1.夢と希望、そして現実。
「まさか、マナが箒星の生徒になってるとはなぁ……」
「アタシの方こそビックリだよ! まさか、レオンお兄ちゃんが先生になるなんて!」
「ははは。偶然、っていうのも怖いよな」
昼休みの職員室。
教員たちも各々に食事や休憩を取ったりする中で、俺は再会を果たした一人の女の子と談笑していた。彼女の名前は御木本真奈。俺が学生時代に引越しをする前、地元で同じ時間を過ごした女の子だった。あの頃は互いの年齢も曖昧だったけれど、まさか教師と生徒として再び出会うとは……。
「いやー、懐かしいな。最後にマナを見た時は、涙でぐしゃぐしゃだったっけ」
「あー! やめてよ、恥ずかしいから!」
自分が家族の都合で引っ越しをすることになった際の別れを思い出すと、マナは顔を真っ赤にしてそう抗議してきた。俺は少し意地悪な気持ちになりつつも、改めて気持ちを引き締める。そして、こう訊ねた。
「それにしても、どうしてまた箒星に? 地元からかなり離れてるけど……」
「え、あー……うん、そうだね。でも、理由は分かるでしょ?」
「やっぱり、そういうことか……」
するとマナは、困ったように答える。
彼女の返答に俺は、自分の考えが間違っていないことを確信した。
「アタシ、中学に入るまで知らなかったんだ。……自分が『異能者』だ、ってことに」
「…………」
自嘲気味に笑う少女に、こちらは黙るしかない。
――異能者。
それはこの世界に僅かながら存在する『特別な力』を有した少女のこと。例えば何もない場所から炎を出したり、氷を出したり、自然現象以外にも数多の能力が存在しているらしいが、とかく共通しているのは『普通ではない』ということ。
中世で起こった魔女狩りの真相はここにあり、現代に至るまで彼女たちは自身の力を隠匿し続けていた。公に認知されるキッカケが起きたのは、今からもう百年以上前のことらしいが……。
「おかしいよね。アタシ、自分が『普通じゃない』なんて、思いもしなかったよ」
「マナ……」
こちらの沈黙をどのように受け取ったのか、彼女は静かにそう口にした。
異能者という少女たちの存在は、すでに公に認められている。しかしながら、人間というのは恐怖で身を守る生き物だ。一部では自身と違う彼女たちを迫害する動きも、存在していた。
ここ箒星学園は、そういった異能者たちを匿う意味も込めて設立された国家機関でもある。もっとも他方には異能者を管理、健全に育成して運用する目的である、とも語られていた。
「やっぱり、怖いよね……?」
そんな事情を当然に理解しているマナは、静かにそう漏らす。
彼女の問いかけには先ほどまでの溌溂とした印象はなく、どこか怯えているような色を感じさせられた。きっと昔を知る俺に拒絶されることを恐れているのだろう。
それを察して――。
「いや、まったく怖くないよ。……マナは、マナだし」
「え…………?」
考えるより先、俺ははっきりとそう断言していた。
口にしてから改めて納得する。そして思うのは、これがきっと『自分の本心』なのだろう、ということだった。
「別に変らないだろ。俺にとってのマナは昔、一緒に笑ってたマナだ。たとえ『特別な力』を持っていたとしても、それに違いはない」
だって、ここにいるのはあくまで一人の女の子なのだから。
そして俺はいま、そんな彼女たちに未来を示す立場にいるのだった。しかし自分の立ち位置以前に、俺は誰かの力になりたいと信じている。
だから真っすぐに、マナに向き直って告げた。
「お前は幼馴染みであり、大切な教え子だ。俺はそんなお前たちを守るためにやってきたし、みんなに……夢や希望を持ってほしいと、思ってる」
「夢や、希望……?」
こちらの言葉をマナは、ハッとした様子で繰り返す。
そして、微かに瞳を潤ませるのだった。
自分でも、ずいぶんと青臭いセリフを吐いたものだな、とは思う。
それでもきっと、ここに通う少女たちに必要なのはそういったもの、なのだ。だとすれば俺は、俺の抱いた思いのままに考えて行動するだけ。
いまはまだ、口にするしかできないけれど……。
「……ありがとう、レオンお兄ちゃん」
それでも、こうやって目の前の誰かを笑顔にできるなら。
きっとその言葉には、素敵な意味があるのだ。
「本当に、お兄ちゃんは昔から変わらないね! 成長しないなぁ……!」
「おい、最後の一言は余計だぞ」
感謝にこそばゆくなったのか、軽口を叩くマナ。
そんな彼女にツッコみを入れつつ、俺は微かに目を細めた。そうしていると、まるで間を見計らったかのように予鈴が鳴る。
「それじゃ、また帰りのホームルームでね!」
「あぁ、またな」
マナはそれを耳にして、パタパタと職員室を出ていった。
俺はそんな彼女の後姿を見送って、一つ息をつく。
「夢、希望……か」
そしてまた、繰り返す。
もしかしたら甘ったれた理想かもしれない。自分でもそう思う節がないわけでもないが、とにかく強く信じていたかった。
そう、考えていると。
「アカンな。……新人はクソほど甘ったれや」
「……え?」
そんな俺の心を見透かしたかのように、苛立った女性の声が聞こえた。
見ればそこにいたのは、鋭い目つきをした同世代の女性教師。短く切った紫色の髪はアシンメトリーというのか、左右非対称の形をしていた。気だるげに頬杖をつきながら、口につけたピアスを下で転がしている。服装もおおよそ真っ当な教師とはいいがたく、一見して抱くのは『不良教師』という印象だ。
「あー……天ヶ瀬、とかいうたな?」
「そ、そうです。えっと――」
「柴咲京子、アンタの三年先輩やから覚えとき」
「は、はい。柴咲先生、ですね」
かといって相手は先輩。
俺は思わず頭を下げ、真っすぐに向き直った。
すると柴咲先生は大きくため息をつき、疎ましいもののように俺の手元にある生徒名簿を見る。そして周囲のことを気にもせず、こう言うのだ。
「ええか、アイツらは化物や。それ以上でも、それ以下でもない」
苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべて。
俺はそんな彼女の言葉に、ムッとして訊き返した。
「化物、って……」
「アンタも知っとるやろ。ここを卒業した生徒の大半が軍に配属されてる、ってこと」
「…………それは……」
しかし、俺が何かを言う前に柴咲先生は言う。
口ごもるとまた、彼女は苛立ったようにため息をついた。
「異能者という存在は、普通の人間と根本から違う。野放しにしていたら街一つは容易く滅ぼす。それこそ意思を持って生きている兵器や」
「そんな言い方……」
「事実や」
「…………」
そして、有無を言わさずそう告げる。
「実際に自由を掲げて、異能者を管理しなかった馬鹿な国は壊滅状態。神々のように崇めた国は、異能者に支配された。人間が真っ当にアイツらと共存するには、管理という形を取るのが一番ええんや」
人差し指でトントンと机を叩きながら、柴咲先生は言った。
言い返したい。そうは思ったが、彼女が語ったのは異能者と人間の辿ってきた歴史でもあった。それでも――。
「……なんや。拳を握り絞めるくらい、言いたいことあるんやろ」
「一番、ではない……です」
「ほう……?」
若干、促されるようにして。
俺は先輩に意見した。
「だったら、アンタはより良い案を提示できるんか?」
「いまはまだ、できません。それでも――」
一度言葉を切ってから、見下すような相手に宣言する。
「俺と貴女は、教師です。だったら彼女たちに、今よりも良い未来を作って提示していく責務があるはずですから」――と。
静まり返る職員室。
いつの間にか、周囲も俺たちの会話に耳を傾けていたらしい。気恥ずかしいセリフを口にしたとは思うが、これこそ俺の考える教師という存在だった。
だから、後悔なんてない。
そう思って俺は、真っすぐに柴咲先生を見返した。すると、
「くっ……くくく!」
「……え?」
彼女は突然に、堪えるように笑い始める。
しかし、いつしかそれは大きくなって室内に響き渡るようになっていた。呆気に取られていると、柴咲先生は呼吸を整えてから言う。
「なんや、優男かと思ったら凄いこと言うな。まぁ、だったら――」
立ち上がり、俺の肩をポンと叩いてから。
「せいぜい気張っていきや」――と。
それは彼女なりの激励だったのか。
それとも、馬鹿げた理想を掲げた俺に対する皮肉だったのか。
「なん、だったんだ……?」
立ち去る後ろ姿からは、判別できなかった。
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