第15話 戦の準備

ヤード砦制圧、行軍1日目


第四皇子はヤード砦制圧に乗り出したのは、僕らが任命式を終えた3日後のことだった


丁度ヤード砦の補給隊と思われる一行が、砦から出て行ったタイミング


今朝の集会でギレルさんから、通達があり、魔道兵も準備せよとのことだった


僕とアルスさんは、ウィザード2級のロングレンジ隊長率いる魔道兵第6部隊の配置となった


兵士達がぞろぞろとヤード砦を制圧するべく、戦場へと向かっていくさなか


僕ら魔道兵は軍の後方を行くため、兵士が出そろうのを待機していた


野営している拠点からヤード砦までは2日の行軍距離、砦近くに簡易な拠点を作り砦を包囲し落とす算段のようだ


「アルス、もう詠唱は大丈夫?」


「あぁ・・・いや、まだ完璧じゃねーな」


「まぁ・・・そうよね。簡易拠点まではリーディアもいくから、そこまでには覚えなさいよ」


「・・・あぁ、努力する」


アルスさんは戦までに詠唱を覚える事は出来なかった。ナタリアさん曰く10回のうち、2回はスラスラと言える時があるという事だ


魔道兵全員、今回砦制圧に参戦する為みな野営地の中央で待機している


「アルス、ノエル。いいか?」


「はい、隊長」


「はい」


ロングレンジ隊長が、一人の男性を連れて僕らに声を掛けるため、ナタリアさんとアルスさんの一夜漬けのような詠唱の記憶を一度やめて、僕らは立ち上がる


「楽にしてくれて構わない。俺達の第6部隊のもう一人のメンバーを連れてきた。メイジ1級のハーパーだ」


「・・・ハーパー・リングデルだ」


筋骨隆々のロングレンジ隊長とは裏腹に、ハーパーと名乗った男性は金色の髪を短く刈り、華奢な体つきと家名持ちだった


「アルスです」


「ノエルです、よろしくお願いします」


「この4人が第6部隊と、新設された部隊だ。他の部隊に負けないように頑張ろう」


僕とアルスさんが増えたせいか、魔道兵部隊も第6まで増えた様子だ


「はい」


「はい」


「・・・」


僕とアルスさんが返事をする中、ハーパーさんの返事はなくどこか不機嫌そうだ


「そろそろ出発の声が掛かるはずだ。装備品や物資の準備、特にグリモワールは必ず忘れるな。それを準備したらまたここに集合してくれ」


ロングレンジ隊長から、出発が近いという事を聞くとハーパーさんもすぐに自分の天幕へと行ってしまう


「なんかハーパーさん、いら立ってなかったか?」


「僕にもそういう風に見えましたね」


「魔道兵にも色々あるのよ、あなた達に怒っているわけじゃないから気にすることないわ。じゃあジェフさんのとこ行って保存食貰いに行きましょう」


ナタリアさんは、ハーパーさんが不機嫌な様子に心当たりがあるようだったが、そんなことよりもと物資の準備を急かす


ナタリアと戦の準備をするために、色々と支給品をもらい受けた


食料などを入れる新しい背負いカバン。魔道兵の持参する荷物はグリモワールさえあれば、あとは各自好きな物を入れておけばいいとの事だった


ベルトに着けるポーチも1つ支給され、僕はベルトに合計3個のポーチをつけた


背負いカバンには保存食とゴブレット、水筒が1つ。ポーチの中に一つは食器、一つはドライフルーツやナッツ、干し肉とすぐ食べれる食料を袋ごといれ、一つは金品を入れている


後はいつも肌身離さず掛けている、斜め掛けのカバン。中には黄金の文字を浮かべる古代のグリモワールが一つだけ。このグリモワールを入れるだけでほぼいっぱいになってしまう為、殺した魔導士もこれ用のカバンにしていたような気がする


僕の装備はそんなもんだった。兵士時代にくらべたらかなり軽い


剣と盾を持たないだけでもかなり重量が違う


食料などは簡易拠点でも簡単には貰えるみたいだが、その時は兵士達と同じ麦がゆになるという事なので食料は詰めるだけ詰めておくに限るのだ


ドライフルーツやナッツは樽に詰められており、いくらでも持って行っていいと言われた為に、ポーチにパンパンにいれ、小袋にもいれて背負いカバンにいれている


準備しているさなか、アルスさんにそんなに食うか?と言われたが・・・僕は回復の魔法しか使用できない。戦地に立てばひっきりなしに回復し続ける事を考えると、食事が魔力を回復するなら多いに越したことはないのだ


全ての準備が終わると、ナタリアさんも自分の準備へと行ってしまう。僕らにつきっきりで自分の事を後回しにしてくれていたようだ


待ち時間の間に、一つドライフルーツを口に入れてみる


・・・しょっぱさがある?砂糖でまぶしていない為、味は諦めている部分があったが、僕としては当たりな部類で美味しいと思える物だ


この果物は・・・りんごかな?りんごの少しの甘みを際立たせるように塩がいい感じで効いている


他にもミカンや葡萄、桃といった前世でも馴染みのある果物がバラバラに一口大に切り分けられ、全てに塩を利かせていた


平常時で食べるには多くは食べれないが、これは遠征と距離を歩くときにはすごくいいものだと思った


「うまいか?」


「はい、塩気と甘みが丁度いいです」


つまみ食いしているのをアルスさんにはバレていたみたいだ


ナタリアさんやロングレンジ隊長、ハーパーさんも準備が出来また広場へ集まると


ギレルさんが魔道兵の出発の合図を出す事で、僕ら魔道兵も敵地へと赴くのだった



魔道兵の行軍は荷馬車3台を囲むように進んだ。ギレルさんやハイマーさん、王子の姿は見えない。それに魔道兵も全てが投入するわけではないようで、紺のローブの魔道兵は全体の半分、10人程度だ


リーディアもナタリアさん含め、4人しかおらず多少の不安が募る


久しぶりに体を動かす感覚だった。兵士から魔道兵になったのは4日前ほどだ。訓練に狩りなどで動き回っていたが、ここ数日はほぼ体を動かすことはしていなかった


少し歩いただけでも汗をかく。こんな事なら水が入った革袋の水筒は腰に下げておくんだったと後悔だ


「ノエル大丈夫か?」


「はい・・・平気です」


「そうは見えねーけどな。魔道兵になっても体力はつける必要はあるってことだな」


「みたいですね・・・」


元から体力のあるアルスさんは3時間歩いた今でも平気そうにしている。アルスさんはぶつぶつと詠唱しながら体を鍛える事をやめてはいなかった。それはウィロスやロッツさんなど戦場で戦ってきた兵士あがりの魔道兵はみな同じようにしていた


グリモワールだけが彼らの強さではない。鍛錬した肉体、数多くの戦場の経験、その全てが彼らの強味であり僕との違いだ


徴兵されたとはいえ、自分には戦場という場所はやはり場違いだと思いながら


歩を進めていくのだった

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