第19話 魔力の調節

「・エル・・・おきろよ、おい・・・朝だぞ」


体がゆすられている、それに僕を呼ぶ声が聞こえてきていた


「んん・・・」


「朝だぞ、起きろよ」


アルスさんが僕を起こしてくれていたようだ。徐々に目が覚めて行き、重い瞼を持ち上げていく


「朝だ、作戦指示がでるぞ」


「は・・・はい・・・おはようございます」


全く疲れが取れていないのか、体がすごい倦怠感に包まれている


だが、アルスさんがテントから出て行ってしまい、その姿を見て焦る僕は跳び起きると同時に2冊のグリモワールだけを確認し慌てて外へ出た


「おっそんなに急がなくてもいいぞ、ぎりぎり起こした訳じゃないからな」


「おはよう、昨日は相当疲れてた様ね」


外にはナタリアさんも座っているのを見て、一息いれる


「おはようございます、時間の感覚が・・・寝過ごしたのかと思ったので」


「大丈夫だ、まだ隊長達も集まってない」


「そうね・・・ちょっとノエル座ってくれる?魔法をどうやって使うか基本的な事を教えておくわ」


「はい」


飛び起きたのが無駄になったようだが、ナタリアさんから話があるということで座る


・・・あれ?僕昨日、自分でテントに入ったっけ?


「いい、ノエル。昨日みたいな魔法の使い方はよくないわよ、必死になるのも分かるけど適度にしないとあなたが倒れたら意味ないわ」


昨日の夜のことがすっぽりと抜けているなと思っている所で、ナタリアさんからの説教が始まった


「・・・はい」


正直、倦怠感がまだ残る中で、朝からこれはきつい・・・


「詠唱をゆっくり読んだりして休息したり、頭痛が来る前にそろそろ限界という意思表示しなければ永遠とこき使われるわよ」


「・・・そうは言いますが、みな怪我をして苦しんでいる中で・・・そんな・・・。それに自分の限界も知りませんでしたし・・・」


それで僕も素直に聞き入れれずに、反論してしまう


「・・・限界を知らなかったのは、私の落ち度よ、ごめんなさい。アルスとロッツに付きっ切りでノエルをないがしろにしていたわ」


昨日もそんな事言っていたっけ?と徐々に昨日の治療が終わった後の事も思い出してくる


「苦しんでるって、1秒2秒で生き死にが掛かるほどの?そんな重傷者ばかりだった?」


「・・・いえ、そういう人は少数でした」


「なら尚更魔力に余裕を持たせておかないと、本当に重症者が雪崩れ込んできた、いざという時に魔力切れで使えないという事になるわよ」


「・・・言ってる事は分かりますが・・・あのテントの中でそんな手を抜くようなことは・・・」


「手を抜くって捉え方が良くないわ、調節よ。自分の体の管理は自分しか出来ない、マジールさんもハンスさんもやっていると思うわよ」


「調節ですか・・・」


「そう、昨日の事覚えているなら思い返してごらんなさい。彼女らが最初から全力を出していた様子か、きっとノエルより回復した人数少ないと思うわよ」


「・・・でも、マジールさんは僕よりも違う魔法を使えるので、消費魔力が違うのでは・・・」


「いい神聖のグリモワールは、メイジ2級は攻撃魔法、1級で覚える魔法は補助魔法なの。だから二人とも回復魔法はノエルと変わらないの」


「えっ・・・」


ナタリアさんの言葉で、昨日の終わり掛けの彼らの様子は・・・さほど疲れてはいないように思えた。本当に調整しているようだ


「アルスもここから聞いておいてよ。魔力の量は具体的な事は図れない。魔法を連続何回使えるとかで判断するしかないの、でもねあなた達兵士上がりは力を誇示したいがために自分の限界がどれほどか、周りと比べて自分が優れていると主張したい人が多いわ」


干し肉をかじりながら、恐らく”火炎”の詠唱の復習をボソボソとしていたアルスさんにも、ナタリアさんは声を掛けた。


「でも、小さい頃から教わってきた人はそうじゃないわ。自分の限界は隠すものと教わるの、過小に申告するのよ」


「さっきのノエルの話の続きで楽できるからか?」


「楽・・・といいう言い方はよくないけど、そうよ調節が自分の力で自由に聞くからよ」


・・・マジールさんもハンスさんも僕より”癒しの光”の回数が少ないと聞いたな。ハンスさんは20回っといってたよな・・・相当低く申告していそうだな・・・


「魔道兵にとって魔力はグリモワールの次に大事な物。自分でしっかり管理するようにね」


最初こそ、ナタリアさんの言葉が全く聞き入れれずに、あの場にいないくせにと思う所もあり反論していたが・・・話が終われば、それは説教ではなくいたって普通の勉強であったとすんなりと自分の中に入って行った


「ふ~ん、じゃあまずは俺も自分の限界を知る必要があるのか」


「アルスはまずは一人で詠唱を完璧にする必要があるわ。その次の話よこれは。でも実戦が先になってしまって詠唱が問題ないノエルにこの話が出来ていなかったのが私の落ち度ね・・・偉そうに言ってしまったけど、ノエルは一生懸命頑張ったのはいいことよ」


ナタリアさんは最後にそう言ってほほ笑んだ


「いえ、勉強になりました・・・正直、今日も倦怠感を引きづっているので魔力管理は大事なんだと身にしみてます」


「なんか俺だけ置いていかれてるな」


「そうよ、もっと自覚しなさい。そろそろ隊長達も集まり始めているから、行くわよ」


「・・・はっきりいいすぎじゃね?なぁノエル」


「えっと・・・頑張ってください」


朝からナタリアさんの指導を受けたが、今日を乗り切るために重要な話だった。その後僕らは全体の戦の動き、計画を聞いた後はまた第6部隊で集まり作戦会議となった


・・・そういえばアルスさん達の作戦はどうなったんだろうか?成功したのかな?昨日、そんな話を聞く余裕もなく、朝も勉強になった為に聞きそびれていた


「第6部隊、全員いるな。今日も昨日と同じ内容だ、昨日攻めることが出来なかったが今日は必ず攻めるぞ!」


「うっす」


「・・・はい」


ロングレンジ隊長の言葉にアルとハーパーさんが答える


昨日は攻めれなかったのか、なぜと理由が少し知りたい気持ちがあるが口を挟む勇気はなかった。アルスさんに後から聞けばいいか


「ノエルは昨日と同じだ。時間がきたら救護部隊にいるように」


「はい」


「では、一時解散とする。各自準備をしておくように」


僕は同じ部隊なのに、また別行動だ。持っているグリモワールが違う為仕方ないと思うが、神聖持ちは神聖持ちで部隊を組まない理由はあるのかな?


「ノエル飯貰いに行こうぜ、腹減ってるだろ」


アルスさんに不意に食事の事を意識させられると同時に僕のお腹はぐぅ~っとなった。


「はい、ペコペコです」


「昨日、ノエルすごい食べ方してたわよ」


「だな、なんか食べるのに必死すぎて、なんて声かけたらいいか分からなかったぜ」


昨日の事をほぼ思い出していた僕は、どのよう食べていたかも思い出していた。一気に恥ずかしくなり、顔が熱く赤くなるのを感じる。


「・・・お恥ずかしいです」


「でもあれ食べてなかったら、今頃もっと疲労でやられてたと思うわ。無理して食べといて正解よ」


醜態は晒したものの、正解の行動をしていたよう・・・いや正しいといわれたらグレーではあるかもしれないが、ナタリアさんにそう言われた為に少し気持ちが軽くなった。


それから支給を終わらせ、朝食を食べながらアルスさん達の昨日の作戦内容を聞くことにした。


「アルスさん達は昨日の見張り塔でしたっけ?東側の破壊。それはどうなったんですか?」


僕が質問すると、アルスさんは少し気まずい様子で答えた


「いや・・・昨日は作戦を実行できなかったんだよ」


「そうなんですか?」


「あぁ、俺達が正面から塔を壊しにいくために、陽動部隊が砦の後ろから攻撃することになってたんだが・・・それが昨日間に合わなかったからな、俺達の作戦は見送りになっちまった」


「なるほど・・・だから昨日負傷者も多かったんですかね?」


「だろうな、兵士達は普通に真正面から攻撃に参加し敵の矢と魔法を浴びていたからな」


僕もグリモワールを拾っていなければ、その攻撃に参加する兵士の一人とし正面から突破する部隊にいたのか・・・


治療する側でなく、治療される側・・・いや、お金もないため良ければ救護テント付近で転がり、悪ければ死んでいるのかと思えると・・・ゾワっとしてしまう


それに・・・アルスさんとずっと一緒にいた、僕にとっても大事な先輩兵士のスナイプさん。野営地や行軍では見かけることが一切なくなり、今も姿が見えないことに少しの不安がよぎっている。


だが、アルスさんとスナイプさんは関係修復が出来たのか、アルスさんが今どんな風に思っているのか聞き出せない為に、スナイプさんの話題を振ることを躊躇われた


「今日は来るわ。アルス、準備をして起きなさい」


「あぁ、昨日よりかは気分は落ち着いている」


「・・・その落ち着きが戦場でも続くといいけど。ノエルはさっき言ったように自分で調整するのよ」


「分かりました」


僕ら3人は食事をとると、兵士達が攻撃に転じ始めた頃に自分達の役割へと散らばって行った



2日目の砦攻略が始まり、救護テントには負傷兵がまた運び始めた


気だるい体を引きずり、昨日より少しゆっくり目に詠唱を唱えていく。


ナタリアさんの言葉に、兵士達は呻いてはいるが死にそうな人は確かに少ない。それにハンスさんや、マジールさんを見ると僕より明らかに詠唱が遅い。


一日で僕も少しこの現場に適応できているのか、昨日の焦りは随分と減り、冷静に回りの状況を観察できていたのだ。


詠唱速度を、さらに落としマジールさん達と同じ詠唱速度にする。たった100文字の言葉を、5分~8分ほどかけて読み上げる彼らは調整しているのが明だった。


僕は慎重にだが、自分の出来うるペースで読んでいた為に1~2分の間に一人を回復していた・・・と思う。


あぁ~・・・やっぱり、時計アルスさんに譲らずに自分がかっておけば、とこの時後悔した為に次は時計を買う事を決める。


回復を初めて最初の休息に入った時には、今日はまだ18人ほどしか回復をしていない所だった。


体の倦怠感はあるが、頭痛はまだでていない。全然余裕がある状態だが、チラっと開かれた外をみると負傷した兵士が大勢座り込んでいた。


それをみると罪悪感がやはりでてしまうが、ナタリアさんの言葉を思い出し、休憩後もこのペースのままにしようと思えた。


「ノエル君、どうだい今日は」


また昨日のように壁を見つめ、水とドライフルーツをかじっているとマジールさんが様子を見に来てくれたようだ


「はい、昨日の疲労を引きづっているので本調子ではありませんが、慣れてはきました」


「そうか、昨日の様子からみるとペースを落としているようなのはそのせいか?」


「昨日は最初という事で張りきりすぎたみたいです。万が一や不測の事態に備えるという考えが頭になく必死だったものですから」


「なるほどな。自分で魔力量はコントロールしなければならないからな、だが手を抜きすぎるのも感心できたものじゃないぞ」


昨日が30人近く、今日は20人以下となるとそう思われて当然か


「そうですね・・・ですので、僕はまだ魔力量というものを十分理解できていない為、マジール様やハンスさんと回復する人数を揃えてコントロールをしてみようとやってみました」


だが、手を抜くなと言われても同じ人数を回復しているのなら文句ないでしょ、と自分の為に保険をいれておく


「そうか・・・周りをみる余裕も出来たのか」


すると、静かにこちらの様子を伺っていたのかハンスさんが会話に入って来た


「ノエル君は若いんだから、もっと必死にやった方がいいよ。万が一があっても、僕やマジール君が対応するんだから、そこまで気にする必要ないさ」


「・・・一応、僕の様子を心配したリーディアの助言ですので」


「いやいや、リーディアの連中は知識だけで現場を知らない人達ばっかりだから。そんな連中の言葉よりも僕らの話を聞いた方がいいよ。マジールさんも手は抜くなって言ってることだから」


このハンスさんという人の言葉は・・・自分が楽をしようと仕事を人に擦り付けようとしているようにしか聞こえない


「・・・ではなぜ、ハンスさんは1,2分で終わる詠唱を8分も掛けて唱えているのでしょうか」


「・・・いやぁ~、僕はあまり物覚えがよくなくてね。詠唱中断や間違っているなんて事もざらだから発動せずに何度もやり直すんだよね」


僕の言葉に少し嫌な顔を一瞬させたが、すぐに人畜無害そうな笑顔に戻りそういう


僕らのドッジボールのような会話を黙って聞いていたマジールさんが、口を開く


「最初から決めようとしていたことだが、ノエル君の実力を知りたくて昨日と先ほどは好きにやってもらったが・・・ここからはノルマを設けよう。休憩するまでに一人20だ。ホランド隊長に伝えておく」


「マジール君、それでは魔力が低い僕が不利ではないですか」


ノルマ制を言うマジールさんに、ハンスさんは反対するが僕は大賛成だ。それなら早く終われば休憩も多く取れるし魔力の回復も少しは早まる。


「ハンスさん、魔力が低いからと言って野営地で不当に扱われてはいないだろ。戦場でも低いとか関係なく平等にいくほうが今みたいに無駄に衝突を避けるためにいいだろ」


「そうですが・・・20人ですね。わかりましたよ」


何度かのやりとりをマジールさんとハンスさんの間で交し、ハンスさんが折れることで僕らはノルマ制を取り入れることになった。


僕はノルマ制に賛成だった為、マジールさんから、いいかという問いに、はいという返事だけで終わりすんなりとしたものだった。


その旨をマジールさんはホランド隊長へと告げ、僕らは休息後からは20人数ずつの回復と割り当てられたのだった

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