第28話 リーンのバルグ砦

ヤード砦には2日の滞在で、第四王子率いる軍は王都へと向けて出発した。


ヤード砦は落としはしたが、誰も人を残さずにまた放棄するようだ。なんのために落としたのかと思うが、王子の部隊の生き残りは400人ほど、王都までの移動を考えると誰かを残す余裕はないようだ。


王都まで3週間ほどの行軍の予定を聞くと・・・長い旅路に思える。


ただ、アルスさんやナタリアさん。たまにセラさんやギレルさんといった人達と会話をしていると一週間ほどの移動はすぐに終わり、今日はリーン村のバルグ砦へと滞在の予定になった。


丘の上にあるリーンという街。その一番高い位置にあるバルグ砦は後ろと左右を崖で囲まれ、リーンに入るにも30mほどの石の橋を渡らなければ行けない、難攻不落と言われている街だそうだ。


「あれがリーンか・・・どうやってあの橋作ったんだ?」


平地から見上げるように、リーンを見ながらアルスさんは疑問を口にする。


「少しずつ削って、補強してとかでしょうか・・・すごいですね・・・」


僕も同じように、同じ景色を見て呟く


「大昔の人が、グリモワールを使って作ったという説があるわ」


僕の呟きに答えるのはナタリアさん。


うねうねと続く道を登っていくと、じょじょにリーンが近づいてきた。


リーンに続く道は山道だった。だが、馬車を率いても移動できるぐらいには傾斜がきつくはなく、ぎりぎりといったぐらいだろう。だが僕は息が上がる・・・


「はぁ・・・はぁ・・・」


ポタポタと汗が額に流れ、頬を伝わり地面へと落ちる。季節というものがこの世界にもある中で夏に入ろうとしていた時期だった。


「大丈夫かノエル?ほれ・・・”冷却”」


「あっ・・・気持ちいい」


「だろ?快適快適」


アルスさんがグリモワールを開き、一瞬にして冷たい空気が僕の体を包む。


「なに魔力を勿体無い使い方してるの!?」


「お前も汗まみれじゃん、やってやろっか?」


「いいわよ、魔力を無駄遣いしないの!」


「へへーん、俺は人の倍あるからいいんだよ」


「良くないわよ!」


徐々に僕にまとわりつく冷気は、周りの温度に侵食されまた温い空気へと変わっていった。アルスさんがグリモワールを使いこなしつつあることに僕は感心し、少し四元素のグリモワールが羨ましく思えた。


山道を登り切り、正面には石で出来た橋。その奥には街が広がり、頂上には砦というよりかは城のような外観のものが見えた。


すでに先頭は石橋を渡っている。だが、全一気に渡る訳でなく馬車からは人が降りてゆっくりと間隔をあけて渡っていくようだ。


400人もいれば、渡るのに時間が掛かる様子な為、僕らは列を少し離れ覗き込むようにリーンの街をみた。


リーンへ行くにはこの石橋を渡るしかなく、街は外壁を挟んだ横は断崖絶壁となっていた。


よく見ると、橋は2重のようになっているようだ。橋の中にもう一つ通路がありそうな作りになっており、ガラスや木の無い窓がついていた。


僕らもわたる順番になったために、慎重に進んでいく。だがその石の橋は強固にできているようだ。橋の上には30人程がいるが揺れたりだとか、きしむ音が聞こえたりだとかはなく渡りきることが出来た。


石橋を渡りきると、大きな外壁と繋がる門を潜り抜けた。


「街の中に、畑か」


「不思議な光景ですね」


外壁の中は、一軒家のようなまばらに立つ家々が並び家よりも畑が多く存在する街だ。


門を超えて一直線に、バルグ砦までの道が伸びていた。その道の手前から左右には畑が広がり徐々に家々が並ぶ街へと続いている。


一直線に伸びた道を進むと、兵士達は街の中へと離れていき、残るはリーディアと魔道兵、数名の指揮官や騎士と王子が砦へと続く道を登っていく。


「結構栄えているな、この街は」


「そうですね、見て回るのが楽しそうです」


「駄目よ、最初に言った事忘れた?行くなら護衛を連れていく必要があるのよ。そんなに自由には動けないの」


街の様子を見ながらだと、露店で何か物を売っていたりと足を止めてみたい気持ちがあり、アルスさんと話をしていると、ナタリアさんからストップの声が掛かった。


「護衛連れてればいいんだろ、ったく細かいな」


「はぁ~・・・あなた達まだ魔道兵としての自覚がないの?いい、詠唱は秘匿、グリモワールは重要な物よ。あんたがもし殺されて奪われでもしたら、そのグリモワールはどこ行くか分からないのよ」


「分かってるっつーの。じゃあ行く時はお前にグリモワール預けとけばいいんだな?」


「そういう事じゃないの!じゃああんたが誘拐されて詠唱を教えろと脅されたらどうするの」


「俺はやわじゃねーよ。拷問されても口はわらないぞ・・・それに詠唱を知っているのはナタリアお前もじゃねーか」


「・・・私はしっかりしているからいいの!ともかく、自由には動けないの!動いていい時間なども決められているから」


厳しめにきつく言われるが・・・襲われるとは別の理由もありそうな気がする、そんなナタリアさんの忠告をうけた。


「なんだよ、魔道兵ってやばくねーか?」


「いいじゃない、好待遇受けているんだから王都に行けばそれなりに自由な時間も過ごせるんだから、少しぐらい我慢しなさいよ」


がっかりとした面持ちのアルスさんとは別に、僕はグリモワールがこの世界でどの様に流用されているのかが気になっていた。


グリモワールはダンジョンで取れると聞いている。冒険者と呼ばれる人達が持ち変えるそうだ・・・その冒険者たちがグリモワールを使おうとしたらどうやって使う?


詠唱は秘匿・・・兵士にならないと教えてはもらえない。それか、リーディアの人達のように出自が保証されているような人達が小さな頃から教育される場合だ。


その他の人は、本当に詠唱を知る術はないのだろうか・・・。もしかしたら、詠唱を売るなんて仕事もこの世界ではあるのではないかと思えているのだ。それをさせない為に、魔道兵を縛り自由な時間を失くしているのではないか・・・


自分の考察・・・これはありそうだと思えることだった。また時間がある時にナタリアさんに聞いてみようと思えたのだった。


坂を登り切り、バルグ砦内へと入っていく。外壁をくぐればもう建物内にいた。先頭では領主に迎えられている王子が何か話をしている様子に、しばし僕らは待機をしながらキョロキョロと砦を見ていた。


バルグ砦。長方形の横に長い形をした砦、砦の後ろは断崖絶壁になっている為に真正面からの攻撃に備えられた形をしていそうだ。


砦の屋根は全て屋上になっているように、弓兵や魔道兵を配置できる作りになり砦の中央には、館と思われる塔が立っている事から凸のような形をし、遠目ではお城に見えていたようだ。


王子やギレルさん、数名の指揮官は領主に連れられ真ん中の道を進んでいき


「魔導士様とリーディアの方はこちらへ、案内します」


一人のバルグの騎士が先導するように、右の通路へと歩き出した。


その後ろを僕ら17人の魔導兵と9人のリーディアが続く。


今の魔道兵はギレルさんを除き17人。ハーパーさんのグリモワールを手に入れた騎士が新しく魔道兵として任命されている。


他に2人、グリモワールを手にしている人がいるはずだが、増えたのはその一人となっていた。


「こちらの12部屋をご自由にお使いください。割り当てはそちらにおまかせします。」


砦の2階へと進み、まっすぐ伸びた通路には左に4、右に6奥に2部屋ある場所。砦の一番右端の位置だった。


「ウィザードは一人部屋、メイジは、自由に6部屋を使ってくれ。つきあたりの奥2部屋はリーディアで使うからな。ウィザード達、先に選んでくれ」


ハイマーさんが、そう指示するとウィザードの4人は左の部屋へと入っていき


「俺は一番奥へいくぜ!」


だっと駆けるようにウィロスは一番右奥の部屋へと行ってしまった。あの人とは相部屋嫌だなと思っていると


「ノエル、どこでもいいから行こうぜ」


「そうですね」


他のメイジたちも部屋へと入っていくため、僕らも適当に階段から3番目の位置の部屋へと進んだ。


部屋に入ると、埃っぽさがありそこまで手入れはされていない様子から、普段は使わない部屋のようだ。


だが、部屋の広さはかなり広い。シングルベッドが3つ並び机に椅子も置かれている。この設備を持て余しているのかと疑問に思う。


「窓あけるか」


「はい」


むわっとしたその部屋の空気を入れ替えるように、窓をあけていくアルスさん。窓をあけると光が差し込むが、外は既に夕焼け色に染まっていた。


窓を開けると、風が流れ部屋のほこりが舞う様子に鼻がムズムズとし始めた。


「すごいな、埃・・・」


「ハックション・・・アルスさん、風よきたれで埃少しでも外に流せませんか?」


「だな、やってみるか。ノエルは外でてろよ」


「はい」


一度部屋をでると、同じように廊下にいる魔道兵がいる。


「埃すごいな」


「そうですね」


隣の部屋を選んだロッツさんが、声を掛けてくれた。最初は無口な人だったが、今ではそれなりに言葉をかけてくれるようになっていた。


廊下からアルスさんが使う魔法の様子を見ながら、ロッツさんと会話をしながら待つ事2分。


「ノエル、いいぞー」


「はい、ではロッツさん」


ロッツさんも部屋へと戻どり、僕の中へと入る。埃はまだ舞ってはいるが、先ほどよりもマシにはなっていた。


「どうだ?結構よくなっただろ?」


「ですね、いい感じです」


アルスさんは一番左端のベッドに荷物を投げるように置いたため、僕も真ん中を空けて右端のベッドへと荷物を置いて座った。


木の腑に藁が引かれた一般的な物。ガサガサとするその感触はすでになじみ深いもの。


パタリと移動の疲れからか倒れるとすぐに睡魔が襲ってきそうになる。


「ノエル、おいノエルー。」


「えっあっはい」


「すぐ寝ようとするなよな。窓の外見てみろよ、あそこなんか動いてないか?」


薄暗くなりそうな窓の景色をアルスさんは眺めて、指をさしていた。僕も一度倒れた体を起こすのは億劫だったが、枠組みを掴みなんとか起き上がる


「どこです?」


「あそこだよ、黒い影が動いて見えるが気のせいか?」


アルスさんの指の先をたどるように、目を凝らす。


確かに平地にうごめく影が見えた。


「確かに何かいますね・・・」


「徐々に近づいてきてるように見えるが・・・どう思う?」


「どうと言われましても・・・ナタリアさんに一応報告しておきますか?」


「・・・だな、一番奥の2部屋とか言ってたよな?」


「行ってみましょうか」

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