第18話 泥のように眠る

回復に追われ、負傷兵の波が途切れたのは空が赤く染まり、今日の進行が終わったからのようだ。


何人回復したかはもう覚えていない。すでに魔力切れの症状は常に付きまとい、頭痛をずっと抱えながら魔法を使っていた。


時には一度回復をかけた人が、とんぼ返りし怪我を負って戻ってくる事もあった。


「ノエル君、今日の治療はここまでだ。簡易拠点に戻るとしよう」


マジールさんが最後の負傷兵を回復し、今日の仕事が終わった


「マジール様、お疲れ様です。明日もがんばりましょう。あっノエル君もね」


「お疲れ様、ハンスさんもゆっくりと休んでくれ」


「お疲れ様です」


救護テントの片付けは騎士や兵士でやってくれるようで、僕ら魔道兵は先に天幕から出る


天幕の入り口は開かれていて、外の様子は見れていたと思ったが・・・天幕のまわりには怪我をした兵士がまだ何人も座り込んだり、転がったりしていたのだ


軽傷だと判断された人たちだろうか・・・いや、矢が刺さったままの人もいるが、あのままで大丈夫なのかな?


負傷兵の脇を僕ら3人は騎士に囲まれ、簡易拠点へと抜けていく


囲まれた騎士の隙間から負傷兵をみると、まだ矢による怪我が大半の為、門を突破出来ていないのかなと思える。


アルスさん達や、魔道兵が運び込まれてきていないのがまだ僕の救いだった


負傷兵も護衛の騎士の隙間から、回復してくれと懇願するものや、罵倒とも思える声を掛けてくる。正直回復してあげたいが、一人を特別に回復すると他もと雪崩れ込むに違いない


ここにいる全員は回復できない為、僕は耳が痛い言葉を心を無にして通り過ぎていく。


簡易拠点には、進行を終えた兵士達がご飯の支給に長蛇の列を作っている。見慣れた光景だ


簡易拠点の魔道兵が集まる天幕へと近づいた時には、遠目でもアルスさんと分かるシルエットが見えた。


思わず走りそうになるが、すでに僕の魔力は空っぽに近いぐらいの疲弊具合だった。


歩くのもやっとの為に、気持ちだけ上がり気味で向かう。


魔道兵の集まる天幕に近づいた時には、騎士達の護衛はなくなりマジールさんも、ハンスさんもそれぞれの部隊の元に帰っていく。


僕もよろよろとアルスさん達に近づくと、向こうも僕に気が付き、座ったまま大きく手を振った


「おう、お疲れさん・・・大丈夫か?」


僕の様子に心配そうに僕を見上げるアルスさん


「はい、魔力が空っぽって感じですが、大丈夫です」


そういいながら、自分の背負い袋をドサっと置いた


「ノエル、疲れているところ悪いけど、ロングレンジ隊長には戻った事を伝えにいくわよ」


ナタリアさんは食事の手を止め、立ち上がるのは、僕に付き添って報告に一緒に行ってくれる様子だ。


「あっはい、そうですね」


「おう、いってこい。あっちで飯の支給もしてるからな、帰りがけに貰ってこいよ」


「分かりました・・・」


「さっと報告して、ご飯食べて寝なさい」


「そうですね・・・」


アルスさん達の計画はどうなったのかなど気になる事は多いが、僕はすぐに横になりたかった


簡易拠点の魔道兵の指令室となる天幕にたどりつく。天幕の入り口は開かれており、中にロングレンジ隊長と他の部隊の隊長と思われる人達がいた


「ロングレンジ隊長、ノエル魔道兵が戻りました」


疲れている僕に変わって、外からナタリアさんが声を掛ける


そしたら、会話をしている中で中断しこちらに向かってきた


「ノエル、ご苦労だったな。攻城が難航したために負傷者が多かっただろ」


「はい・・・」


「何人回復したか覚えているか?」


「・・・50を超えたあたりから数えていません。同じ人や休息を挟んだりとしたら数が飛び、魔力切れによる頭痛もあった為・・・数える余裕がありませんでした」


そんな質問に、数える必要があったのかと、後悔する


「いや、それが普通だろう。それに50人は回復しているのなら十分だ。明日も同じようになるやもしれん、今日は早々に休み魔力の回復につとめよ」


「はい・・・失礼します」


必死に疲れを隠そうとしていたが、体が言う事を聞いてくれない。正直兵士の時よりも疲労度でいえば圧倒的に魔道兵の方が高い。


背筋を伸ばすこともうまく出来なかったため、隊長には失礼だったかもしれないが・・・今日だけは多めにみて貰いたいと思う。


「ノエル、本当に大丈夫?最初だから必死になるのは分かるけど、少しはセーブしなさいよ」


「・・・でも、まだ負傷した人が沢山いました・・・」


セーブなんて・・・そんな出来る雰囲気ではなかったのが


「はぁ・・・そうかもしれないけど・・・。アルスに付きっ切りでノエルの事を放置していた私の責任でもわるわね・・・」


僕の返答にナタリアさんは、やれやれという顔だ


「まぁいいわ。私が食事もらってくるから先に休んでなさい。今にも倒れそうな顔してるんだから」


「すいません・・・お願いします」


ナタリアさんに麦がゆの支給を任せ、僕はアルスさんがいる僕らのテントへと戻った


アルスさんの横に崩れるように座りこむ


「相当疲れてるな」


「はい・・・アルスさん、お願いが・・・水を」


「おう、ボソボソボソ”水よきたれ”」


アルスさんの詠唱は小声派のようで聞き取れない音量で詠唱を唱えて水をだした


正直、もうゴブレットを取り出す気力もない為、アルスさんが水球を僕の方に向けてくれた為に、僕は顔ごと水球へ突っ込んだ。


ガブガブガブとそのまま飲み続け


「プハッ・・・ありがとうございます」


「おう・・・カップはカバンか?開けるぞ?」


僕の行動に若干引き気味の様子で、僕の代わりにカップを取り出し残った水球をカップに移し、余りは水筒に入れてくれた。


僕は濡れた前髪をたらし、ただ茫然とその光景を見ているのみだった


お礼をいわなければと思うが、口すら動かすのも億劫に感じる。


「はい、貰って来たわよ・・・ノエルなんでびしょびしょなわけ?」


ナタリアさんの差し出した麦がゆ。器はナタリアさんのを借してくれているのだろうな


僕はそれを受け取り、小さな声でありがとうございますと言った、言ったつもりだが聞こえているかは不明だ


そのままスプーンを使わずに、飲むように器に口を当て傾ける。


「おいおい・・」


兵士の麦がゆならスープ同然の薄いものだが、魔道兵のはドロドロとしているため飲み辛い。いや麦がゆは飲むものではないので当たり前なのだが・・・今の僕には兵士の時の薄いのが良かった


ズズズズと音も立てていると思うが、気にせずに飲む。すでに睡魔にも負けそうになっているのだが、魔力を回復する為に食事は大事だと言われているので食べておく必要があった


麦がゆを噛むことなく、お腹に納めた僕は器を手放したのと同時に意識も手放したのだった

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