第17話 救護テント

翌朝、兵士達は門への攻撃を開始した


「アルス、ハーパー行くぞ。壁から出ないように気をつけろよ、魔法有効射程までに魔道兵とバレても終わりだからな」


「うっす!」


「はい」


そして僕を残し、アルスさん達は作戦にうつっていった。ナタリアさんも目立つ白のケープから革の鎧に身にまとい、弓兵へと変装していた


僕はけが人がくるまで待機となる。簡易野営地よりももう少し敵地へ近い場所で一つの天幕をはり、負傷者が運ばれてくるのを、以前、訓練所で出会ったマジールという女性とハンスという男性、他3人のリーディアと30名の騎士や兵士とで待ち構えていた


兵士達の気合の咆哮、敵の魔道兵からの魔法による爆発音。すこし離れたこの場所でも聞こえてくる為、落ち着いた気持ちにはならない


この轟音の中、アルスさん達は無事任務を全うしているだろうか・・・はぁと小さく息が漏れる


「ノエル君、戦は初めてか?」


「いえ、2度ほど兵士として砦制圧と村の偵察を経験してます」


じっと待っていると、ハンスという30代前後の優しそうな顔付の男性が声を掛けてきた。この人は兵士あがりではなさそうだ。級も星2つが紋章に刻印されている


「・・・そうか、貴族か商人かと思ったが、兵士あがりとはね」


僕が兵士あがりと伝えると、どこか嬉しそうだ


「ハンス様は、貴族様でしょうか?」


「ハッハッハ、僕は貴族なんかじゃないよ。しがない商家の次男さ」


気さくに喋ってくれる様子は、僕の緊張がすこし和らぐが・・・


「だけどね、マジール君は男爵家の次女だからね・・・彼女自信、貴族がどうとかは言わないけど周りが気にするから気を付けてね」


「・・・分かりました」


マジールさんは貴族、ハンスさんも商人の息子・・・僕は農民だ。つまり戦地に回復に向かわせることがあれば・・・それは間違いなく僕だという事


気休めと思われた会話だったが・・・ハンスさんはその事を確認したいから僕に声を掛けてきたのだと思えてしまう


そこだけ確認すると、ハンスさんは僕から離れて行ったが、その時の顔は安堵した表情だった。


ハンスさんが離れていくと、次はマジールさんが声を掛けてくる。きつそうな目つきに少し身構えてしまう


「君、以前ギレル様と訓練場にいたな」


「はい、あの時はありがとうございました」


「メイジ3級だと、魔法が使えないのだから仕方ない事だ」


身構えた僕の態度とは裏腹に、マジールさんの言葉は優しさがある


マジールさんはメイジ1級。貴族や商人などの英才教育組はメイジ2級からスタートすると聞いていた為、この人はなにかしら評価されている人なのだろう


「君は1日もせずに詠唱を覚えたと聞いたが、それは本当かい?」


「いえ、村に住んでいたころに冒険者の方に教わった詠唱がたまたま、祝福の光でした。ですので詠唱は知っていたのです」


「そうか、そういう事もあるのだな・・・全く詠唱を広めることの重大さを理解していないやつは」


「はい、僕もグリモワールの事をよく、知らない時だったので・・・その、すいません」


語尾を強くするマジールさんに僕はたじろいだ。


「いや、君を責めている訳ではない。それにその知識が今役に立とうとしているのだからな。ほら、ぞろぞろと運ばれ始めているぞ」


戦場の方へ指をさしながら、そういう為、僕もマジールさんに向けた顔を指さす方角をみると、肩に担がれた者、自ら足をひきずる者、担架に乗せられてくる者などがまばらにだが列を作りこちらに向かってき始めていた。


「順番に回復をかければいいのでしょうか」


「いや、私達の前に騎士達が重傷者を優先に運んでくる。君は目の前のけが人を回復すればいい」


「分かりました」


救護組のリーダーは騎士のホランドさんという人だ。だがリーダーと言って魔法を使える訳ではないのだろう。命の優劣をつける人、僕の中ではそういう印象だった


「そこの魔道兵、この者の治療を頼む」


騎士に呼ばれ、僕は一つのマットに転がされた人へ


右肩と右足に矢が刺さっている兵士だ。痛みでかなりもがいている


「いてぇ・・・は、はやく、た・・・うごぉお・・・」


痛々しいその様子にひるんでしまうが、兵士をつれてきた騎士は僕に淡々と告げる


「詠唱が終われば、グリモワールを持っていない手をあげてくれ。そしたら矢を引き抜く」


「分かりました」


騎士に手順を伝えられると、僕は”光の癒し”ページをめくっていく


心の中で静かに詠唱をしていき・・・残すのは最後の一節。徐々にあたたかな光が僕の手へと集まってくる


その時だった


「お・・おい・・・はやく・・・」


聖なる力は・・・うわぁ!?


魔法をかけようとした兵士が、不意に僕の手を掴んだのだ。その為に詠唱は中断、僕の驚いた声がまじり破棄されてしまい右手とグリモワールから光が消えた


「どうした?」


「・・・いえ、不意に掴まれ驚いてしまい・・・詠唱を中断してしまいました・・・」


「そんな事でどうする!後が使えているぞ!」


「はっはい!」


失敗しないように、覚えてはいたがグリモワールの文字をみて集中していたのが原因だった


僕はもう一度、初めから詠唱をやりなおし


魔法名を唱える所まで詠唱を終わらせると、右手を挙げた


「いくぞ!そこの押さえてろ!」


騎士と兵士2人の3人掛かりで、負傷した者を押さえつけ一気に矢を抜いた


「うぎゃーーー!!!」


耳をつんざくその声。僕の顔は歪む


「いいぞ!・・・おい!魔道兵!」


僕の頭は真っ白になりかけていた。貧血で眩暈のように頭がクラクラとした感じに陥っていた


「!?”癒しの光”」


だが騎士の声で我に返り、魔法名を口にする


右手にこもる光を兵士に向けて、魔法名をとなえると負傷した男の傷口から流れ出す血は止まった


回復が効いたのが実感したのか、負傷兵は叫び声をやめはじめ、押さえつけていた兵士達も力を抜いていた


大人しくなった負傷兵を兵士達は天幕から出していくのを、僕と騎士は見送った


「しっかりしろよ、今この為にお前たちは優遇されているんだからな」


騎士からおしかりの言葉を受けるが・・・僕の落ち度な為に


「はい・・・」


初めての魔道兵としての仕事は成功とはいい辛いものとなってしまったのだった


周りでは呻く兵士の傍らで、冷静に魔法を唱えるマジールさんとハンスさんの姿がそこにはあった


「魔道兵なら少しのことぐらいで、心を揺さぶられるな。俺はグリモワールを持ってはいないが、お前よりうまく使う自信があるぞ」


そして騎士からそう言われてしまう・・・


だが、僕の心の中ではその言葉には反論していた


僕はグリモワールが読めるのだ、僕よりうまく使う自信があるという言葉には納得できるものではなく


「・・・それはグリモワールを手にしてから言う言葉だと思います」


ガラにもなく反論してしまっていた


「運よく手にしただけの奴が偉そうにしやがって」


僕の反論に、捨てゼリフを吐いた騎士は天幕から出て行った


はぁ・・・怖かった・・・わざわざ敵を作るような事をしなくてもいいのに・・・


反論した直後には、すでに後悔していたが、騎士が出ていく時には謝罪の言葉がすでにのどまで出かかっていた


謝罪する間もなく出て行き、新たに負傷兵が運び込まれてきたために僕は騎士を追う暇な次の治療へと移って行った



回復の魔法を使い、34人目が終わるころに頭痛が始まりだした


魔力枯渇の症状だ


ポーチからドライフルーツとナッツを一掴みし、口に押し込む


ナッツのコリコリとした食感と、ドライフルーツのぐにゅぐにゅとした食感が合わさり、味も混ざってはいるが気にせず咀嚼し飲み込む


食べ物で魔力が回復するというが、すぐにすぐ効果はない。それでも、目の前にはけが人が溢れている為に、血を見て食欲がなくなっているお腹に少しでも栄養を取り入れるために食べるのだ


「ノエル君、魔力は大丈夫か?」


そんな僕の様子を気にかけてか、マジールさんから声が掛かる


「頭痛が始まりました」


「そうか・・・始まったばかりなら、後3人はいけるはずだ。3人回復すると休息としよう」


「はい」


後3人で休憩・・・そう思うと少しやる気が湧いた。


すでにマジールさんと、ハンスさんは魔法を行使していない様子から先に魔力切れとなったようだ


”癒しの光”以外にも魔法を使用していた様子なので、魔力消費量が多い魔法も含んでいたのだろう


戦が始まり2時間は経っただろうかという体感、けが人はほとんどが矢による物の為、まだ攻城できていない様子だ


マジールさんに指示された通り、3人を回復すると一度救護テントの中からけが人はいなくなった。天幕を閉じ3人全員が休息となるようだ


「30分の休息とする。重傷者がきたら、私、ハンスさん、ノエル君の順番で回すぞ」


「はい」


「分かりました」


30分でどれぐらい回復するのか分からないが、今は喉の渇きを潤し少しでも横になりたい


天幕に寄せていた自分の背負いカバンから水筒を取り出し、一気に喉に流す


お腹がタプタプになるぐらい、水を飲み欲し、硬いパンを引きちぎり一口大にし口へと放り込む


噛んでみると、思ったよりも硬くなく風味もあり食べてみると美味しいものだと感じながら咀嚼した


「ノエル君、何人回復をかけたか覚えてるか?」


天幕の隅で一人食事をしていた僕に、マジールさんは干し肉を噛みながら話しかけてきた


正直今は一人にしてゆっくりさせてほしいが、マジールさんは僕の中でいい人認定している為に邪険にはしたくなかった


「えっと・・・37人ですね」


「37か、優秀だな。人より魔力が多いようだな」


「そうなんですか?」


「私は”癒しの光”だけなら、30人が限界だ。ハンスさんも20人弱だからな」


魔力が多いと言ってもその程度の違いかと少しがっかりしたような、安堵したような感じ


魔力の事の話なら、僕も気になる事があるためにこの際だと質問する


「魔力は30分ほどの休憩で回復するものなのでしょうか?」


「どうだろうか、人それぞれとあるらしいが・・・30分で全快とはいかないだろうな。良くて半分、普通なら1/5程度だろうか。気休め程度だな」


「やっぱりそうなんですね」


「あぁ、ここからはより怪我人の精査をしていくだろうな。時には見過ごす命もでてくる、心を強く持つように。休息の時間なのに邪魔して悪かった」


「・・・分かりました」


重苦しい事を言われるが、それが隠すことの出来ない事実だからかはっきりとマジールさんは言った。


僕はまたみんなに背を向けて、天幕の壁を見つめながら硬いパンを噛むのだった。

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