第29話 二つ目の魔法
コンコン
リーディアのいる部屋の扉をアルスさんがノックする
ガチャリと開くのは名も知らぬ、男性のリーディア。
「どうしました?」
「あー・・・誰でもいいよな」
当初はナタリアさんに言おうと思ったが、報告なので誰でもいいかと思ってのことでアルスさんは僕へと聞く
「はい」
僕も簡単に返事をすると
「窓の外になんか動く影が見えてるんだけど、少し気になって報告にきたんだ。そこの窓からでも見えると思うんだけどいいか入っても」
「動く影ですか?どうぞ入ってください」
招かれた部屋は、僕らと同じ大きさの部屋。ベッドは3・・・だが中に人は4人いた。
その中にナタリアさんの姿も見え
「どうしたの2人とも」
僕らが入ってきた様子に声を掛けられた
「外になんかいるんだよ。別に気にしすぎならいいけど、気になったから報告にな・・・ほらあそこだ。なんかまた近づいてきてるな」
アルスさんは窓際へ行くと、指をさす。ナタリアさんと最初に声を掛けた男性が同じように窓から、アルスさんが指さす方向を見た
僕も同じように遠目から窓をみると、さきほどまではまだ夕焼け空が広がっていた外の景色は、もう日が落ちる寸前だった。
「本当ね・・・」
「・・・魔物の群れの可能性もありますね、ハルマーさんへ報告してきます」
男性は外へ出ていき、隣の部屋へと移動していった。
男性がいなくなった事で僕はあいた窓際、アルスさんの横へ移動。
薄暗くはあるが、まだ動く影は見えている。近づくにつれて、どんどん大きくなってきている様子だ。
「兵士の一団って訳じゃないか?」
「・・・でも、何か、先頭は馬のような・・・?気のせいですかね」
「あれ、追われているのかしら・・・」
僕らは窓の外の様子を眺めながら、会話を続けていると
カンカンカンカン
警鐘が砦内に鳴り響く
「・・・やっぱり魔物か」
「この様子だと、そうみたいね」
警鐘をきき、開けたドアから廊下の様子をみると、魔道兵達も何の騒ぎだと各々出てき始めた。
その様子をみてリーディアの人達は担当の魔道兵へと、駆け寄りこの部屋には僕とナタリアさんアルスさんだけとなる。
僕はもう一度、外に目をやる。
先頭に馬だと思ったが、騎馬の様子。5騎の騎馬が黒い影から逃げて、この砦へと向かってきているのだとその時分かった。
・・・
黒い影の正体が一行につかめなかったが、それも姿を現した。いや影のままのような黒い存在なのだ。あれはサイレンス・・・
村や畑を襲い、家畜を丸のみにする全長10mほどの大きなへびだ。
ホーリーオーツでも1年に1度は現われ、被害にあうと冒険者を雇い討伐を依頼していたが強敵ということで多額の謝礼金を払っていたと父親から聞いた事がある。
それが群れになって騎馬を追っていた。
「あれはサイレンスという蛇の魔物のようです」
「分かるのか?」
「はい、村で何度か被害にあったことがあるので。体は黒く音もなしに忍び寄って、獲物を丸のみにするので、気づいた時には人や家畜がいないという事が・・・」
「あの影はその魔物か・・・群れで出るもんなのか?」
「いえ、全長10mもの大きな魔物なので、村でも1匹づつしかみてません・・・でも、あれは何匹いるんでしょうか」
あの群れをみると足がすくみそうになるが、だが難攻不落と言われるこの砦にいるという気持ちが僕を落ち着かせていた。
「やばいぞ・・・1騎遅れだしてるが・・・」
「あっ・・・」
1騎が人が乗ったまま、馬ごと丸のみにされた瞬間だった。
僕らは何もすることが出来ず、ずっと響く警鐘を聞き1騎ずつ徐々に減っていく様をその部屋で見ていた。
・
・
・
10分ほどすると警鐘は収まり、ハイマーさんから僕らに命じられたのは部屋で待機との事だった。
ナタリアさんは他のリーディアの人らとせかせかと動き出してしまった為、何もすることがない僕らは命じられるまま部屋へと閉じこもったのだ。
「大丈夫なのか、バタバタと足音だけ響いて俺達は何もしないって落ちつかないよな」
「そうですね・・・どうなってるのか状況もわかりませんからね・・・あの騎馬は一騎でも逃げ切れたのでしょうか・・・」
「最後にみたのは2騎だけだったよな。生きてくれてるといいが・・・生きていたら引き連れてきてるってことだからな」
「・・・」
アルスさんの言葉に僕は反応できなかった・・・。僕の本心では自分の身が一番だったからだ・・・
僕らは暇を持て余しながら、時間が過ぎるのを待った。
ヤード砦をでる際に新たに貰った携帯食料の堅いパンを引きちぎり、干し肉と交互に咀嚼し顎が疲れる食事をとりながら新たに教わった詠唱を心の中で読み進めた。
神聖のグリモワール、メイジ2級で教わる魔法は身を守る魔法。攻撃魔法か防御魔法か6種類の中から、魔法名と詠唱の長さ、どんな魔法が体現されるのかをざっくりとした説明をナタリアさんから聞き、僕は防御の魔法を選んだ。
だが、教わるのはナタリアさんではなくセラさんからとなった。ナタリアさんは4元素のグリモワールに強く、神聖や深淵は初級の魔法しか覚えていないそうだ。魔法名や効果などは知ってはいるが、詠唱は覚えていないと言われてもそれもそうかと納得できる話だ。
リーディアの人や英才教育組でも、何個も魔道兵になる前に詠唱を覚えているわけではない。英才教育組でも多くて3個、4元素、神聖、深淵の初級魔法を1個ずつのようだ。
ギレルさんが人は多くて覚えれる詠唱は8.9と言っていた。リーディアの人も同じくらいの数だとするなら、人によって覚えている詠唱も違い、これから級があがるごとに色んな人の教えを乞うようになりそうだと思えた。
正直、グリモワールが読めるために完璧に覚える必要はないが、それでも読んでいる素振りはあまり見られたくはない為に僕も覚える努力はしていた。
僕が教わった新たな魔法”聖なる領域”
詠唱数が、300文字ほどと覚えるのに一苦労する長さだ。だが、意味のある言葉の連なりに接続詞を間違わなければスラスラと覚えれそうではある。
暇な時に詩がわりに、グリモワールを読んでいた為、言葉の響きがいい”聖なる領域”にしたのだ。
自分を中心に半径3mの半円、ドーム状の領域を作り出す魔法。張り続けている間中、魔力を消費するが一度張ればどんな魔法も通さず、その領域の中には最初に入っていた者以外は誰も踏み入れることの出来ない魔法。
神聖のグリモワールでいう、結構最後のページの方にある魔法なのだが、これをメイジ2級で教わる事が出来るって・・・と、順番がおかしくないかなと思える。
実戦で使える魔法から教えるようにしていそうだなと思えるが、それが魔道兵のルールなのだろうと思ったことだった。
「ノエルはグリモワールを持つ姿が、ほんと様になってるな。なんだか本当に読んでるように見えるぜ」
ベッドに腰掛け、壁を背にパンを口に運びながらグリモワールをめくっていると、アルスさんのするどい指摘。
「・・・本当に読めてたらいいですが、雰囲気ですよ」
「だよな~・・・魔道兵って魔力よりも記憶力の方が大事なんじゃと思えるよな」
「それはありそうですよ。アルスさんは・・・本当に覚える魔法は慎重に選んだ方がいいですよ」
「分かってるよ・・・多分俺は、よくてもう2個。最悪もう1個って覚悟してんだから言うなよ」
魔力が人の倍あっても、覚えることが出来ないと魔道兵としての級は上がらない。すごく宝の持ち腐れになってしまう。あっ・・・だから、教える順番は実用的な物からなのかと、先ほどの考察に結び付いた。
「すいません・・・」
「俺のことより、ノエルは新しい魔法は大丈夫なのかよ。今度はお前も苦労してんじゃないのか?ん?」
アルスさんは先ほど、僕は心配していったつもりが、小馬鹿にされたと思ったのかニヤニヤしながら反撃してきた。
「えっと、もうほとんど覚えましたよ。300文字ほどでしたが、覚えやすい響きでしたので細かな所さえ間違わなければ完璧です」
胸を張ってアルスさんに返事をする。
「はぁ!?お前行軍中だろ、教えて貰ったのはよ!?それにまだ一週間もたってないだろ!」
「ふふ、魔道兵に向いているのかもしれません」
一週間以上前から詠唱を読み、耳と目で覚えた僕。短期記憶ではあるが、これを長期記憶にこれからも毎日読んでしていけば僕の頭に定着してくれるだろう。
「まじかよ、本当に賢いやつだなノエルは・・・」
「アルスさんも、今とか暇なときに詠唱の練習したらいいじゃないですか」
「いや、まぁ覚えているが・・・もしそれが間違ってるやつを一生懸命やって覚えても無駄だろ。むしろ邪魔になりかねないだろ」
「・・・確かに。でも、僕は火炎の詠唱は隣で聞いて覚えたので火炎だけなら、僕でもお付き合いできますよ」
「まじか!?賢すぎか!?」
「ふふ、ちょっと読んで見てくださいよ」
砦内のバタバタとした騒がさがなくなり、音を散らし静かになっていた事に気が付いたのはアルスさんが不意に時計をみた時だった。
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追記 ”火炎”や”祝福の光”の詠唱文字数を100文字に修正しました。
50文字をやっとアルスは覚えたとなると・・・少し、おバカなイメージに偏りすぎるのもと思い・・・申し訳ないです。
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