第36話 辞令

王都へきて7日がたった。新しい魔法、”解毒の風”をセラさんから教えて貰い詠唱を覚える反面、ギレルさんの部屋で古代のグリモワールや、グリモワール自体の事が書かれた本を読みながら充実した日を過ごしていた。


だが、こんな日がずっと続くとは思ってはいない。今は戦争中だ。魔道兵の宿舎でもたまに慌ただしく人が動いている様子があるのは、どこかで何かが常日頃起こっているからだ。


名も知らぬ魔道兵の噂話でどこかの砦を落としたや、聞いたことのある村が襲われたなどの話を聞くと暗い気持ちになる。


それに・・・次の軍がどこに割り当てられるかも、不安の材料の一つだ。


それが今日出るという事で、僕は気が気ではない時間を過ごしている。


先ほどアルスさんが呼ばれ、部屋を出て行った。


どこに配属されるか、ギレルさん直々に通達するようだ。魔道兵になり始めてできた一人の時間に落ち着かない時間を過ごすが、チャンスではあった。


僕はメッセンジャーバッグから小さなグリモワールを覗き込んだ。


ゴクリと息を飲む。


これを手に入れて、はや一か月とちょっと。一人になる時間が一切なく、僕はこのグリモワールを読めずにいたのだ。


どんな魔法なのかはだいたい検討はついていたが、取り出せずにいた。


だが今、ゆっくりと両手にとった小さなグリモワール。両手の手のひらにすっぽりと収まるサイズなのに不思議な力を有している。


スーっと大きく息を吸い、深くはいた後に僕はグリモワールを開いた。


魔法名。そう、先に魔法名だけでも確認するべきなのに、僕はこの一人の空間で待ちに待ったこのグリモワールをゆっくりと読めるという感覚で浮かれていたのか、最初から読み進めてしまったのだ。


最初の文字をわざと読み間違えている為に、勝手にはめくられないグリモワールを読み進めてく。


短編小説のような旅人の物語調の詠唱。


色々な所を旅をし、その地の人や動物、物と触れ合う様子が連ねられている。


すでに4ページ目をめくった所で・・・後何ページあるんだろうと気になったところでガチャリとドアノブがまわる。


えっやば!?


ベッドの上で座って読んでいた為に、すぐに布団の中に押し込んだ。


「おー、次ノエル呼ばれてた・・・ぞ?何慌ててんだ?」


「いえ、別に慌ててなんていませんよ」


「ん?そうか?なんか隠さなかったか?」


「べべつに、隠してなんて・・・」


「ふ~ん・・・それならいいが・・・ギレル様がよんでるぞ」


そっけない態度で興味を失くした素振りをするアルスさんに安堵し、ベッドから降りようとした時に


「おらっ!」


勢いよく僕の布団をはぎとった。


「うわっ!? 」


「ん?なんだこれ・・・手帳?」


布団の上にいた僕はそのまま布団と一緒にベッドから落ちると、アルスさんは古代のグリモワールを手にした。


「これ・・・グリモワールか?古代の」


「・・・そうです」


「なんでノエルが持ってんだよ」


「・・・あの時、僕が殺した魔道兵が持ってました」


「はー、なるほどな。でっ隠し持ってたわけか」


「はい・・」


すでに古代のグリモワールはアルスさんの手の中にあるために、僕はアルスさんの質問に正直に答えてしまった。


「くくく、ずっと大事にして持ってのが後ろめたかったのか?ほらよ」


「えっ・・・」


アルスさんは僕へ古代のグリモワールをそう言いながら返してくる。


「古代のグリモワール。響きはいいけど、中身は誰も読めやしない物。何も知らなかったあの頃の俺達ならお宝だと思えるけど、今となりゃハズレに近いもんな」


「・・・いやぁ・・お恥ずかしい」


「いいさ、その分の配分をいまさらよこせとか言わねーよ。元からノエルが殺した魔道兵を俺が横取りしたようなもんだからな」


アルスさんは僕がこのグリモワールを持っていたことを勝手に解釈していく。だが、グリモワールを読めるという前提がなければそういう風に思ってしまうのかと、また口下手な自分に助けられた結果となった。


グリモワールを受け取り、またメッセンジャーバッグにしまう。


「くくく、いつもそのカバン持ち歩いている意味もようやく理解したぜ。で、古代のグリモワールの興味があってハイマーさんのとこに勉強にいってたんだな」


「そうですね」


「そうかそうか、いつか読める日がくるといいな。ほら、さっさとギレル様の所へいってこいよ」


「あっはい。えっと・・・アルスさんはどこに配属になったんですか?」


「ん~・・・内緒だ。ノエルが戻ったらお互いがどこに配属か話しようぜ」


「・・・分かりました、行ってきます」


アルスさんがどこに配属か気になるが、僕は部屋を出てギレルさんの部屋へと向かった。


コンコン


「ノエルです」


「入ってよいぞ」


中に入ると、ギレルさんとハイマーさん。この部屋もう3日ほど毎日通っている為にこの部屋自体に緊張はしない。


「そこに掛けなさい」


「はい、失礼します」


ギレルさんの机の前に置かれた椅子。いつもはこんなは椅子ない為に、今回様に置いたのだろと思いながら着席する。


「どうじゃ最近は。古代のグリモワールについて何か気づいた事あるか」


「えっと・・・そうですね・・・特には・・・」


「なんじゃつまらんのう」


そうは言うが、古代のグリモワールの歴史は名のある貴族に代々受け継がれているとされる文献が多い。詠唱が失われないように親から子へと、脈々と受け継ぐような物というのが大半という話だ。


それ以外は何が書かれているのか不明。マーリン・ウォルターのような3属性の魔法が使えるという汎用性が高い物の方が珍しいのだ。


文献の中にどんな詠唱だったなんて話はない。どんな魔法を扱ったのかという事が多く記され、どのような功績をあげたかという内容ばかりだった。


僕の返答につまらなさそうに返事をすると、ギレルさんは紙を見ながら、んーっと呟きながら


「ノエルは・・・第四王子の軍のままじゃな」


脈絡もなく、唐突に次の僕の配属先を伝えられた。


「えっ・・・はい」


「なんじゃ?不満か?」


「いえ・・・少し驚いただけです」


「そうか、まぁアルスと離れた方がお主の為にもなろうて。親しくするのはよいがの、頼り過ぎるのはよくないからの」


「えっ?」


聞き間違いかと思い、腑抜けた返事をしてしまう。


「なんじゃまだ聞いておらんか?アルスは第3王子の軍に配属になったわ」


「・・そ、そうなんですね」


離ればなれになる覚悟はしていたが、いざ本当にそれが起こってしまったら僕はそういうだけで精一杯だった。


「まぁあの高い魔力量じゃ、最前線で戦う第三王子のレイモンドが欲しがるのも無理はないわい。それにアルスは胆力があるからのあっちでもやっていけるわ」


「・・・」


ギレルさんが何か喋り続けているが、頭が真っ白で言葉が右から左に流れていく。


「ノエル、聞いておるのか」


「はっはい!」


「・・・お主も第三王子の軍に編制でもよかったがの、ハンスにマジールと神聖持ちが減っておる。それにグリモワール自体が奪われてしもうて、そうもいかん。それこそ第四王子の魔道兵の編成は7人からと決められておるからの」


「はい・・・」


「お主らが仲が良いのも分かるがの、先ほど言った通り頼りすぎるのもいかんぞ」


「分かりました・・・」


ギレルさんが言っている事は頭で理解している、だけどうまく処理ができないのだ。軍に入り右も左もわからず、常にアルスさんの後を追っていた。それこそが自分が軍の中で生きて行ける指針にしていたからだ。


魔道兵になったとか関係なしに、僕は戦場で生きて行けるのか不安が体を包み始めているのだ。


「はぁ~・・・よいかノエル。アルスに先ほど話をした時、やつはなんて言っていたと思う?」


「えっ・・・分かりません・・・」


「おぬしの心配ばかりしておったぞ。ノエルはどこだや、誰と一緒だ、ナタリアはノエルにつけたままでとか・・・最前線で戦うアルスの方がよっぽど危険なのにじゃ」


「・・・」


「駄目じゃろそんなことではの」


「アルスさんがそんな事を・・・」


「そうじゃ、ナタリアもアルスのにつけるほうがいいと思うがそこは・・・アルスの意見を汲んでやるからの。よいぞもう下がって」


「・・・」


僕はアルスさんが言っていたという言葉で、目が覚めた。


アルスさんは志願兵、自ら国の為に戦うと決めた人。かたや僕は戦争をいやいや強制されている徴兵された身。志が全く違う僕なんかが、彼の足を引っ張る事は許されないのだ。


「ギ、ギレル様、ナ、ナタリアさんはナタリアさんの意向とギレル様のいいとお、思う判断でお願いします。

僕個人としてはアルスさんはナタリアさ、さんがついてこそ、魔道兵としてもっとせ、成長できると思います」


ただ自分の気持ちを言うだけなのに、声が震えて噛んでしまう。気落ちが先行し、言葉にうまく出来なかった。


「久しぶりに長く喋ったのを聞いたなふぉふぉふぉ。まぁ聞き取り辛いが気持ちは伝わったわい」


それでもギレルさんは笑いながら伝わったと言ってくれた。


「は、い、よろしくお願いします」


僕は席を立ち、頭を下げた。


「わしもまた第四王子の軍じゃからの、また頼むわい。神聖はノエルだけじゃからの増えるまでは忙しいぞ。では次はウィリアムを呼んできてくれるかの」


「分かりました」


僕はギレルさんの部屋を出た。恐怖や不安、そんなマイナスな要素が僕の体を包んでいた。


だが、それよりも強い意思が僕の中に少しづつ生まれて、僕はギュっと拳を握ったのだった。

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