2.闇夜の強襲。
早乙女先生とこれからについて相談していたら、すっかり夜が更けていた。
俺が生活している部屋は、箒星学園を出て少し離れた場所にある。そのため最近は、暗い夜道を一人で歩くのが日課になっていた。
この日も同じように、部屋についたら何を食べようかを考えつつ学園を出る。
すると、
「お兄ちゃん!」
「あれ、マナ……? どうしたんだ、こんな時間に」
校門を出てすぐの場所に、幼馴染みが立っていた。
彼女は手に何か包みを持っており、どうやらこちらを待っていたらしい。俺が首を傾げていると、心の底から嬉しそうに笑って言うのだった。
「今日ね、食堂のおばさんから余った夕食を貰ったんだ! お兄ちゃんきっと、インスタントばかり食べてると思って!」
「それで、わざわざ待っててくれたのか……」
「……えへへ」
納得すると、彼女は小恥ずかしそうに鼻先を指で撫でる。
「ありがとうな。すごく助かるよ」
「うん!」
素直に感謝を述べると、マナはまた笑顔で頷いた。
さすがに今ここで包みを開けるわけにはいかないので、中身は帰宅してからのお楽しみと言ったところだろう。そう考えながら、俺が「また明日」と挨拶を口にしようとした時だった。
「ねぇ、お兄ちゃん……?」
「どうした?」
マナが急に、どこか居心地悪そうに視線を逸らしたのは。
不思議に思いながら訊き返すと、幼馴染みはうつむいて黙り込んでしまった。ひとまず言葉の続きを待つこと十数秒ほど。彼女はどこか遠慮がちに、こう言った。
「あのね、涼子ちゃんのことについて……なんだけど、ね」
「東雲さん……?」
出てきたのは、マナの親友の名前。
そして、俺の中でもいま気になっている少女のことだった。
「今日からバレー部の副顧問になったんでしょ? だから、そのことを涼子ちゃんに訊いたら、なんというか複雑そうな顔してたから……」
「……そう、か」
原因はきっと俺の言葉。
だけどいったい、何が彼女の心を傷つけたのかは不明なままだ。
東雲さん自身もなにも言ってくれなかったし、俺としても特段おかしなことを言った覚えはない。それでも彼女の態度に変化があったのは、間違いなかった。
可能なら、謝りたいところだけど……。
「理由が分からないまま、ってのもな……」
下手なことをすれば、火に油を注ぎかねない。
そのためここは、心苦しいけれど様子を見るしかなかった。でも、
「マナには何か、言ってなかったか?」
少しでも情報は欲しい。
大切な生徒の悩みに繋がるのであれば、臆している場合でもない。そう考えて俺が幼馴染みに訊ねると、返ってきたのは難しい表情だった。
「うーん、とね。涼子ちゃん、自分の話はあまりしないから……」
「そう、なのか」
「もしかしたら、バレー部の友達の方が知ってるかも」
「ふむ……」
たしかに苦しい練習を共にしている仲間になら、話せる悩みもあるのかもしれない。マナが悪いというわけではなく、状況に応じた事柄というだけだ。
俺は一つそう納得して、明日以降に少し探ってみようと決めた。
「分かったよ。ありがとうな、マナ」
「うん。それじゃ――」
そして、用事も終えたのでマナを寮まで送ろうと踵を返す。
その時だった。
「……天ヶ瀬礼音に、御木本真奈だな?」
前方に、ピエロの仮面を被った黒服姿の人物が現れたのは。
行く手を遮られ、名前を口にされたことで警戒心が自然と高まった。背格好から大人の男ではないと思われる相手だったが、手にしたものに冷や汗が流れる。
「拳銃……?」
暗がりの中でも分かった。
あの重々しい鉄の塊は、人の命を奪うためのもの。
とっさに俺はマナを守るようにして、彼女の前に立った。すると、
「くくく……異能者を普通の人間が庇う、か。どうやら新米教師の貴様には、状況というものが見えていないらしい」
「……関係、ないだろ」
「お兄ちゃん……」
笑う黒服に、俺は緊張に跳ね回る鼓動を抑え込んで答える。
アイツが言いたいのは、一般人よりも戦闘に長けたマナを俺が守る、という判断がおかしいのだ。だけど、こちらとしては何もおかしい部分はない。
それを主張するように睨みつけると、黒服は静かに拳銃を構えながら言った。
「まぁ、いいだろう。もともと、
「俺、だって……?」
相手の素性も分からない状況ではあるが、その言葉には引っかかりを抱く。
何かがおかしい。先ほどの黒服の言い分であれば、警戒するべきはマナの持っている力のはず。それなのに、どうして俺への対策なんかを取っているのか。
――いいや。いまは、そんなこと二の次だ。
「さて、御木本真奈を渡してもらおうか」
「……お前ら、何が目的だ」
「貴様が知る必要などない。とにかく、素直に従ってもらおうか」
「お兄ちゃん……!」
俺は相手から目を離さないようにしながら、策を必死に考える。
怯えて袖を掴んでいるマナを守り、どうにかして助けを呼ばなければならない。最初に考えたのは時間を稼ぐことだったが、あいにく黒服は交渉に乗るつもりはないらしい。そうなると、次に浮かぶ打開策はマナの力だった。
「……マナ、少しで良い。時間を稼げるか?」
「それってつまり、アタシの力で……?」
「あぁ、情けないけど。実際問題、それに頼るしかない」
「…………」
俺は幼馴染みの持っている力の詳細を知らない。
しかし、この状況で四の五の言っていられなかった。
「……う、うん! 分かった、やってみるよ!」
「じゃあ三つ数えたら、俺はアイツに飛びかかる。そこで援護を頼む」
――一か八か。
奇襲をかけるしか、方法はなかった。
俺は覚悟を決めて深呼吸。そして、小さくカウントダウン。
「今だ……!!」
ゼロと口にした直後、全速力で黒服へ迫った。
相手は一瞬だけ動揺したが、すぐに照準を定め直す。ここでマナの力が発動すれば、形勢は逆転する可能性があった。
だが、しかし――。
「あ、づ――――っ!?」
発破音が響いたかと思ったらすぐに、右脚に焼けるような痛みが広がった。
俺は前のめりに倒れ、それでも上体をどうにか起こす。
でも、状況は悪化していた。
「……まさか、突っ込んでくるとはな。ただ現状の貴様が持つ情報の中では、最も可能性が高い判断だった。その点は褒めてやろう」
「く…………っ!?」
銃口を額に突き付けられ、身動きを封じられる。
黒服は笑うようでありながらも、どこか感心したようにそう言っていた。
「しかし、残念だな。貴様はまだ、何も知らないのだから」
「どういう、ことだ……!」
俺は痛みと悔しさに顔を歪めながら、ピエロの面を睨む。
すると相手は、このように続けるのだった。
「判断力、行動力、そして死を厭わないその気概。なるほど『あの女』が教育を施していただけはある」
「お前、いったい――」
「恨むのならば、お前自身の価値を教えなかった『師』を恨むのだな」
「――がっ!?」
その直後、後頭部に重い一撃を喰らわされる。
視界が一気に歪み、身体から力が抜けていった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……!!」
後方からは俺を呼ぶマナの声。
しかし、答えることができないまま意識は闇に呑まれた。
無能教師と少女たちの御伽噺。~かつて子供だった者たちに捧ぐ、夢と希望の物語~ あざね @sennami0406
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