戦場の犬
とみき ウィズ
戦場の犬
もう何年も何年も前、ある紛争地帯で見た犬の事をふと思い出す時がある。
私は傭兵1個小隊を率いて東欧の内戦に参加していた。
敵勢力が保持していた地方都市の制圧作戦に参加していた時のことだ。
我々は敵勢力との競合地域に入り周囲を捜索しながら本格的な戦闘の準備段階として居残っていた民間人保護避難などの作業をしていた。
市街地の崩れかけた家の裏口、射殺された中年男の隣に一匹の小柄な雑種犬がうずくまっていた。
その犬は、我々が男の射殺体に近付くと牙を剥いて激しく吠えた。
犬好きな何人かの兵士が何とか犬をなだめて男の射殺体を回収しようとしたが犬は激しい剣幕で吠えまくり、中々近付けなかった。
諦めた兵士逹が離れると、犬はかっての飼い主の横に戻り、うずくまった。
中年男の射殺体がある場所を地図に書き込んで犬が諦めてその場から去る頃に改めて誰かが回収するだろう 。
腹が減っているだろう、喉が渇いているだろうと誰かが皿に水と携帯食料を乗せて犬から数メートルの所に置いた。
犬は我々を警戒しながら皿に近寄り、もう何日食べていなかったのか、水を携帯食料をガツガツと飲んで食べると、また、主人の亡骸の隣にうずくまった。
その後我々は1キロ程離れた教会の廃墟に陣取り、夜営する事になった。
食事を採り火が外部に漏れないように熾した焚き火を囲んでいると、遠くから犬の吠え声が聞こえ、そして何発かの銃声と犬の悲鳴が聞こえた。
聞き覚えがある吠え声だった。
おそらくあの犬だろう。
突撃銃を抱えて座っていた何人かの兵士が胸で十字を切り、犬に水と餌をやったひげ面の兵士がちきしょう!と囁いた。
翌日、市街地の全面占拠の為に攻勢に出た我々は、市街地の外れに布陣した敵と通りをはさんで激しい銃撃戦になった。
突然SAW(分隊支援火器)を撃ちまくっていた兵士が通りを指差して叫んだ。
見ると後ろ足の一本を引きずったあの犬が銃撃戦の最中の通りを走っていた。
例のあの犬だった。
兵士逹は敵に銃を撃ちながら口々に犬に向かって、逃げろ!生きろ!と叫んだ。
結果的に我々は犬の援護射撃をした格好になり、犬は足を引きずったまま走り、通りの向こうに消えた。
結局その後も戦闘が激しく続き、我が方の勢力は3日間掛けて街から敵勢力を追い出した。
作戦開始時に18人いた私の小隊は戦死3名、負傷後送5名で10人に減り、補給と再編成の為に迎えのトラックに乗り込み、奪回した街を後にした。
銃声が途絶えた街を後に、トラックは後方キャンプに向かって田舎道を走っていた。
『おい!見ろよあれを!』
兵士の一人が丘を指差し、皆が声を上げた。
あの雑種の犬が青空を背に、丘の上から我々を見下ろしていた。
そして、犬の身体は綺麗に洗われ、後ろ足には包帯が巻かれていた。
おそらく犬の側に立って洗濯物を干している気の良さそうな太った女が新しい飼い主なのだろう。
私達は犬に手を振り声を掛けた。
何故か皆、笑い、泣いていた。
犬が我々に吠えたが敵意は感じなかった。
あれはきっとあの犬が俺達にさよならの挨拶をしたんだ。
あれはきっとあの犬が俺達に援護射撃のお礼を言ってるんだ。
あれはきっとあの犬が俺達に、もう俺の心配はするなと言ったんだ。
絶対そうに決まってる。
え?
犬に人間の感情が判るか?
人間に犬の感情が判るか?
当たり前だろうが(苦笑)
当たり前の事だよ.
終わり
戦場の犬 とみき ウィズ @tomiki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます