宇宙人座談会
最初にザクシーを案内した会議室へ移動し、全員で床に座った。エイホ、ザクシー、十腰内、秋月を中心に50cmほど離れて丸くなっている。
千村は、寒さを凌ぐペンギンの群れみたいだと思った。
ザクシーはあぐらをかいたエイホに人形のように抱きかかえられ、嫌そうだが大人しくしている。
「逃げないから離してくれ」と言ったが、エイホには信用されなかったし、地球人も見て見ぬふりだ。
「まずは私から話そうか」
十腰内、いやトオナが口火を切った。
「私はトオナ。そこのエイホと同じ組織の宇宙人だ」
どよめく一同を意に介さず続ける。
「私達の組織は宇宙を旅しながら資源回収や有益生命体の拉致をしていた」
「悪者じゃないか」
ザクシーの批判には反応せずトオナは続ける。
「数年前地球の調査のためにエイホと私は派遣された。私達はいくつもの星を調査してきたペアだ」
「地球はトオナの故郷の環境に近くて、私は危ない強化をされて多様な環境に適合できる身体になっているんだ」
エイホが自慢気に笑う。
「危ない強化ってなんだ」
ザクシーが聞く。
「環境適合術。耐えられなきゃ死ぬやつ」
エイホが笑顔で答える。
「やば。聞かなきゃよかった」
「……地球に来ていろんなものと触れ合った結果、私はこう分析した。『こんな危ない組織抜けたほうがいい』と」
「急展開だな」
ザクシーがボソボソコメントするが、地球人達はまだ話について来れていないのか誰も口を開かない。
「そして私は適当な嘘のデータを流し続け……」
「途中でトオナはなんか事故で死んだ事にして私一人が組織に戻った。組織がどんな作戦で地球を手に入れようとしているのかをトオナに流すために」
「ちなみに全然流してくれなかった」
「あいつら何言ってるかよくわかんなかった」
眉をひそめて首をひねるエイホ。
「話の腰を折って悪いが」
隊員の一人が挙手をしながら割って入る。
「君達の組織というのは?」
「うん、そうだね。ここまであえて言わなかったのは、地球人からしたらちょっと冗談みたいな組織だからだ。だってそうだろ? 宇宙海賊なんてさ」
「……宇宙海賊……?」
静まり返った。
「宇宙海賊ボリガー」
エイホがもう一度言う。
「……ボリガー……?」
誰かが復唱したが再び静まり返った。
ザクシーですら何も言わない。
「まあ普通こうなるよね。すんなりと信じたのは秋月だけだった」
トオナの言葉で全員の視線が秋月に向いた。
それに気がついて秋月は、
「あ、いや、それはね、その時の精神状態というか……」
歯切れ悪く釈明を始めた。
話をまとめると、政治の世界に足を踏み入れたが、派閥争いやフェイクニュースまみれでやさぐれていたところに「自称宇宙人の女」が話しかけてきたのでヤケクソで話に付き合ってみたらマジだった、と言う事らしい。
「私の色仕掛けにやられたわけではなかったのね」
トオナのつぶやきにまた場が静まり返り、視線が秋月に集まる。
「やめてくれ、色仕掛けなんかされてない!」
「宇宙人ジョークよ」
「えーつまんなーい」
エイホは楽しそうだ。
「宇宙海賊来襲に備えるために私は秋月に近づいた。で、なんやかんやで今に至る」
「はい、次は私。私はダイオーで地球侵攻・拠点作成を命令されて来た。そこでちょっと威嚇だけしてボリガーを抜けてトオナに連絡するはずが、コイツにやられた」
エイホがぬいぐるみの様に抱えたザクシーの頬にグリグリと拳を押し付ける。
「やめろー」
「トオナへの通信機も壊れちゃったし、前に二人で住んでた部屋は引き払われてたから、今は山奥のおばあちゃんの家に住ませてもらってる。今日も晩御飯までに帰らなきゃいけないからさっさと次、はいお前」
エイホがザクシーの肩を揺する。
「わ、私は地球人に通達した通りだ。侵略的宇宙人を追って地球に来た。地球を守るために駐留している」
「……それだけか?」
「……それだけとは?」
「……ふーん……まあいいよ」
エイホに至近距離でジロジロ見られて目を逸らすザクシー。
「……あとで話がある」
ザクシーの耳元でエイホが呟いた。
先程までとは違う静かで低い声。それは断ることを許さない圧力をザクシーに感じさせた。
「はい、つぎは地球人の番ね。ザクシーをおびき出して何がしたかったのか!」
明るい声でエイホが司会進行をする。ザクシーは警戒した顔つきでそれを聞いている。
秋月は咳払いを一つして「では」とザクシーに向き合った。
「まずこんな感じになってしまった事を謝罪させて下さい。穏便に話し合いがしたかったのですが……」
神妙な面持ちで膝立ちになり、頭を下げた。
「いやこいつが逃げたからでしょ。謝ることないよ」
エイホの言葉にバツが悪そうな顔をするザクシー。
「……認めよう。私が事態をややこしくした。謝るのは私の方だ」
と言ってザクシーが頭を下げようとしたが、エイホがガッシリ抱きかかえているのでできなかった。
「……あの、もう離してくれてもいいのでは?」
「駄目だ。信頼というのは一度失ったら取り戻すのは並大抵の事ではないんだ。あとなんか持ってる方が手持ち無沙汰じゃないというか、ダイオーを壊された復讐というか、ダイオーを盗まれた恨みというか、生身ならいつでも倒せるぞこのチビというか」
「こ、後半がすべてだろ!」
思わずザクシーも声を荒らげる。
「我々は宇宙人の侵略に備えなくてはなりません」
秋月はザクシーの状態についてはスルーして話を続けた。
「あなたが戦ってくれている宇宙船団、怪獣、宇宙海賊を、我々地球人も撃退までは出来ずともせめてあなたのサポートくらいは出来るようにならねば、地球人がこの宇宙において真に自立しているとは言えません。しかし我々はこの期に及んでも地球人同士で争い続け、隙あらば出し抜こうと画策しています。サポートのための技術を教えられればそれを火種にしてさらに争うでしょう。あなたはそれも危惧しておられると思います」
ザクシーが頷く。
「政府はあなたから技術を引き出せと言ってきていますが、ここにいる我々宇宙人対策本部員はそれに従うつもりはありません。十腰内博士、いやトオナがもたらしてくれた技術はありますが、彼女は兵器を作るつもりは無い。私もそれを強要しません」
トオナが頷く。
「ザクシーの用いている技術には遠く及ばないしね。正直君がその気になれば手も足も出ないよ。宇宙海賊もね」
「私はもう一度戦えば勝つけどな。ダイオーを返せチビコラ」
エイホがザクシーの鼻をつまむ。
「やめろ! 言われなくてもあんなかっこ悪いの返してやるつもりだ」
「コイツ、変な声でよくもそんなこと!」
「エイホ一回やめて」
トオナに窘められて素直に従うエイホ。
一回、というところに少し引っかかったがザクシーも安堵の表情を浮かべた。
「我々が望むのは、ザクシー、あなたと協力関係になりたいということです。一方的な庇護下にある現状では、あなたに何かがあった際に地球人に打つ手はない。地球人同士のいざこざには巻き込まないようにするし、こちらが協力できる事があれば遠慮なく言ってほしい」
秋月はなるべくゆっくりと誠意を込めてそう告げた。
ザクシーは考える。
地球人の協力があればもっと上手く自作自演ができるかも知れない。しかし自作自演である事はバレたくない。せっかく得た人気を失うのは嫌だ。返答に悩むザクシー。
「早く『はい』って言え。晩御飯までに帰らないと行けないんだよ。殺すぞ」
後ろからエイホが脅してくる。
「こらエイホ、まだ駄目よ」
まだ、というところがものすごく引っかかったが、ザクシーとしても地球人とは友好関係を築くべきだとは思っている。
「……わかった。信用しよう。しかし地球人には極力被害が出ないようにしたいので、危険な真似はさせられない。そこは分かって欲しい」
友好関係は築きたいがあまり距離が近くなると自作自演がバレる。やってもらう事など無いだろうが、ここは一つ彼らの要求を飲んでこの場をやり過ごす事にした。
「ありがとうございます。お心遣いも感謝します」
秋月が再び頭を下げる。
「直接戦闘に関わることは無いかもしれないが、例えば宇宙海賊が地球環境そのものを変えようとしたり、間接的な侵略に関しては地球人の方が上手く対処できると思うよ」
トオナがそう言って頷く。
「前にそういうのあったよね、エイホ?」
「うん、今回もそんな指令は来たけど、なんか説明書がわかりにくいし適当にやったらちゃんと失敗したよ。『なんか駄目だった』て報告してある」
「そんな報告で良いのか……」
秋月か苦笑いを浮かべる横でトオナが「エイホだから許されてるというか……」と難しい顔をしている。
「その後は特に何も言ってこないね」
エイホは満足気だ。
「星の環境を変えてしまうような技術があるのか?」
ザクシーは素直に驚いた様子だ。
「資源回収の際に使っていたな。文明を滅ぼすような使い方は私がいた頃はしてなかった」
「トオナは命令でもやりたくない事はしなかったからね」
「だから宇宙海賊辞めたのよ」
そんな話がされつつ、秋月を始め数人がまばらに立ち上がり始めた。ザクシーは話し合いが終わりに向かっているのを感じた。
「今日のところはお互いの意思確認が出来たので、これで解散にしましょうか」
秋月がザクシーとエイホに歩み寄り手を差し伸べた。
ザクシーは動けなかったのでエイホがその手を取って立ち上がる。
ザクシーは地球人は話を進めるのが遅すぎるが、それは『根源』が無い故に意思のすり合わせが難しいからなのかも知れないと思った。今回の話し合いもユーシー星人ならザクシー以外の誰であっても同じ決断をしただろう。ユーシーという種族にとってそれが有益であると『根源』で感じるからだ。
おそらくエイホとトオナにも『根源』は備わっていない。他種族と出会う事でユーシーが特別なのだと初めて認識した。
いつまでも自分を開放しないエイホ。どうにも腹の底が見えない地球人。心からの協力関係を結ぶ事は出来るのだろうか?
ザクシーが少し不安を覚えたのと同時に、一人の地球人が歩み寄ってきた。
「あの、エイホさん、ザクシーさんを少し降ろしてもらえますか?」
地球人の女だ。
「はいよ」
エイホは素直に従った。
「私は記録係の千村仁美と言います。ザクシーさんには以前助けていただきました。あの、ミサイルが飛んできた時に……」
「ああ、あの時私に『逃げて』と言っていた人か!」
ようやくエイホから開放された喜びも相まってテンション高めの反応をしてしまったザクシー。
「そうです! 覚えていてくださったんですね。あのときはありがとうございました」
膝をついてペコリと頭をさげる千村。
膝をついたときに彼女が持っていた袋が床についてガサッと鳴った。
「あ、よかったらコレをどうぞ」
大きな厚手の紙袋だ。ザクシーが受け取って中を見ると。
「コレは!」
「今日のイベントで販売されているグッズを一通り買っておきました。せっかく一番に並んで待っていたのに何も買えないのはあまりにも申し訳ないので……」
千村が済まなそうに苦笑いを浮かべる。
袋には宇宙人フィギュア、コミック、様々なグッズがたくさん詰まっている。
しばらく目を輝かせてソレを見つめていたザクシーは、バッと顔を上げて千村の両手を握りしめて言った。
「ありがとう、私が地球人に希望を抱くとき、いつもあなたの存在がある! 本当にありがとう」
ザクシーは本人ですら見たことがないくらいに感激し、千村に抱きついた。
「あわーっ! と、とんでもない! ここちらこそ!」
美少年が突然手を握ったり抱きついてきたので千村は戸惑いを隠せない。おおヨシヨシとザクシーの背中をポンポンしてみたがその反応でいいのかわからずにパニックである。
「おい、それセクハラっていうんだぞチビ」
エイホに頭をペシッと叩かれてザクシーは我に返った。
「う、うるさい、そういう意図じゃない」
「チムチム、見た目は子供だけど油断したら駄目だよ。コイツ多分大人だよ」
トオナが千村を庇うように間に入った。
「ち、違うんだ。千村さん、そういうつもりでは無かったんだ」
「わ、わかっております! 種族の違いもありますし?」
「おいザクシー、私に抱きしめられてた時はそんなに照れてなかっただろ。殺すぞ」
「お、お前はなんか力が強すぎて抱きしめられてるというより機械に拘束されてる感じなんだよ!」
「あと殺すって言いすぎよエイホ。地球では殺すと思ったなら言葉にする前に実行しなきゃ駄目らしいわよ」
「十腰内さん、地球はそんな物騒じゃないですよ!」
ワーワー騒ぎ出した宇宙人と記録係を遠巻きに見ていた隊員たちは、どうやら仲良くなれそうだと安心した。
秋月とザクシー、エイホは一通り連絡先を交換しこの場は解散となった。
「じゃあ、場所を変えて話そうか」
エイホとトオナがザクシーの手を左右から握る。
捕まった宇宙人と言えばこの構図だ。この場合は捕まえているのも宇宙人だが。
「なんの話を?」
ザクシーは紙袋の持ち手を手首に通し、警戒はするが抵抗する素振りはない。
「お前にとっても大事な話だ」
冷たい目でチビの宇宙人を見下ろし、エイホはニヤリと笑った。
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