ちもあったが、どこか俯瞰してその女性を見ていた。


「あー、何!何を準備すればいいの!」


「落ち着いてください、アンリさん。グリモワールと詠唱、これさえあれば大丈夫です」


「なによ偉そうに!魔法も使えない癖に、知ったような口きかないで!」


アンリさんのお付きの若そうな見た目のリーディアも手を焼いている様子。


あんな人のリーディアは可哀そうだなと思いながら、僕は準備を終わらせて騎士が来るのを待った。


「準備はいいか?すまない、まだ名前を憶えれてはいなくてね、前の時も同じだと思っていたが・・・」


「いえ、自己紹介や挨拶もこちらかしていないので、メ、メイジ1級のノエルです」


「そうか、俺はベルトリウス、ウィザード3級だ。これからよろしく頼む」


「こ、こちらこそよろしくお願いします」


少しまだ噛みはするが、自分では流暢に喋れていると思いたい。


「魔道兵の中で実践経験があるのは、俺と君だけだからな。期待しているよ」


「はい」


思ったよりも気さくに喋りかけてくれる様子に、やはり先ほどギレルさんに意見したのは自分なりの考えがあるからの事のようで、自我が強いタイプというわけでは無さそうだ。


キーキーとアンリさんの喚く声を聞きながら、待つこと10分ぐらい。騎士が4人僕らを呼びに来た。


「魔道兵の神聖持ちは俺と来てくれ」


「あっ僕です」


名指しで呼ばれ、ベルトリウスさん達とは別行動のようでそこで騎士に連れられて行く。


連れていかれた先にはギレルさんが待機している。それに以前みたワーズ指揮官もだ。


「きたか、では儂らもいくかの」


僕が来たことで、ギレルさんの言葉で進み始めた。


えっギレルさんも行くの?


僕はギレルさんの後ろをついて行く。この部隊は騎兵が6、そのうち一人はワーズさん、歩兵が4人とギレルさんと僕。


「ギレル様も行くんですね」


「ふぉふぉふぉ、わしは野戦は得意じゃからの、ノエルの役目はわしを守ることじゃから頼むぞ」


「僕が守る・・・ですか?」


僕は魔道兵になり守られる立場になったのかと思っていたが、正反対の事をギレルさんは言う


「そうじゃ、”聖なる領域”をうまく使ってくれる事を願っとるぞ。なんも言わんでもノエルは防御魔法を選んでくれて大助かりじゃわ」


ギレルさんはそういいニっと笑う。老齢ながら白い歯がチラっと見えた。


「・・・あまり選ばないとかですかね」


「小さい頃から学ぶやつらの、マジールとかは選んでおったがの。兵士上がりはほれ、血気盛んなやつらが多いじゃろ?わざわざ詠唱が300文字もある防御魔法は選ばんじゃろうて。神聖でも攻撃に参加できて、短めの詠唱を選びがちじゃ」


それを聞くと、マジールさんの損失はかなり痛手となっていたんだと思わされた。


ただ、何を学ぶかは強制はされないのだと思わされる。アルスさんにも助言はしていたがそれはアルスさんの可能性を示してのことだった。


「よ、良かったのか悪かったのか・・・これからは、ぼ、僕も戦場に立つことが多くなりそうってことですね」


詠唱の響きと、自分の身を守る術というためにこの魔法をとったが少し後悔しつつあったが


「ふぉふぉふぉそういう事じゃな。じゃがあの時の決意に満ちた目があればできようて」


ギレルさんが言っているあの時とは、軍の編成の時だとすぐに分かった。そうだアルスさんに次にあった時に自分が何を成し遂げたのか報告するんだ。顔をパンと一度両手で叩く


「・・・はい!」


「ふぉふぉふぉお喋りはこれくらいにしておくかの、わしが合図を出したら詠唱をはじめておくのじゃぞ」


「分かりました」


アイゼルハルムに近づくと、村人は村から逃げ先に出陣していた兵士達の方へ駆け込んでいく様子が見て取れていた。


村からは煙が上がり、逃げ遅れた村人は大きな巨体に追い掛け回され、勢いよくぶつかり吹き飛ばされている姿も見えていた。

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