第7話 血と汗と垢

「こっちじゃ、ついてこい」


魔導兵は魔道兵で別に天幕が用意されているようで、野営地の王子がいた中央当たりの天幕が並べられた所へと連れてこられた


「・・・それにしてもお主ら汚いのう、説明することは山ほどあるが・・・まずは風呂じゃな・・・」


やれやれという言葉が聞こえるほど、げんなりした様子で喋るギレルさん。


僕も風呂という言葉に反応はしない。風呂があるということは分かっていたが、サウナのような蒸し風呂がこの世界では主流のようだ。僕が転生した村にもあったが・・・前世の記憶からしたら、あんなものお風呂でもなんでもないのだ


「そこの・・・ナタリア」


「はい、ギレル様」


ギレルさんは白いローブを着たナタリアと呼ばれる女性に声を掛け


「こやつらも今日から魔道兵に任命されたのでな、服と・・・洗い布に、石鹸を用意してくれんかの」


「はい、すぐに準備いたします」


えっ・・・今石鹸っていった!?


「うむ、風呂場へと頼むぞ。お主ら、こっちじゃ」


天幕が並べられえている、一番隅にある天幕へと歩いていく


ギレルさんが天幕を入ると、その中にはバスタブがあるのだ


バスタブ!?


「さっきの魔法で水は出せるな。あとは過熱を今から教える、それが出来ないなら冷たいまま入るのじゃな」


驚きの連続だが、これは入る為のものらしいというのは分かった


「あ、あのギレル様・・・これは?」


だが、アルスには見慣れないものらしく・・・バスタブを知らない様だ


「・・・やはり平民はバスタブも知らんか・・・やれやれ、本当に教えることが多そうじゃわ・・・」


「バスタブ・・・」


「バスタブ」


僕とアルスさんは同じようにバスタブと呟く、一人は確認するように、一人は聞きなれない言葉を復唱するように


「まぁ良いわ、この中に水をいれて行水じゃ。だが水だとちと冷たすぎるからぬるま湯にしてから入る。その為に加熱の魔法を教えるのでな」


ギレルさんがグリモワールを手にした為、僕も開いて待機する


「・・・そこの大きい方、ぼさっとせずに準備じゃ」


「あっはい、すいません!」


アルスさんはまだ魔法という物自体に慣れていないのか、自覚がないのか少し遅れていた


僕はなぜかそうする物だと思い、勝手に体が動いていた


「まずは、この中に水を満たすことじゃな。先ほどの水よきたれを使い、この中を一杯にするのじゃ」


するとアルスは先ほどの詠唱から、水球を作りバスタブの中へ持っていくとグリモワールを閉じて、パシャリと落とした


バケツ半分ほどの水がバスタブに入ったが・・・これを繰り返すのだろうか・・・


そんな少し果てのない作業の予感がするが、アルスは先ほどの遅れを取り戻すかのように僕より先に魔法を行使したことで、したり顔でこちらをみてきた


その反面、ギレルさんは僕らの様子をみて、はぁっとため息をはく


・・・もしかして


と思う事があり、ギレルさんへと質問する


「おひとつよろしいでしょうか」


「なんじゃ、わしも暇じゃないのでな、はようせい」


「はい、水よきたれの魔法ですが、この魔法、100人魔導士がいれば、100人とも同じように使うのでしょうか」


僕の質問に、隣のアルスは質問の意味が分からず、何言ってるんだと小声でつぶやくが


「ほぉ・・・小僧にしてはいい目の付け所じゃな・・・。今の質問じゃが、答えはノーじゃ」


「分かりました、ありがとうございます」


そして、もしかしてと思った通りのようなのだ


「おい、何が分かったんだ?」


「・・・いえ、やってみないと本当に分かったとは言えないので」


僕とアルスさんが最初に見た”水よ来たれ”の魔法は、ギレルさんのお手本の水球だ。それを真似してだしたのだから同じような結果になる。そこで固定概念として”水よきたれ”は、水球だとできてしまっていたが


思い返せば大きさはみなバラバラで、僕やアルスさんの水球は綺麗な丸では無かったと思い出す


そこから僕は水が流れ出す・・・前世の蛇口のようなイメージを固め


「その源に感謝を”水よきたれ”」


詠唱から魔法を唱えると右手から、流れでる水が出てきた


「おぉ!?」


「うぉ!?どうやったノエル!?」


「ほぉ・・・」


僕も出来たことに驚き、アルスさんも同様に同じ魔法で違った結果に驚く


ギレルさんはため息では無かったので、一応これで良かったのだろうか・・・


流れる水を3人で見ていると


「小僧、それぐらいにしておけ」


バスタブを半分ぐらいまでしか埋め尽くしてはいないが、ギレルさんからストップがかかる


少し、頭痛ではないが・・・頭がグラグラとし始めていることに気が付き、グリモワールを閉じる


「小僧の本は神聖じゃ、基本といっても4元素の魔法を使い続けるのは辛いじゃろうて。大きい方にやり方を教えて変わって貰え」


「はい」


ギレルさんにそう言われ、答えにたどり着かないアルスは気になって仕方ない様子だ


「お、おい。どうやったんだ?」


「僕が水を出した所をイメージしながら、魔法を唱えるとアルスさんも出来ると思いますよ」


「は?それだけか?」


「はい、僕もまだ詳しくは分からないので・・・変に違う事言っても恥ずかしいですし・・・」


「・・・まぁいいか。お前が出したようにだな・・・」


アルスも同じように流れる水をやってのけた。やはり少しのイメージで魔法の結果は大なり小なり変わるということなのだろうか


アルスさんは僕よりも早く、バスタブの中へ水を満たす。それも僕のように気分を悪くした様子もなさそうだ


「では、次の魔法じゃな。次は”加熱”じゃ。詠唱だけ教えるのでな、後は好きにせい。後から使いを出すからその者のいう事を聞くのじゃよ」


「はい」


「分かりました」


ギレルさんも忙しいというのは本当なのだろう。参謀という立場だったはずだし、王子から直属に命令されるということは実質、この第四皇子の軍の魔導士のトップという立場なのだろう


「ささやかな力を”加熱”」


「これが加熱の魔法じゃ・・・まぁ少しは見所がありそうではあるからな、名前はなんじゃったか」


「アルスです」


「ノエルです」


「アルスとノエルじゃな。しっかりと汚れを落とすように・・・。あと風呂の時もグリモワールは肌身離さず持っておくのじゃ。本じゃが濡れて破れたりはしないのでな」


「はい、これからよろしくお願いします」


「お、お願いします」


「うむ」


ギレルさんはそういうと、最初こそため息を多くはいていたが、今は少し満足気な様子に見えた


ギレルさんが出て行き、僕らは二人だけの空間になる


「おい、ノエル。俺たち少しは見込まれたように思えたが・・・」


「ですね、僕もそんな風に思いました」


「だよな!でもノエル、よくわかったな。水の違うだしかたなんて」


「たまたまですね・・・アルスさんが水を出した時に、ギレルさんが飽きれたようなガッカリしたようにしていたので」


「ぐっ・・・そうだったのか」


「はい、でもそのおかげで僕はあの質問ができたので、2人で正解にたどり着いた感じですよ」


アルスが先に魔法を唱えていなければ、僕も同じように水球をだしていたはずなので、アルスが先に行動してよかったのだ


「そ、そうか。でも・・・お前グリモワール手に入れて、少し見違えたな。なんか前より頼もしく見えるぜ」


「えっそうですかエヘヘ」


ずっとアルスとスナイプの後ろをついて回っていた僕にとって、アルスからも認められたような感じがして、魔道兵に任命された時と同じように嬉し言葉だった


「・・・でもよ、お前王子に質問された時、どんだけ噛むんだよと思ったぜ。危うく笑うとこだったじゃねーか」


「えっいや、まさか僕に質問がとんでくるなんて思ってなかったので」


アルスは笑いながら僕をいじってくる。僕だって必死だったのだ


「ククク、まぁいいか。で、とりあず風呂だよな。加熱すればいいって言ってたよな」


「はい、でも任せてもいいですか・・・先ほど水をためた時に気分が悪くなりまして」


「あぁ・・・ギレルさんもノエルのは神聖だからとか言ってたな。あぁいいぜ」


「はい、すいません。お願いします」


アルスはグリモワールを開き、バスタブの中をみつめている


何か想像しているのだろうか?とその様子を見守る


「・・・詠唱なんだっけ?」


「ふふ、ささやかな力を”加熱”ですよ」


「・・・あぁささやかな、ささやか・・・うっかりだっつーの笑うなよ」


頼れる兄貴分のアルスのそういう少し抜けた所があるからこそ、親しみやすい所だ


アルスは加熱の魔法を行使した


「おっ成功だな」


バスタブから湯気がでて、こちらに熱気が伝わる


だが、バスタブの水はブクブクと沸騰しており・・・お風呂の温度ではない


「アルスさん・・・これじゃ入れませんよ、熱すぎて」


「あっ・・・」


「アルスさん鍋か何か想像しながらやりました?」


「・・・あぁ」


まぁお風呂の概念が無かった平民なら水に満たされた水を加熱するという事は、鍋を想像してしまうのも無理はない


40度といいぐらいの温度を想像するのが無理なのだろう


「これ・・・勝手に冷めるの待つしかねーか?」


「・・・そうですね、えっと・・・」


冷却というのが加熱の横にあった事を思い出し、グリモワールの最初のページを開く


そこにはささやかな力を”冷却”と詠唱と魔法名があるため、これをやればいいのではと思い


「ささやかな力を”冷却”これを唱えて貰えませんか?」


「・・・なんでそんなのがあるの知ってんだよ」


「・・・加熱があるのなら、冷却があってもおかしくないのでは・・・」


アルスは不本意ながらもグリモワールを開き、唱えようとする


「あっ、冷たくし過ぎないように気を付けてくださいね。イメージは・・・夏の水筒に入った水です」


「・・・あの温いやつだな」


アルスは僕の助言を聞き、冷却の魔法を唱える


すると、ボコボコと沸騰した泡は鳴りを潜めた


「・・・本当にあるのかよ、この魔法」


「ですね、成功っぽいです。怖いですが、手を付けて温度を確かめましょう」


僕が恐る恐る、手をいれて確かめようとすると、それよりも先にアルスが手を入れた


「おっ・・・丁度いいのか?少し冷たいか?」


「どうでしょう・・・」


僕も手を付けると、真夏のプールぐらいの水温に変わっている。まぁ冷たいが・・・入れない事はないだろう


「いいぐらいだと思います」


「そうか、じゃあ入るか・・・で、どうするんだ?」


バスタブに入る前に一回体を流したいが・・・またなんで知ってるとか言われるもの面倒だ


「・・・行水っていっていたので、服脱いで入ればいいんじゃないですか?」


「分からねーし、適当に入るか」


アルスは鎧を脱ぎ始めようとしたが、ギレルさんは女性に・・・石鹸を頼んでいなかったっけ・・・


そんな事を思っていると、天幕の入り口からストップと声が掛かる


「ちょっと待ちなさい」


いつからそこに居たのか分からないが、ギレルさんが声を掛けた白いローブの女性がそこに立っていた


20歳か25歳か綺麗目な顔立ちな為大人っぽくは見えるが、声が少し高く年齢の推測幅を広げる


同じような服装だが、ローブは白。だが肩には紋章をつけてはいない


「あっあんたはさっき、ギレルさんに声を掛けられた人か」


「ギレルさんって・・・ギレル様よ。あんたらの着替え持ってきたのよ、それと石鹸の使い方も教えてやれと」


「石鹸?」


「はぁ~・・・やっぱり知らないのね」


白いローブの女性は、隅に僕達の着替えを長机に置くと、灰色の丸いものと布を持ちやってきた


真っ白ではないが、石鹸があることに嬉しさがこみ上げる


「いい、こうやって水をつけて泡立てるの。で、この布とその泡で髪や体を洗ってからバスタブに入りなさい」


女性は基本的な石鹸の使い方を教えてくれたが、その匂いはオリーブオイルのような僕の記憶に残っている匂いではない


それでもいい匂いと思えた


「洗い終わったら、私に声をかけなさい。表にいるから」


「分かりました」


アルスと女性との会話に口を挟む事も無く終わり、女性は天幕へと出て行った


「だとよ、まぁ流すか」


「はい」


僕らは天幕の端で装備を外し、裸になると布とグリモワールを持ちバスタブの横の木製のパレットのようなとこで体の汚れをまずは落とすことに


この台に乗っていれば、足が泥だらけにならなくてすむマット代わりだ


アルスは女性がやったように石鹸をこすり、泡立ててから体を手で流していく


「ほらよ」


「はい」


僕は前世の記憶を頼りにお風呂に入る手順そのままで洗っていく、かけ湯をして体を濡らし髪を濡らす


そこから泡立て髪に移すが・・・全く泡立たない


元から泡立ちにくい石鹸なのかもしれないが、16年間の油が髪についているようで3度ほど流しては洗いを繰り返す


僕の様子を見て、アルスさんも同じように髪を洗い始めた


次に布を使い石鹸で顔から体を洗うが・・・2度ほど布でこすると赤黒い垢がぽろぽろとでてくるのだ


体のどの部分をこすっても、ボロボロとでるその垢


最初はうへぇと思ったが、洗っていくうちに楽しくなってゴシゴシ洗っていく


「うげ、なんだこれ・・・気持ちわるくねーか」


「ごみや汗や血が固まった物でしょうか、僕はこんなのが自分の体についていると思う方が気持ち悪いですよ・・・」


「確かにな・・・、徹底的に洗うか」


「あっアルスさん。後で僕がアルスさんの背中洗うので、アルスさんは僕の背中お願いします」


「そうだな」


男2人で何をやっているんだと思うが、桶で体を拭いたりは野営地だとそこかしこでやっていた為、何も恥ずかしくはなかった


かなりの時間を使い、僕らは体の汚れを取り除いた時にはお互いの洗い布は茶色っぽく変色してたのだ


「こんなもんか・・・?」


「いちど、体を流してから入りましょう」


洗い流せてない垢が、いっぱい湯舟に浮かぶ中に入りたくはない


「おう」


グリモワールを手に持ち、水よ来たれの魔法をシャワーのイメージで出す


右手からシャワーのように放物線をかいて地面へ落ちていく。温度も温くをイメージすると冷たいまでは行かないが・・・少し温い程度の水がでた


「おっ雨か、いいなそれ」


シャワーなんてないが、アルスは雨にみえたようで同じように魔法を使う


だが、少しアルスのシャワーの方が飛んでくる雫から温かく感じた


「アルスさんのその魔法、僕に少しかけて貰えません?」


「ん?ほれ」


じゃーっと水圧が強めのシャワーを受けるが、やはり僕より暖かく気持ちが良い


「ありがとうございます」


「ん?なんだったんだ?」


「いえ、僕は水よきたれの魔法はあまり温度を変えれないみたいだったので」


「へー、色々あんだな。というかノエルお前見違えたな」


「アルスさんもですよ」


垢を落とした分だけ、僕らは綺麗になっていうのだろう。見える所でいうと手は明らかに白くなっていると思う


現にアルスさん顔の肌は白く、今は清潔感に溢れていた


「おっそうか?とりあえず入るか」


僕ら2人は体育座りのように2人並んで、バスタブにはいるのだった

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