第8話 秘匿

「お風呂って気持ちのいいものだが・・・毎回こんなに洗うのは疲れるな」


「・・・次はこんなに汚れる前に入ればいいのではないでしょうか」


僕は毎日とは言わないが、3日に一回は入りたいものだと贅沢を覚えてしまった為欲望が出てしまうのだ


ゆったりと温い水につかれば気持ちよくなってくる。水よきたれをシャワーに使い、また頭がグワングワンしだしていた為この時間が気持ちのいいものだ


「俺たち、魔道兵になったんだな」


「はい」


しみじみとアルスは口にする


「これからもっと、魔法や戦以外にも知らなかった事が増えていくんだな」


「そうですね」


アルスは自問自答のよう喋っているが、僕にぼやけた頭で返答していく会話


アルスは終始、嬉しそうな声で喋っていた


「そろそろ出ましょうか、女性が待ってくれているみたいなので」


浴槽に入っていた時間は、10分かそこらだろう。体を洗うのに時間を使い狭いバスタブに男2人で入っている為のんびりと入る気持ちにはならなかった


「そうだな」


バスタブから出ると、少し肌寒く感じる


体をふきとる布も用意されており、それを拭くが・・・少しこするとまだ垢が出るため、一度のお風呂では完璧に綺麗には出来なかったようだ


少し未練があるが、また近いうちに入れることを祈り、今回は後ろ髪をひかれながら服を着て行く


クリーム色の肌着の上下に、白いシャツに紺のズボン。紺のベストだ


「ククク、ノエル似合ってるじゃねーか。いいとこのお坊ちゃんみたいだぜ」


「アルスさんもですよ、貴族のようです」


2人して服に切られているような感じだが、少し魔道兵としては他の・・・ウィロス達に比べて物足りないような感じ


「ノエル、最後はこれだろ」


アルスは着替えが置いてある場所でなく、僕らが装備を外した場所へ行き


ふわっと首からかぶる形でケープを付けた。それは王子から紋章の下に折りたたまれた物のようだ


首元に留め具のような役割をしている紋章が左肩の所に位置してある


それを付けたアルスは、足りないピースを全て埋めたかのような立派な魔道兵になった


僕も同じようにケープを上からかぶり、装着する


「いいじゃねーか。残りは適当につけとくか」


後はベルトをつけて、着ていた服や装備はカバンに入る物は押し込み、忘れ物が無いように天幕の外へと出た


僕らが出ると、痺れを切らして待っていた女性がムスっとした顔と少し驚いた様子とでこちらに向かってきた


元からきつい目元だった為、怒った顔に僕はたじろぐ


「遅いわ・・・でも、少しは見れるようになったじゃない」


お風呂に入る前と見比べての感想なのだろう


「悪いな待たせて」


「・・・説明することがあるから、とりあえず鎧と小手はそこに置いておきなさい。もうあなた達には不要な物よ」


「は・・・いや、これは俺達の持ち物だぜ?魔道兵になったからと言って鎧は着てもいいんじゃねーか?」


アルスさんのいう事はもっともだ。だが、魔道兵で重装な鎧を着ている人はまだ見ていない。母数が少ないからかもしれないが・・・


「ふ~ん、邪魔になると思うけど残しておきたいな持っていきなさい。そっちの子も同じかしら」


女性は少し馬鹿にするような感じでアルスに言うと、僕にも質問してくるが


「えっと・・・僕は置いていきます」


特段思い入れもなければ、僕のは支給品の為、不必要なら返すのだ


「そう、君は素直ね。じゃあついていらっしゃい。あなた達の野営する宿泊先を教えておくわ」


女性について行く中で


「なぁあんた名前は?俺はアルス、こっちがノエルだ」


アルスが質問する


「私はナタリア、一応あなたたちの教育係にギレル様から指示を受けたわ。なので敬いなさい」


「そうですか、よろしくお願いしますよナタリアさん」


少し茶化すように接するアルスに続いて


「よろしくお願いします」


僕も頭を軽く下げる


「アルスにノエルね・・・一応、ヤード砦制圧にあなたたちを魔道兵として出せるまでに仕上げろと言われているわ。だからいつ攻めるか分からないから、厳しくいくからね」


「・・・早速出番があるってわけか」


「魔道兵は多いに越した事はないからね、っとここがあなた達の天幕よ。中にもう1人いるから仲良くするように」


あまり大きくはないようだが、天幕の中で寝れるだけでも特別待遇だと思える。兵士の時は地面に雑魚寝だ、ゼーレ隊長ですら毛皮のマットを引き同じように寝ていたのだから


天幕を空けると、説明されたように中に一人の男性がベッドのような淵のないものの上に寝っ転がっていた


「ロッツ、新しく魔道兵になったアルスとノエルよ」


一瞬ウィロスかと思ったがそうでなくて安心した


ロッツと呼ばれた男性は、上体をガバリと置き上げると


「ロッツだ、よろしく頼む」


「アルスです、よろしくお願いします」


「ノエルです、よろしくお願いします」


僕らは簡単な挨拶を交すと


「ロッツ、一応私からも色々説明するけど、こいつらが困ってたら教えてあげてねー」


「分かりました」


ロッツさんはナタリアさんに敬語を使っている様子は、ロッツさんの教育係もナタリアさんなのだろうと思った


「じゃあ貴重品以外の荷物はそこの端にでも置いておいて、他にも説明していくわよ」


ナタリアさんに言われるがまま急かされるように、バックパックを降ろし僕の装備は斜め掛けのカバンとグリモワールのみとなる


アルスも同じようにバックパックを置いて天幕を出る


ナタリアさんについて行き、一画の机と椅子がある場所に座らされ説明が始まった


「あんた達、グリモワールの事何もしらないわよね」


「おう、ギレルさん・・・」


キッっとアルスを睨むナタリアさん


「ギレル様に水と加熱の魔法を習っただけだ」


様と言い直したら、ナタリアさんも目を戻す様子は・・・本当に偉い人なのだろう


僕らにフランクに接してくれた為、そんな感じが一切なかったのはギレルさんの人柄なのだろうか


「次、ギレル様をさん付けで呼ぼうものなら殴るわよ」


「お、おう肝に銘じておくぜ」


アルスさんとナタリアさんの様子を見て、ナタリアさんは僕の方にもむいてくる為、僕はコクコクと頷く


「はぁ・・・話に戻るけど。魔法を使う為には詠唱が必要よ、でもあんた達グリモワールに書いてある文字よめないでしょ?」


「あぁそうだ・・・、つまりこの記号が何を書かれているのか覚える事からか?」


僕はアルスさんとナタリアさんの会話を聞く側に回る


「・・・まぁ間違いじゃないわ。でも、ギレル様でもこの文字を全て読めるわけではないわ」


ナタリアさんの言葉を聞いて、偉いとされるギレルさんでも読めないとなる・・・僕がぼやけて読めるということはこの先黙っておくほうがいいのだろう・・・


「じゃあ・・・どうするんだ」


アルスさんがどうすればと悩むが


「詠唱は同じ・・・知っている人に教えて貰って覚えるんですね」


僕はギレルさんが教えてくれた加熱や水よ来たれの事を、他にもやっていくのだと知った


「そのとおりよ、ノエルの方が小さいのに賢いじゃない」


そして僕が正解を言うと、ナタリアさんは嬉しそうにアルをけなす


「・・・ノエルは賢いんだよ。じゃあ魔道兵は詠唱を覚えているってことなのか?」


「そうよ」


この世界の魔法使いは、結構地道な努力をしているのだと初めて知る


「ぐ・・・まじかよ」


「正しく詠唱しなければ、本来の魔法の力はでないわ。一言一句間違わないで詠唱した時のみ、正しく魔法が発動するの」


「一言一句・・・」


「そう、少し間違えても発動する事もあるけど・・・攻撃魔法なんて微々たる威力しかでないわよ」


結構ハードル高いように思える。平時ならすらすらといえるかもしれないが、戦場という緊張感で暗記したものを間違わずに言えるかと言えば・・・メンタルが強くなければ難しいのではないだろうか


その説明をきくと、ウィロスのような自信過剰なぐらいが魔導士として素質があるということなのだろうか・・・


「それをこれから覚えていくってわけか」


「そうよ、それでだけど。あなた達はメイジ3級とよばれるクラスよ。その紋章がそれをしめしているわ」


ナタリアさんは僕らの肩についた紋章を指さす


「詠唱は秘匿とされているもの、何でもかんでも魔導士に教えてはいないの。そのクラスが上がる度に新しい詠唱と魔法を教えて貰えると思いなさい」


「そうなのかよ」


「道理で、僕ら平民、一般兵士には何もグリモワールの事が知られていないんですね」


「そう、グリモワールを手にし魔法の素質があれば、詠唱さえしっていれば誰でも強い魔法を行使できるわ」


王国は徹底して、危機管理を行っているが・・・確かにと思える部分がある


「なるほどな・・・」


「だから、魔道兵という立場にならないと基本的に魔法は使えないわ」


グリモワール性質を使い、うまく管理できているのだと感心した


「で、詠唱は秘匿されている。そのため詠唱は心の中で唱えるか、口に出してもボソボソと小声で喋る程度を徹底しなさい」


「そういう事か・・・」


アルスも納得したようなのは、魔法使いが詠唱を唱えている所をみたからだろう


僕もウィロスや殺した魔導士がボソボソと呟いていた理由が分かった


そこからアルスさんには”火炎”の魔法と詠唱が教えられた。すらすらと詠唱を口にするナタリアさんだが・・・100文字はありそうな言葉を口にする


「どう?覚えた?」


「そんなわけあるか!?ちょっとメモするから待ってくれ」


「あっメモは駄目よ。形に残すのは厳禁、今ここで覚えるのよ」


「嘘だろ・・・」


それにかなり厳しい覚え方だ。そして、これが初級魔法というのだから驚きだ


「なに言ってるの、ギレル様や上位の魔導士は1000文字、それ以上にも及ぶ呪文を何個も記憶し唱えるのだから」


「まじかよ・・・ギレルさ・・まはすごいんだな」


「そうよ、分かった?ギレル様のすごさを」


そしてこの世界での魔導士のすごさという物は、自頭の良さに直結するのだと思い知る


「あぁ・・・見る目が変わったぜ、ギレル様もあんた、いやナタリアさんのこともな」


「よろしい、じゃあもう一度言うから復唱しなさい」


「あぁ」


復唱したからと言って一度や二度では、覚えるのは無理だろう・・・それを長期で覚えるのなら毎日の勉強が必要だ。がんばれアルスさんと心でエールを送る


「っと次はノエルね、君には”光の癒し”を教えるわ」


「あっノエルはもう魔法一個は使えるだろ?」


えっ!?なんで喋るの!?


アルスさんの爆弾発言に、文字が読めることを黙っていようとした矢先の事で内心焦りだす


「え?なんで?」


そして追及され・・・なんて答えれば・・・


「なんか昔、冒険者に教えて貰ったとか言ってたよな?それで俺も傷なおして貰ったしな」


「はぁ~・・・そういう魔法が使えるからって粋がってタブーをおかす馬鹿がどこにでもいるのよ・・・特に冒険者って連中は多いわ」


そう思ってはいたが、僕が言った事を少しねじ曲がった風に解釈したアルスさんの言葉に、またもやすんなりと自己解決してしまったナタリアさん


これはまた助かったのかな・・・?


王子の時もそうだったが、少しの言葉だけで勝手に話が進み納得してくれることに僕は安堵する


「そうですね・・・恐らく僕が農家で、魔法に無縁だと思われたから教えてくれたのかと・・・今となってはそう思います」


そして僕はこれに乗っかることにした


「そうね、まぁ経緯は分かったわ。それで何を教えて貰ったの?」


「あっナタリアさんが言った”光の癒し”です」


「まぁそうよね。そんな事するような奴が高度な魔法覚えているわけでもないわね。でも、話が早いわ詠唱してみてくれる?正しくあっているか確かめたいから」


「あっ・・・はい。」


僕は覚えてはいない、読めるだけだ。どうしよう・・・


「どうしたの?」


「あっえっと・・・グリモワール開いてもいいですか?」


「なんで?よく分からないけど、発動するかも確認できるからいいわよ」


よかった・・・開きさえすれば読むだけだ


グリモワールを持ち、光の癒しを唱えたいと思うとパラパラパラっと勝手にページがめくられていく


そこからグリモワールに書かれた記号の文字に重なる、ぼやけて浮かぶ日本語を丁寧に口にだす


こちらも初級魔法にも関らず、100文字ほどある・・・だが切羽詰まって、アルスさんを助けた時は言葉の羅列だと思っていたが


今は唱えていると、一つの詩のように思えてとても読んでいて気分がいい


音の連なりは心地の良く響く


詠唱の終盤になり始めると、グリモワールと右手から光が溢れ、自分の体を回復するイメージで


「”光の癒し”」


初めて自分の体に魔法を行使した


あたたかな光が体を包み・・・擦り傷や新しい靴に履き替えたことで出来ていた靴擦れなどが、治っているようだ


「うん、詠唱も間違っていないし、発動しているわね。ノエルは問題なし」


「ありがとうございます」


ふー・・・なんとかなったのかな


「じゃあ問題はアルスの方ね。あんた、最低でも3日以内には覚えなさいよ」


「ぐっ・・・じゃあもう一回教えてくれよ」


アルスは頭を抱え込みながらも、もう一度ナタリアへ懇願する


「いいわよ覚えるまで何度でも。あっノエル、あっちでご飯の支給しているから3人分もらってきてくれる?丁度夕食だからね」


「わかりました。アルスさん頑張ってくださいね」


「くっそー、余裕噛ましやがって!お前も次の魔法覚える時は苦労するんだから、覚悟しとけよ!」


心から応援したつもりだったのに・・・それにアルスさんが言っている事は僕には当てはまりません・・・ごめんなさい


ずるをしている気持ちがあるため、少し心が引ける


ナタリアさんに言われたように、3人分の食事をとりに行くことに


この魔道兵が集まる天幕は、紺のケープと白のケープをきた人達がいる。だがやはり白のケープの人には紋章が付いていないようだ


食事もここは兵士とは別に独立して、作られているようで兵士の姿は見えない。詠唱を人に教える事もあるため、魔道兵以外や一部の騎士以外は立ち入りが出来ないようだ


こんな風に魔道兵だけ別になっているという事も初めて知ったのだ


ナタリアさんに言われた場所に行くと、鍋をぐつぐつと煮込み、いい匂いがする


こんな匂い、兵士になって初めて嗅ぐ匂いだ


「すいません、3人分ください」


屋根だけで四方の壁がないテントの中で、長机で料理をしている人に声を掛ける


「おう、おっ見ない顔だな」


「あっ今日魔道兵に任命されましたノエルです。よろしくお願いします」


「そうか、俺はジェフだ。ここの料理長をしているぜ。いい飯くわしてやるから、たまに料理を手伝ってくれよな」


髭を蓄えた、小さなコック帽をかぶる気の良さそうに笑う男はジェフというようだ


「美味しいご飯は嬉しいですが・・・あまり料理は得意じゃないもので・・・どうでしょうか」


「ガッハッハ、違う違う。水や火だしてくれるだけでも大助かりだ」


あっなるほど・・・確かにこの世界で火を起こすのも大変な為、魔法一つで着くなら・・・。それに水もバスタブとまでいかずとも鍋一杯や二杯なら僕でも余裕そうだ


「あっそういう事なら、分かりました」


「おう、よろしく頼むぜ。ほれ、そこに3人分置いてるからな」


「はい・・・え!?」


置かれた料理をみて、驚く。あまりにも兵士時代と違う


兵士の時は薄い麦がゆが基本だった。決まった曜日に肉がでていたが・・・基本は麦がゆだけの一品


マールさんやスナイプさんが野兎や野鳥を狩ってくれて、個別で肉をたべる事もあったが貧しい物だった


だが今用意されている物は


ライ麦パンのようなパンに、ジャガイモやニンジンなどの入ったスープにウィンナーが置かれている


ここまで待遇が違うのか!?ウィンナーって・・・この世界で初めてみたかもしれない


それが木の皿に乗り、3人分・・・


「ふふ兵士と違い過ぎて、驚いてんだろ?」


「はい、こんな食事初めて見ました」


「まぁだいたいこんな感じよ。魔道兵の魔力を回復するにはしっかりした物食べねーといけないからな。戦の勝利後にはもっとすげー事になるから楽しみにしとけよ」


「おぉ!はい!では、これからよろしくお願いします」


魔道兵になって嬉しい事の連続である。お風呂に入れたことも感動したのに、食事でも・・・みんなが必死にグリモワールを手に入れたいわけがよくわかる


3つの器を抱え、アルスさん達に所に戻るが険しい顔をし、こめかみを抑え必死に覚えようとしている様子が遠目でも見て取れた


周りでは、テントにいたロッツさんやウィロスなんかも食事をしている


「貰ってきました」


「ありがとう、アルス息抜きに食事にするわよ」


僕が食事を貰いにいって20分やそこらだろうが、アルスさんの集中力はすでに切れかけている


「ぐっ・・・ここで食事なんかしたら、さっき覚えた所もわすれそうだぜ」


「人なんてそんなもんよ。あんたは賢くないんだから地道にすこしずつ覚えることね」


「・・・きついな、まったく・・・なんだこの旨そうな匂いは!?うぉい!?なんだよその飯!」


アルスさんは伏せていた顔を匂いに誘われたのか、僕が並べたお皿を目にする


「ですよね!こんな食事!」


「は、はやく食おうぜ!」


「そうね、あんた達食器は持っているのかしら?」


そういうナタリアさんは懐から、自分ようのフォークを取り出す


「そんなもの必要なかったから持ってねーよ、なっノエル」


「あー・・・あっ持ってますよ」


僕も持っていないと思っていたが、殺した魔導士が持っていたのだ


銀製だからか、金品としてアルスさんと分けたが僕は金貨などのお金より、こっちの食器をもらったのだ


革のポーチに分けた金品を入れていたので、ポーチからフォークとスプーンを取り出す


「あー、あの魔導士がもってたやつか」


「ですね、こっちのフォークどうぞ」


「悪いな」


「へー、いい物持ってるじゃない」


特段食べ始める挨拶なんてなかったが、ナタリアさんは何かブツブツと呟いていた


そんな事をよそにアルスさんは真っ先にウィンナーにフォークを突き刺し、深々と味を噛みしめながら堪能した


「”水よきたれ”」


小さな水球を浮かばせ、僕はスプーンを軽くゆすぐ


そのまま、小さい水球を地面に落とし


もう一度、水球を浮かばせた


僕は右利きだ。だが、グリモワールを右手でもち、詠唱すると次は左手に追及が浮かぶ様子はどちらでも良さそうだ


そのままグリモワールを開いたまま、机に置き右手から離すと・・・水球は左手で維持されたままだった


「おぉ・・・」


「ノエル何やってんだよ、冷めちまうぞ」


「あっはい!食べます」


僕は水球に口をつけて、一口含み


パンにかじりついた


「あぁ、飲み水か」


「ふふ、やっぱノエルの方が賢いわね。アルス、すぐに置いていかれるわよ」


「だからノエルは賢いんだっつーの」


アルスさんとナタリアさんのいい合いが始まったが、今の僕の耳には届かない


この風味のいいライ麦パン。硬さはあるが、噛み切れないほどではない。それにウィンナーもみっちりと肉がつまり塩味と、におい消しにハーブが混ぜられ食べやすく美味しい


そしてスープだ。塩味なのは残念なのだが・・・何か肉も入れているのか出汁がでていて、塩気だけではなく美味しいと思えるものだ


野菜もゴロゴロと大きく、食べ応えがある


「おい、ノエル。聞いてるのか?」


「えっあっ・・・ごめんなさい、聞いてなかったです」


夢中で食事をしていた為、ずっとアルスさんに声を掛けられていたようだ


僕は自分に喋りかけられていないと思っていた為、聞き流していた


「まぁ夢中になるのも分かるがよ」


「今アルスに教えた事、もう一度教えるから食事しながらも聞いてね」


「はい」


詠唱の勉強は一度食事で休憩だが、説明することは山ほどあると、ギレルさんもナタリアさんも言っていた為に、詠唱とは別の事の話のようだ


「町や村に行く際に個人行動する時は、服装を着替えるか、騎士や兵士に護衛を頼みなさい。万が一ではないけど襲撃される事も珍しくないわ」


「町で、ですか?」


「そうよ、盗賊なんかはグリモワールを常に狙っているわ。自分が使わなくとも高くうれるからね」


「俺達、新米が頼んでも、兵士達は引き受けてくれるのか?」


「水をだしてあげるだけでも聞いてもらえるわよ。それか支給された食料なんかを少し訳さえすれば聞くと思うわ。現にあなた達も兵士時代にその肉をあげるから護衛してくれと言われたら、引き受けたでしょ?」


確かに水だけでも貴重だ・・・それが、肉どころか食べ物を貰えるのなら喜んで引き受けたはずだ


「確かにな」


「用心に越した事は無いってことよ」


いいことだらけではやはり無い。命を狙われるというのは分かってはいたが、この食事をみると現実味を帯びる


村や町・・・それこそ、この野営地でさえ兵士から狙われる可能性があると思えると・・・安全なのはこの魔導士が集まるこの一区画だけなのではと思えてくる


いや、魔導士内でも・・・僕のは神聖だ。4元素と神聖二つを持ちたいという人がいるかもしれない・・・そう思うと休まる場所なんてないのかもしれないと不安がよぎる


だが・・・


その中でも、アルスさんは信用できるのは心から思う。あれだけ欲していた物を僕が先に手に入れても奪うそぶりは一切見せなかった・・・いや、心の中では思っていたかもしれないが、僕は見たままのアルスさんを信じるのだ


アルスさんが近くにいてくれて僕は幸運だなと思う

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