第2話 別動隊

アザリスタ王国856年


第四皇子、グリード・マグヌス率いる僕ら制圧部隊という名前の便利部隊は西へと向かっていた


帝国軍に攻め落とされた砦がそのまま放棄され、その後、盗賊か傭兵かならず者が自由に使いまわしているということらしい


それだけなら軍を動かす必要はないだろうと思ったが、どうやら指揮している人物は帝国人らしい


巧みに人々を毒す言葉を吐き、王国を内部からも崩壊させていこうとしているようだ


それが人から村へ、村から街へ広がれば反乱軍増えていく事間違いなしだろう


テレビやスマホがないこの世界の情報は、手紙か人による伝達しかないのだ


真意か定かではないにしろ、王国側に不利な嘘の情報でさえ独り歩きして大きくなっていく可能性さえあるのだ


それを止めるべく、虚偽の情報を流していると噂のヤード砦へと僕らは足を伸ばしていくのだった


「おい、偵察を上から頼まれた。近くに村があるようだから、俺たちの部隊も偵察に行くぞ」


僕らにそう声を掛けてきたのは、10人隊長のゼーレ。長く蓄えた赤ひげに、背中に斧を背負った筋骨隆々の大柄な男だ


僕はアルスたちと一緒にいたためか、アルスたちが入っているこのゼーレ隊に編入できた


前回も一応隊長はいたのだが・・・僕の真横でホイットニーと同じように燃えてしまった


「うす」


「はい」


「了解です」


アルス、僕、スナイプの順番で返事をする


偵察というのも初めて行うことだ。だが、行軍中にアルスやスナイプは戦の事から魔導書、地理にといたる事を話をしてくれた


当人たちは暇つぶしのように話をしたのかもしれないが、世間を知らなかった僕には新鮮な話ばかりだった


本部隊と別れ、他の10人隊長10人、100人隊長の指揮者ワーズ率いる別動隊として森の中を進み、村へと進軍した


「ノエル、音立てるなよ。わざわざ枝や葉なんて踏んで見ろ・・・俺の拳がとぶからな」


「はい、気を付けます・・・」


すでにヤード砦がある、領地へと足を踏み入れていた


隊長からの言葉に、更に慎重に足を進めようとすると


「おせーぞ」


「はい・・・」


足並みを崩してしまう


ただ歩くというだけでも息が詰まりそうなこの状況に、僕は斥候なんて物は無理だと悟った


他の部隊もゾロゾロと周りにいるが、1000人規模から100人規模へとなり下がった部隊に一抹の不安を感じる


先頭を行く、ワーズ率いるリーダー部隊の中に先の戦でグリモワールを手に入れたウィロスも入っていた


「大出世だな、あいつ」


アルスがぼそりと小声で僕に問いかける。ウィロスの事だろう


服装も粗野な防具から、綺麗な魔導士に与えられる服装に着替え、青いローブを身にまとっていた。彼はグリモワールを手に入れ、なおかつ魔法が使える側の人間だったようだ


「ですね」


僕も小声で返すだけで、その後は話などはせずにゆっくりと森を進んでいった


森を抜けると、丘から農村が広がっている。それに家畜も育てているような牧場もある


先頭部隊が立ち止まり、隊長を集め話合いをしている傍らで僕達は村を見下ろす


ここも麦などの穀物を育てている村のようだ。ヤード砦との距離を考えると、この村が食料事情を抱えていることに間違いはなさそうだ


「ヤードが荒くれ者達でもうまくいってるのは、この村のおかげだな。こことの補給路を断てばいずれ落とせるだろ」


「お前なんかが考える前よりも、王子たちはそれに気づいて俺たち別働隊を向かわせたんだろ。」


「そうよ、さも自分が最初に考えたみたいな事いって」


いつものアルス、スナイプ、マールの三羽烏はここでも静かにだが騒がしい


この3人とは別に後2人のシグルドとベリアスが、僕含むゼーレ隊のメンバー計7人だ


シグルドとベリアス、ゼーレ隊長は生粋の兵士。戦争が始まってから志願、徴兵された僕らとは質が違っている


日頃の訓練をしてきて為、アルスさん達すら新兵扱いをしていたが稽古をみるに赤子同然にシグルドさんにいなされていた


その事もあって、隊長のゼーレはシグルドとベリアスしか信用してない言動がチラホラでるが、僕としても期待されるよりかはましだ


僕はまだ何も戦果をあげてはいないし、あげるつもりも無かった。ただひっそりと隅で隠れ、味方が戦を終わらせてくれるのをただじっと待ちたいと思っている


そんな気持ちが、隊長やシグルドたちには見透かされているのだろうから信用されてなくて当たり前だった


「斥候を出したみたいだ、お前ら適当に休んでおけ」


ゼーレ隊長が話合いから戻り、隊へ指示をだす


僕は兜を脱いで、すぐに座り込む


農作業で体力はある程度あったつもりだが、鎧に兜をつけての行軍はかなり辛いものだった


体全体から汗が噴き出て、むわっとした暑さに戦いどころではない


背負っているカバンから、水筒を取り出し軽く一口水を含む


水すら、この世界では貴重なものだ。魔道兵は水を出してくれるようだが、僕ら下級兵士には大した量は回ってこない


その為、村や小川を見つけたらそこで水を汲んで持ち運ぶしかないのだ


兵士同士、王国人同士で仲良しこよしなんて事もなく。兵士になったからといっても毎日、食い扶持、水すら得るのに必死なのだ


もっとがぶがぶと水を飲みたいが、いつ補給できるかわからないため、今は我慢。それにこれから軽く小競り合いでもあれば水は残しておきたい


支給された、干し肉を一かけら口にいれてずっと噛み続ける


はぁ・・・帰りたい・・・ホーリーオーツ、あの麦が広がる畑・・・今よりははるかに良かった・・・いや出来ることなら日本に帰りたい


慣れない軍の生活に、すでに遠い記憶になっている前世の記憶を恋しむ



そうして目をつぶっていると、いつの間にか寝ていたようで


「おい、起きろ。どやされるぞ」


アルスが僕を蹴って起こしてくる


「えっ・・・起きました・・・」


「斥候が戻ってきたみたいだ。村の警備は手薄らしいからな。そのまま村を制圧するようだ」


「・・・それは村人を襲うってことですか?」


「だろうな、あの村がどっち側かなんてわからねーからな」


「そんな・・・」


疑わしきものは罰せずではないのだ。やられる前にやれ、がこの世界では己の身を守る唯一の方法


そんなやり方が当たり前だと思っているアルスたちとは、前世の記憶が残る僕とは乖離があるようだ


「まぁ向こう次第だろうな。武装してなければ、こちらも穏便に済ませたいだろうからよ」


僕の表情を悟ったかのように、アルスは語った。それはアルスが優しく、僕を気遣った言葉。指揮官のワーズはどうするかなんて分からないのだから


「行くぞ、俺たちは先頭組だぜ。戦になれば、戦利品を稼ぐチャンスだ」


ゼーレ隊長がそういうと、前へと進んでいく。その後ろにシグルドとベリアス。追ってアルスとスナイプ、マールの横に僕が並び続いた


「いいか、交渉が決裂してから剣を抜けよ。先走った行動はするんじゃねーぞ」


ゼーレ隊長が歩きながら、指示をだす


一応交渉するつもりの様だ


戦いにならないなら、僕はその方がいい。そんな思いもすぐに打ち砕かれた


僕ら一団が村から見えたのか、村の方から警鐘が鳴っている


「まぁ、この様子だと、鼻っから相手は交渉するつもりは無さそうだな」


「そうだろうな、隊長も分かってて言ってるんだろ」


隊長とシグルドの会話が聞こえる


最先頭の騎士は王国の旗をはためかせている。それをみて、警鐘を鳴らし、村の門を閉ざすという事はそういう事なのだろう


あの村は反乱軍の息がかかり、すでに向こう側。素早い相手の行動にほぼほぼ交渉の余地はなさそうだ


交渉の為に、騎士3人と数人の従者が前にでていくと、物見やぐらから相手の指揮官かと思われる人物の声が響いた


「王国軍兵士!何用でこの村に立ち寄るつもりだ!」


警戒丸出しな言葉


「問題がないか巡回中だ!ヤード砦が帝国に落ちている今、この村に被害はないか調べにきた!」


「この村は平穏そのものだ!無用な心配である!」


「そんな訳にはいかぬ!第四皇子、グリード様からの勅命である!」


物見やぐらの指揮官と騎士が何回かのやり取りをし、問題はない。調べさせろの応酬が続いていたのだが・・・


先に痺れを切らしたのは相手だった。指揮官が話をしている反対側に位置する物見やぐらから矢が1本とび、交渉している従者へ刺さり倒れるのが見えた


「決裂だな。盾をかかげろ!」


その様子を見たゼーレ隊長や、周りの隊長、指揮官は戦いの合図を出す


角笛が鳴り響くのは突入の合図。その合図と同時に敵からの矢の猛攻も始まりだした


交渉していた騎士と従者はすぐにハチの巣にされてしまった


「ククク、俺の魔法だ!射線をあけろ!」


大きな声でウィロスが叫ぶ


そのウィロスを守るように盾を掲げた騎士達がウィロスを囲む


僕は突入の合図よりも、ウィロスが繰り出そうとしている魔法に目を奪われた


グリモワールをパラパラっと開くと、何かブツブツと詠唱を始めグリモワールとウィロスの右腕に火がやどっていく


「火炎」


ウィロスが聞き取れる魔法名を叫ぶと、村の閉ざされた門へとまっすぐに火の玉が飛び


衝突した際には爆音とともに、木製の門を吹っ飛ばした


「すごい・・・」


その光景に感動、恐怖、あこがれ、無数の感情が僕の中に生まれているのが分かる


先頭組だったにも関わらず、僕は出遅れてしまい、すでにゼーレ隊のメンバーは周りにいなかった


「くくく、どうだ!」


ウィロスが突破口を開いた為に、雪崩のように村へと侵入していく様子を後ろから見ていた


「おい、そこのガキ。何ぼさっとみてんだ?さっさといけよ雑魚が」


足が止まり、初期位置に残っていたのは僕とウィロスを守る騎士と数人の後発組の兵士達


ウィロスが僕に気づき、罵倒する


我に返り、僕も一足遅く進んでいく


地面には矢が刺ささり、そのまま死んだ人もいれば、呻いて動けなくなっている人も数人


だがすでに矢倉から、矢は飛んでこない様子は、勝敗はすでに決死ているのだろう


そう思ってはいるが、村の中は騒がしい様子だ 


人の声とは違う、獣の鳴き声のような物が聞こえる


アルスに言われた通り、盾を掲げ顔半分、胴体を守るように身構えながらウィロスが爆発させた門をくぐっていく


ゆっくりと村中心部に伸びる道を進んでいくと、相手の兵士とこちらの兵士が何人も倒れている


「お・・・おい・・・」


死体を避けて通っていると、不意に声をかけられたと同時に足をつかまれた


「わっ」


びっくりしながら声を上げ、身を強張らせると同時に足元の声の主を確認すると


「あ、アルスさん!?」


「い、いくな・・・俺を連れて逃げろ・・・」


「えっ・・・」


「魔物だ・・・ハウンド・・・頼む、村から連れ出してくれ」


必死に僕の目を見ながら、僕の足を掴んだ手は緩めようともせず。その形相に現状を理解する前にアルスのいう事を聞くことに


「わ、わかりました・・・肩かせば歩けますか」


「つっ・・・あぁ頼む・・・」


僕の言葉にようやくつかんだ手を緩め、僕が肩を貸す形で歩きだそうとするが・・・


ほぼほぼ僕に寄りかかっている状態な為、かなり重い


「ぐっ・・・」


僕事倒れこみそうになるが、村の外まで。外にならウィロスもいる為、魔物もどうにかできるかもしれない。


ハウンドという魔物は象のような大きなの犬だ。像の巨体で犬並みの早さで動くと思ったら人がどうこうできるわけでは無い


広場から聞こえた獣の声はハウンドの声、その魔物を倒そうと兵士達は戦っているようだった


アルスをどうにか支え、村からやっとの思いで出るとウィロスやノロノロと歩いてきた後発組の兵士が歩いてきた


「あっ、奥にハウンドがい、います!」


何が正解は分からないが、必死に危ないと知らせる


「は?ハウンドだと?何匹だ」


僕の言葉に返事をしたのは、指揮官のワーズ


「・・・えっと」


「・・・4匹はいたはずだ・・・この村の連中、ハウンドを飼いならしていやがった・・・」


僕はハウンドを見たわけでもなかった為、言葉に詰まるとすかさずアルスが代わりに喋り始めた


「4匹か、それ以上だと?」


しばらく無言で考え始めた指揮官のワーズは、周りのウィロス達と相談しはじめるが


「俺の魔法ならハウンドなんてチョロいもんよ」


ウィロスの自信に溢れる声は、今は頼もしくも思える


「だがウィロス、ハウンドだぞ。お前が優秀だとしても・・・」


「俺が詠唱する間、こっちにこないようにするだけでここを落とせるんだ。ワーズ隊長も王子からの評価が欲しいだろ」


「だが・・・うむ・・・」


ほぼ話合いはウィロスとワーズ指揮官の2人の会話になる


「ほら、悩んでいる間にも味方が死んで行ってるかもしれませんぜ?結局ここを落とさないと、ヤード砦を落とせないんですから」


結局ワーズ指揮官は、ウィロスの言葉に負けて隊列を作り村の中へと歩いて行った

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