第3話 チャンスは待ってはくれない

僕達は村から少し離れ、門から進んできた道を外れた林の中へとたどり着いた


「アルスさん、どうしましょう」


「どうって・・・うっ・・・ちょっとそこで休んでいようぜ・・・」


アルスは胸を抑えながら、力が入らないのかドサリと座りこんだ


「わ、わるい・・・鎧を脱がせてくれ」


呼吸も荒く、外傷は少ないように思えたが鎧が大きく凹んでいた


横の留め具を外し、上から脱がそうとするが、手を上にあげるだけでもアルスは痛みから声を上げる


鎧を脱がすと、アルスは服をまくりあげると


鎧の凹みがあった、胸のあたりにおおきな痣ができている


「えっそれは・・・」


「ハウンドに吹き飛ばされた・・・くそ・・・」


あの巨体に吹き飛ばされる・・・大型のトラックに轢かれるような物だ


何をしてあげるのがいいのか分からない。ポーションや薬草なんて物はない、一般的な治療かグリモワールでの回復の魔法しかこの世には治療するすべはないのだ


「み、水をくれ・・・」


「はい」


アルスはカバンを背負っていない。僕のリュックから大事にとっておいた水をアルスに渡すと、アルスは水を含み、腫れている痣へと軽く流した


「貴重な水・・・なのに・・・悪いな」


「いえ、大丈夫ですよ」


そういうとアルスはもう一度、ゆっくりと水をのむと、僕へと水筒を返しながら


「・・・くそ、ここまでかよ」


アルスが弱音のように、まるでここで死ぬかのように呟く


「えっ・・・諦めるのはまだ早いですよ」


「・・・別働隊に治療師はいなかった・・・本隊と合流しても・・・ごふっ・・・いや合流する体力もねーよ」


「そんな・・・」


僕が前世で医療関係にいたのなら、何か治療法が浮かんできたのかもしれないが・・・記憶の片隅にはキーボードを触り数字を追っていた記憶しかない


素人の僕では、何も出来ない現状にアルスにかける言葉が見当たらない


荒い息遣いも、徐々に弱くなっていく様子に僕は冷たい汗が背中に流れる




ガサ


「ったく、なんでこの俺があんな村の防衛に尽力しなきゃならねーんだよ!くそ!結局撤退じゃねーか!」


静まり返っていた、林の中にいきなり男の罵声のような独り言が聞こえた


えっ


すぐに反応しそうになったが、声が出なかった自分を褒めてやりたい


アルスは既に意識が途切れているのか、音や声に反応をしめさないが、はっきりと聞こえた声と言葉に敵だと悟るのだ


・・・どうしよう


この場には僕と姿の見えない男しかいない。このまま身を隠していればいいのだが・・・不安からか僕はただ隠れるというよりも、相手の姿を先に確認しやり過ごす方が安心だと思い、ゆっくりと声が聞こえた方へと近づいていくのだ


腰からは一応剣を抜き、息をひそめ、姿勢を低くする


徐々に声が聞こえた方へと近づいていくと、男は一人ブツブツと独り言を言っている様子だ


木の影から声をする方を覗き込むと、男は本を片手に独り言を言っている様子から詠唱中なのだと分かった


あれはグリモワール・・・?にしてはウィロスが持っていたものよりもだいぶ小さい様に思える


ウィロスが持っていた、グリモワールはA4サイズの辞典のような物なのだったが・・・あれは単行本ほどの小さな物だ


いや、男をよく観察すると腰に垂れ下げてる物。そこにもグリモワールがある


男の左手に持つグリモワールから金色の光が飛び出し、右手から体全体を見たこともないような文字がグルグルと男を包み込んでいく


その美しい光景に、息を飲むが・・・僕の中には暗い気持ちと、一本の光の道筋が浮かんでいた






あの力が欲しい




あれを手に入れるという事は、あの魔導士を殺すということだ。人を殺す覚悟・・・そんな事僕には出来ないと思っていたが、今はあの黄金色の文字を発するグリモワールに心が魅入られているような感覚だ


心が麻痺し、この世界に転生してこれが初めてで最後のチャンスだと、心が囁き自分に言い聞かせる


僕は剣を力強く握りこむと同時に、僕はまっ直ぐに走り出した


ダッダッダッダッダ


前世、今世でも本気、死ぬ気で走ったのは今が初めてだろう


剣を両手でつかみ、肘を曲げては肩あたりで構えただ走る勢いで刺す事だけを考える


「ボソボソボソ・・・・・ん!?おまえいっ!?」


僕の走る音に気がついた魔導士は、詠唱を辞めると同時に僕のあまりにも頼りないショートソードが胸を貫いた


「ゴフッ!?」


そこからもう一度、剣を抜くと震える手で、もう一度突き刺す


切れ味が悪く、僕の腕力では二度目の突きは深くは刺さらない。だが、魔導士は床に倒れこむともう一度突き刺す


浅くても、何度も突き刺す。恐怖からか、反撃が怖く相手の反応を見ることが出来ないが相手が突き刺しても反応が無くなるまで何度も突き刺した




「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」


腕がだるい・・・農具を振るうのとはまた違った力がいたようで、腕が棒になっている


魔導士を見ると、口から血を吐きその目は光がともっていない様子から僕はこの人を殺したのだと実感する


だが僕の視線の先には魔導士の左手から零れ落ちた、小さなグリモワールが目に留まった


血塗られた手でそのグリモワールを拾う。


するとパラパラパラっとページが勝手にめくられていき、グリモワールが体に馴染むような感覚


グリモワールに書かれている文字、それは奇妙な形をしたアルファベットでも漢字やひらがなでもない記号


それは魔導士の周りを渦巻いていた、黄金の文字と同じだ。


だが・・・見たことのない記号のような文字に、二重にぼやけた日本語が浮き出てくる


「遥か彼方へと旅立つ瞬間・・・えっ!?」


グリモワールに書かれている一説が日本語のルビのようなぼやけた物で読めているかのようだ


そこからグリモワールを心の中で読み進めると、グリモワールから黄金の文字があふれ出し僕の体を包み込もうとしてきた


「うわ!?ストップストップ!」


魔法が発動しそうになり、僕は声をあげてグリモワールへと中断を迫ると文字は止んだ


「い、いまの魔法発動しようとしてた!?え!?僕は魔法を使える人間だった・・・?」


転生してから、特別な才能もなく前世の知識も持て余して僕だったが、今この瞬間、自分が特別な存在になれたきがした


そして、僕は現実へと意識が戻る


魔導士にぶら下がる、グリモワール。こいつは3冊を持っていたようだ


一冊は小さな物、一冊は背表紙が白く、もう一冊はウィルスが持っていたような赤黒い表紙


もしかしたら・・・!


僕は1冊のグリモワールを魔導士に繋がったベルトを剣で切り放すと、アルスの方へと走った


「あ、アルスさん!!」


ザザザッっとスライディングのようにアルスの隣へと駆け込む


既に息をしているのか、していないのか分からない状況だが僕は白色のグリモワールを開く


またグリモワールが僕と繋がるような感じがすると同時に、パラパラとページが勝手にめくられていく


”癒しの光”


ぼやけた2重で重なる文字は少し読み辛いが、魔法名が僕の視界へと飛び込んできた


魔法名から後ろの文字を、日本語のルビで読み進めていくと徐々に白い光がグリモワールと僕の右手から発せられる


「癒しの光」


柔らかな温かい光を感じ、最後の言葉をつげながらそっとそのまま右手の光をアルスの胸の痣へとあてがう


・・・


「どうだ」


徐々に光を落とし、右手にあてがった光は無くなると同時にアルスの体を確認すると、痣は消えていた


「ア、アルスさん!」


傷は治ったように見えるが、これで死んでいては元子もない


僕は声を掛けながら必死にゆすると


「ん・・あ・・・や、やめろ・・・死ぬのがはやまる?おい?あれ?」


アルスは目を覚ましたのだ


目を覚ましながら、痣があった部分を恐る恐る触り確認し


「良かった・・・」


「治ってるのか・・・?」


目を徐々に開き、寝ていた上体を起こす


「治ってますよね・・・?」


「あぁ・・・どうして・・・だ!?」


アルスは手を開いては握り、力の具合を確かめながら僕の方を向くと、目を見開いた


「ノエル!?どうした!?そのグリモワールは!?いつつ・・・」


急に大声をだして、動こうとしたアルスは完治はしていないようで胸を抑えた


「説明しますので、まだ安静にしていた方がいいんじゃ・・・」


「いや!グリモワールを何でお前がもってんだよ!」


興奮するアルスは、自分の状態が万全でなくても話が聞きたいようだ


僕はそこから、見知らぬ魔導士がいきなり現れて、詠唱中に殺したことを伝えた。そしてグリモワールを奪ったのだと


「そんなことが・・・くそ・・・先を越されたか・・・」


僕の説明に、アルスはひどく落ち込む様子を見せるが・・・僕からは奪おうとする素振りを見せないアルスはやはりいい人なのだと心底思えた


「俺が倒れてなければなーー!結局お前みたいなやつが、逆に運がいいんだよな・・・」


体をうごかし、悔しさを表しているが体が痛そうにはしている為、僕はもう一度”光の癒し”を唱えた


「おぉ・・・こんな感じか・・・ノエル見せびらかすんじゃねーぞ!こらぁ!」


「えっ・・・痛そうだったので・・・あっ!!」


「なんだよ大声だして!」


僕は思い出した。魔導士はもう一冊腰にグリモワールと思わしきものを下げていたことに


「僕が殺した魔導士!もう一冊もってました!」


「!?どこだ!?・・・それ俺にくれるのか?」


「もちろん!こっちです!」


「よっしゃ!」


アルスの命が助かり、騒いでいた僕らも徐々に冷静差を取り戻す


すると自分の体からする、血なまぐさい香りがいきなり鼻を刺してくるのだ


恐らく僕は見える両手以外も、血まみれになっているに違いない

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