地球人、水面下の争い
駐車場に1台の軽自動車が停まり、2人の女が降りた。
1人が空を見上げる。
視界におさまりきらないどこまでも広がる青い空。
その下には黄金色の穂を波打たせて稲刈りを待つ田圃。
秋の風に髪を撫でられ手でおさえると、頭にとまろうとしていた赤とんぼが離れる。
ふんわり浮かぶ真っ白い雲と、その向こうに浮かぶ大きな宇宙戦艦。
それを見上げて今日もまた白目をむいている千村仁美。
「チムチム、いい加減慣れなさい」
後ろから腰をドンと拳で押され、千村は我に帰った。
「慣れるほうがおかしいんですよ、今度は全世界同時に現れてるんですよ!」
「今までそうしなかったのが不自然なくらい当たり前の行動でしょ。それにどうせまたザクシーが来る」
そう言って、千村と同じスーツ姿のメガネ女が宇宙戦艦を一瞥もせずに歩き出す。
千村も慌ててついていく。
「十腰内(とこしない)さん、正面じゃなくて職員用の入口を!」
「めんどくさいからヤダ」
千村が十腰内の腕を引っ張り、二人は正面入口を通り過ぎて職員用玄関へ入っていった。
正面玄関のガラスドアには白い文字で「うたほ研究所」と書いてある。
金属の階段を降りる二人分の足音が小気味よく廊下に響く。
「エレベーターが無理ならせめてスベリ台をつけられないかな」
十腰内が気だるそうに唇を尖らせる。
「まあまあ、ちゃんとした宇宙人対策本部が出来るまでの辛抱ですよ。あ、ロボットの残骸の解析はすぐ終わったんでしたっけ?」
「あー、アレね。すぐ終わったというか解析するようなものが残ってないというか。まあ材質だけでも地球には無い物だったから、面白くはあったね」
「十腰内さんはもう興味ないんですか? まだ政府の他の機関はつきっきりで調査してるみたいですよ」
「すごく頑丈で熱や電気や酸に耐性がある、とか初日に調べた以外の事はわかんないと思うよ。アレを調べたところで、今世界中に浮いてる奴に対抗する手段にはならないしね」
「ふーん……」
「それより今は私がコッチにいることの方が効果的だと思うんだよね」
長い階段を降り、千村が廊下の突き当りのドアを開ける。
「ただいま戻りました」
「歩いてると暑い……」
「お疲れ様」
対策本部長の秋月が1番奥のデスクで顔を上げた。
秋月の他にもいつもの自衛官達を含めて10数名居た。全員スーツ姿である。
「三佐どうですか?」
秋月が声をかけると、自衛官はニヤリと笑った。
「さすがに餌が良いとかかりますね」
「おいおい十腰内博士は餌か」
十腰内はペットボトルの炭酸飲料を飲みながら親指を立てている。
「尾行されていました。おそらくC国の諜報員です。こいつらにはもう何もさせません」
「やれやれだ。A国は表からもロボットの残骸を渡せと圧力をかけてきているし、C国は次々にスパイを送り込んでくる」
秋月が腕組みをして唸る。
「宇宙人が落とした唯一の物品ですからね。他の残骸は何故か地表に落ちる前にすべて消えている。ザクシーが回収していると言われていますが」
三佐と呼ばれた自衛官が紙の資料をめくって確認しながら話す。
「なぜあのロボットだけは残ったんでしょうね」
千村仁美が首をひねる。
「多分アイツだけ別件だよ」
誰にも聞こえない声量でそう言い、十腰内が来客用のソファーにどすんと座る。プヒーと空気が漏れる音がした。
「それにしても、こうして宇宙人がやって来て世界中の主要都市上空に浮いているって言うのに、地球人は協力して1つになるどころか今までよりも他国を出し抜こうと躍起になっている。我々も宇宙人対策本部なんて名乗っては居るが、その実やっている事は地球人対策だ。政府内にもスパイが居るからと人数も容易に増やせず、疑心暗鬼になっている」
秋月がデスクに片肘をつきながらボヤく。
「宇宙人による犠牲が出ていませんからね。はじめはみんな驚きましたが、危機感が薄れてしまった。地球人同士で争っている場合ではない、となるくらいの被害を全世界が受けないと我々地球人は変われないんでしょう。変われないのならせめて平和であって欲しいものですが」
苦笑いを浮かべながら三佐が手書きで報告書を書く。
「SNS等でも『そろそろ迷惑国家に1発ぶち込んで欲しい』なんて書き込みが増えていますからね。本当にそんなことになったらどんなに悲惨なのか、もう少し想像力を働かせてみて欲しいですよ」
自衛官の一人が呆れたように言う。
「わ、私は今この瞬間にも宇宙戦艦が攻撃してくるんじゃないかと気が気じゃないです」
千村は声を震わせ、天井を見上げて身体も震わせた。
「そうなったらみんな仲良く死ねるんだから心配いらないよ。チムキャットもここに居るんだし」
十腰内が床にいた猫を抱き上げて「ねー」と笑いかけた。猫は短くニャンと鳴いた。
「チムキャットじゃなくてサーシャです!」
サーシャは興味なさそうにあくびをした。
世界中に表れた宇宙戦艦はその後、世界中に同時に表れたザクシーによって駆逐された。例によって残骸のかけら一つ残さず。
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