宇宙人と親子

「ただいまー」

 そう言って玄関から中年男性が入ってきたので、縁側でアイスを食べていたエイホは少し焦ったが、開き直って普通に挨拶をした。

「おかえり」

「……だ、誰ですか?」

 60歳前後、ヤセ型で身長は約165センチ程。メガネをかけていて、白髪の多い頭髪は多少薄くなっているが禿げている印象は無い。男は警戒心も顕に眉をひそめてそう聞いた。

「私はエイホ。あなたは?」

 堂々たるエイホの返答に男はたじろいだ。

「お、俺はここの息子ですが、おふくろは?」

「隣のおばあちゃんちに遊びに行ったよ。お昼には帰るって言ってたからもうすぐ来ると思う」

 お隣の家を指差してニッコリ笑うエイホ。

 実家に帰ってくると髪が紫色の知らない外国人らしき美女がアイスを食べながら「おかえり」と言い、留守番も任されている状況に男はまだついてこれない。

「あの、エイホさんはおふくろとはどういった関係で?」

 一つ一つ整理することにしたようだ。

「えーっとねー」

 どう答えるかエイホが考えていると、

「健一、帰ってたのかい」

 おばあちゃんが帰った来た。

「電話くらいしなよ」

「いや、たまたま仕事で近くに来たから寄ってみたんだよ」

「そうかい。なんか食べていくかい?」

 台所へ歩いていくおばあちゃんの後ろにエイホと健一がついていく。

「あ、ああ、そうだな。あ、フランクフルト買ってきたんだけど」

「気が利くね。エイホ手伝って」

「はいよ」

 二人が会話を交えながらテキパキと昼食を作るのを、健一は呆気にとられながら椅子に座って眺めていた。

 二人のやり取りを見ているうちに、健一の表情から不安と警戒心が薄らいでいった。


 

 作った焼きそばを食べ終わり、エイホがフランクフルトを食べていると、健一が口を開いた。

「ケアマネージャーから連絡があってさ。ヤナさんがヘルパーの買い物依頼をしなくなったって。本人は『買い物してくれる人が居るから』て言ってる、なんて聞いてさ。近所だって年寄りだらけだし、誰に頼んでるのかと思って様子を見に来たんだよ本当は」

「ま、そんなこったろうと思ったよ」

「で、この子とは一体どういう関係なんだ? ああ別に疑ってるわけじゃない。二人の様子みてたら変な詐欺とかじゃ無さそうなのはわかったよ。単純に誰なのか教えて欲しいだけだ」

 エイホはモグモグしていたフランクルトを急いで飲み込もうとしたが、その前におばあちゃんが答えた。

「この子はね、仕事を首になってヤケになって自殺しに山に来たら、たまたまアタシがクマに襲われてるのを見かけて追い払ってくれたのさ」

 プロレスラーだと言われたら嘘がバレるかも知れないと思って焦っていたエイホだが、おばあちゃんの言葉を聞いてひとまずフランクフルトの咀嚼を優先した。

「電話で言ってたクマが出たって、本当だったんか。俺はまた母ちゃんがボケてきたんかと思って」

「宇宙人が出とる時代にクマが出たって言ったくらいでボケを疑うんじゃないよ。ホントさ。裏の方から出てきたクマをこの子がワーッて追い払ったんだよ。そんで身の上話をして、やること無いならって事でしばらく住み込みで警備してもらってるって訳さね。ついでに買い物もしてくれてるんだよ」

 健一が目を丸くして口を開けながらエイホを見た。

 エイホはどうしたものか考えて、特に何も思いつかなかったので笑顔で頷いた。

 急に重い設定を与えられた事と、どうしておばあちゃんが嘘をついたのかが分からない事で混乱しつつあったが、フランクフルトの最後の一口を食べる事にした。



 健一は一人で車庫にやって来た。エイホが買い物に自転車を使ったと聞いて、なんとなく見に来たのだ。

 自分がかつて息子に買い与えた自転車が、キレイに磨かれてあった。タイヤの空気も入っている。

 最後に見たときはホコリが積もってとても乗れる状態には見えなかったが、あの子が直したのだろうか? などと考えていると、エイホがやって来た。

 目が合う。髪色に似た紫がかった瞳が、大事な事を話しに来たのだと語っている。

「おばあちゃんに危害を加えるつもりはないです。でも健一が心配しているのもわかる。だからすぐに出て行ってほしければそうする」

 初めて真面目な顔で声のトーンも低くして喋るエイホを見た健一は、改めて「綺麗な子だ」と思った。こんな山奥の家の車庫でも、エイホの存在感で映画のワンシーンかの様に錯覚する。

「……いや、母がお世話になっているようで、ありがとうございます」

 健一はエイホに正面からお辞儀をした。

「実は、おふくろは本当にボケかけているんです。まあまだ物忘れが多くなったくらいなんですが、顔つきもボンヤリしてきて心配していたんですが」

 うつむいて苦笑いを浮かべる健一。

 エイホは真面目な顔で聞いている。

「さっきの、おふくろとあなたのやり取りを見ていたら、あんなに生き生きとしているおふくろを久しぶりに見たな、と思いました。話し相手がいるというのはありがたいもんですね。表情が明るいし、しゃべりもハキハキとしていた」

 お礼を言われてエイホは少し得意げに口角を上げた。

「嘘をつくのも上手かった」

 エイホは口角を下げた。

「クビになって自殺しようとしていたなんてのは嘘でしょう? あなたそんなふうには見えない」

「あ、あー……、半分くらい……?」

 苦笑いにより口角がまた上がった。通信機は壊れたと思っていたしザクシーにやられて死ぬかと思ったのも本当だ。

「うちを乗っ取ろうとしている詐欺師でもなさそうだ。乗っ取るほどの家でもありませんが」

「自転車は乗っ取ったよ」

 エイホがニヤリと笑う。

 健一は吹き出した。

「アーッハハハハ! 確かにそうだ! まんまとしてやられたよ!」

 自転車のサドルを叩いて健一が笑う。

「息子も、ああ康一と言うんですが、この自転車の主です。康一だって一度もこんなにキレイに磨いたことはないよ。この自転車も喜んでるでしょう」

「健一と康一ね。そういえばおばあちゃんはヤナって名前なんだね」

「ああ、それも知らなかったんですか」

「ずっとおばあちゃんって呼んでた」

「そのままおばあちゃんって呼んでやってください。きっと新しく孫が出来たみたいで嬉しいでしょう」

「わかった」

「ん? よく見たらその服も姉貴が昔着てたやつでは」

 エイホが着ているシャツとジーンズ。おばあちゃんが引っ張り出してきてくれた物だ。

「おばあちゃんは着ないから使えって」

「確かにおふくろが着てたら笑うより心配してしまうな。どうせ誰にも着られずに捨てられる服だったんだ、あなたが嫌じゃなければ使ってください」

「使う使う」

 遠慮せず即答するエイホの態度に思わず笑みが溢れる健一。

「あなたが何者なのか、本当の事は今は言えないんですね?」

「…………」

 もちろん言えないが、うまい嘘も思いつかないエイホ。

「あなたみたいな人が他国の潜入工作員とかだったらお手上げですね。信用を得るのが上手い」

「あは、あはへへへ」

 言い当てられた潜入工作員は驚いて変な笑い方をしてしまった。

「あ、クマの話も嘘?」

「それは本当」

「それは本当なんだ……」




 健一は「おふくろをよろしくお願いします」と言って帰っていった。

 ケアマネージャーには孫の友達が下宿している事にするそうだ。

 興味なさそうにワイドショーを眺めているおばあちゃんにエイホは聞いた。

「どうしてプロレスラーって言わなかったの?」

「んー? ああ、健一はプロレス好きだからね。プロレスラーって言ったら嘘がバレると思ったんだよ。だからってあんたが自殺しようとしてたなんてのはちょっと悪い嘘だったね」

 シワだらけの顔をさらにクシャクシャにしておばあちゃんはヒヒッと笑った。

「気づいてたんだね。プロレスラーじゃないって」

「最初は信じたけど、アンタと暮らしていくうちになんとなく違うんだろうなと思ったよ」

「そっかー……」

「どうでもいいんだよそんな事は。言いたくない事なら言わなくていい。言いたくなったら言えばいい。居たいなら居ればいいし出て行きたくなったらそうすればいい。アタシの世話なんか頼まれてもアンタが気に病む必要もない。やりたいようにすればいいんだよ若いんだから」

 静かにそう言ってから「フランクルトもう一本あったろ。持ってきて」とこれは元気に言った。台所へ向かうエイホの背中に「からしとケチャップもつけてきて!」ともう一度元気に言った。

 エイホは「はいはい」と笑いながらフランクルトにケチャップとマスタードをつけて、

「私はずっとやりたいようにやってるよ」

 とひとりごちた。

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