2.過去と未来。
「えー……それでは、今日はこれで終わりです。みんな、お疲れさまでした」
帰りのホームルームの終了を宣言すると、少女たちは様々な反応を示した。近くの席の友達と話す子もいれば、部活動があるのだろう荷物をまとめて急ぐ子もいる。私立箒星学園は全寮制なので買い食いなどはできないが、門限まで特区内で遊ぼうかと話す子も見受けられた。
俺は俺で、着任初日を無事に終えることができた達成感に浸っている。
それでも明日の準備もしなくてはならない。それに生徒の顔と名前を一日でも早く一致させなくては……。
「ねぇ、レオンお兄ちゃん!」
「……ん、どうしたんだ。マナ?」
そう考えて資料を開こうとした時だった。
何やら一人、クラスメイトを連れたマナが俺のもとにやってきたのは。にこやかな幼馴染みの隣に立っているのは、眼鏡をかけた青い髪をした子だった。背丈はマナよりも低く、しかし冷静そうな表情から大人びた印象を受ける。
名前は、たしか――。
「えっと、東雲涼子さん……だったかな」
「はい、そうです。これからお世話になります、天ヶ瀬先生」
俺が少し控えめに訊ねると、東雲さんは眼鏡の位置を直しながら頷いた。
そして、とても礼儀正しい所作で小さく頭を下げる。そんな彼女の姿を見ているとどこか、こちらまで姿勢を正してしまった。
そうやってビジネスマン的な挨拶をしていると、マナが愉快そうに笑う。
「あはは、二人ともお仕事してるみたい!」
ぐぬぬ。たしかに、名刺を差し出す勢いだった。
そのことに我ながら呆れていると、マナは気を取り直して紹介してくれる。
「涼子ちゃんはアタシの親友なの! 右も左も分からないまま入学した頃、同室になったってだけで親切に色々教えてくれたんだよ!」
「あの時の真奈さんは、あからさまに挙動不審でしたから」
抱きつき頬擦りするマナに、表情を一つも変えない東雲さん。
親友とはいうが、あまりに対照的な二人の態度は見ていて面白かった。東雲さんも無理に振り解かないあたり、満更でもないのだろう。あるいはもう、そういった対応を取ることさえ諦めてしまったか。
いずれにせよ、幼馴染みは邪険に扱われているわけではなさそうだった。
「それで、自己紹介は分かったけど今日はどうしたんだ?」
「そうそう! それなんだけど、もし時間があるなら学園の中を案内しようと思って! 涼子ちゃんがいれば、迷うこともないもんね!」
「私の時間も同じく有限ではありますが、幸い余裕がありますので」
マナの言葉に、淡々とした口調で同意する東雲さん。
生徒に案内される教師というのは逆のような気もするが、実際のところありがたい話だった。普通がどのようなものか分からないが、俺は今日ここにやってきたばかり。教員免許を取得したらスマホで場所を指定されて、足を運んでみたら着任することになっていた、というスピード感だったのだ。
この特区内での居住許可なども、いつの間にか与えられていたり。右も左も分からない、ということでは現時点で世界一の自信があった。
もっとも、定職に就けたから『まぁ、いいか』という気持ちだけど。
「それなら、お願いしようかな。十八時に理事長室へ呼ばれてるから、それまでだけど」
「分かりました。それではまず、主要な施設を巡ることにしましょう」
「レッツゴー!」
そんなこんなで俺が答えると、少女二人は様子は違えど異口同音にそう口にするのだった。
◆
「では、最後にここが屋上庭園です。こちらからは、私たちが生活をしている特区を一望することが可能となっています」
「箒星学園は丘の上にあるから、夜になると絶景だよ!」
「へぇ……」
そうして学内を一周した最後に、俺たちは屋上にある庭園へ足を運ぶ。
夕日に照らされたそこには、まだ数名の学生たちの姿があった。しかし彼女たちは帰り支度を始めており、間もなく庭園にいるのは自分たちだけとなる。
俺は備え付けられたベンチに腰かけて、異能者特別隔離区画――【通称:特区】の景色を眺めた。茜色の街並みは、一見して外のそれらと大差のないように感じる。
だけども、きっと誰もが理解をしているのだ。
ここが閉鎖された場所で、自分たちは籠の中の小鳥のような存在だと。
「なんか、少し切ないな……」
「天ヶ瀬先生は、そのように感じるのですね」
「……ごめん。聞こえちゃったかな」
「いいえ、構いません」
そう考えていると、思わずそう口にしていた。
ちょうど隣にいた東雲さんには聞かれてしまったらしく、彼女はこちらを振り返って淡々とした声で言う。俺は謝罪をしたが、青髪の少女はそれほど気にしてはいない様子だった。
先を歩いて行ってしまったマナを見て、東雲さんは続ける。
「たしかに先生と真奈が見てきた世界と比べると、どこか殺風景に映るのかもしれませんね」
「東雲さんは、外を見たことないの……?」
「幼少期――幼い頃、力が発現する前に少しだけ」
「…………そう、か……」
それはいったい、どのような景色だったのだろう。
俺は訊ねようか迷った後、意を決して少しだけ踏み込むことにした。
「卒業したら、どうしたい……?」
過去のことよりも、未来を考えてほしい。
俺はそう思って問いかけた。
すると彼女は驚いたように、初めて表情を崩す。
そして、街並みに目を向けて言うのだ。
「…………卒業、ですか。私は――」
スッと、その眼差しを細めて。
「卒業することが、できるのでしょうか」
「……え?」
思わぬ言葉に、俺は思わずそう訊き返した。
いったい、どのような意図があるのか。考えていると、
「……あぁ、いまのは気になさらないでください。先生」
東雲さんはまた、冷静な表情に戻ってそう告げた。
だが、それは無理な話だろう。
そう思ったから、俺は彼女に真意を訊ねようと――。
「もーっ!! お兄ちゃんに涼子ちゃん、いつまで二人で話してるの!?」
「ふふ……どうやら、勘違いされたようですね」
口を開きかけたところで、少し先に行っていたマナがこちらを振り返って叫んでいた。その様子を見た東雲さんは、初めて小さな笑みを浮かべる。
そして仕方なし、といった様子でマナの方へと歩んでいくのだ。
俺はそんな彼女を追うように立ち上がって、追いかける。
「卒業できるか、分からない……?」
その最中にも、俺の頭の中には疑問が満ちていた。
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