地球改造作戦
おばあちゃんの孫が使っていたという自転車を借りて、エイホは本仁田山というところへ来た。
壊れたと思っていた通信機が鳴り、宇宙海賊へ状況報告をするとアッサリと新たな司令を出された。
恐るべき強さの死んだり生き返ったりしている水色宇宙人はひとまず放置し、地球の環境そのものを自分たちに合わせて改造してしまえというものだ。環境適合術を受けたエイホにしか出来ない作戦である。
まず宇宙海賊はエイホの潜伏している場所の近く、地球人が住んでいない山へ物資を落とした。大気圏で燃え尽きないように開発された小さなカプセルだ。小さいので何かが落ちてきた事は地球人にはバレない。エイホは通信機に備わったレーダーでそれを拾いにいく所だ。
自転車で行けるところまでは近づいたが、道がないので途中で自転車は置いて来た。
「盗まれないように葉っぱで隠してきたけど、どこに隠したかわからなくなっていないかが問題ねー」
草木をかき分けてズンズン進む。
ザクシーにやられた時にも山は散々歩いたが、こんなに早くまた歩く事になるとは思わなかった。
「だいたいさ、私が生きていた事にまず喜べってのよ。なにをサラッと流して次の作戦やらせてんのよ。バカが。おばあちゃんに借りた服を汚しちゃいけないからこのボロボロのパイロットスーツを着てきたけど、だいたいこれも着心地が良くないのよ。環境適合術受けてるといってもさ、着てる間ずーっとゴワゴワゴツゴツザラザラチクチクしてて最悪。丈夫さしか考えてないじゃん。誰よこれ作ったの」
ブツブツと不平不満を垂れ流しながら、レーダーの指し示す場所へたどり着いた。坂や草むらをものともせずに直線で突き進んできたので早かった。
「こんな山の中に落として火事になったらどうすんのよ」
これから地球まるごと環境を改造してしまおうという宇宙人が山火事の心配をしている。
そのカプセルは多少地面にめり込んでいるものの、すぐに持ち上げるとこができた。大きさはバスケットボールほど。
エイホは表面の汚れを軽く払ってリュックサックに放り込んだ。
「よし、自転車探して、おばあちゃんに頼まれた買い物をするぞ!」
宇宙海賊の任務よりもおばあちゃんに頼まれた買い物の方が気合が入っているように見える。
エイホは自分が作った獣道を引き返し、案の定自転車を見失い泣きそうになりながらなんとか発見し、ものすごいスピードで楽しそうに山道を下って行った。
「ただいまー」
エイホが帰ってくると、草むしりをしていたおばあちゃんが立ち上がって、
「おかえり。ご苦労さんだったね」
とエイホと並んで家に入った。
エイホが買ってきたものを袋から出し、おばあちゃんが冷蔵庫に入れたり仏壇に供えるものを寄せたりする。
「ばあちゃんはなんで草をむしるの? お客さんでも来るの?」
「草がボーボーだと刈らずに居られないんだよ婆は。暇だし」
「ふーん……」
「エイホはそのボロボロの服捨てないの?」
「うーん、また使うかも知れないしさー、一応支給されたヤツだから勝手に捨てていいものかどうか」
「プロレスをクビになったんなら捨てなよ。そんなボロボロ着なくても、うちにあるやついくらでも使いな」
おばあちゃんはまだエイホをプロレスラーだと思っている。
「それがさー、まだクビじゃなかったんだよねー。で、またチョコチョコ仕事頼まれそうなの」
「試合とかあるのかい?」
「そういうのはもうないと思う。何回あるかもわかんないけど」
地球の環境を宇宙海賊向けに変えてしまえば地球人は生きては居られないだろう。
「……まあ、よくわかんないけどね」
「ふーん……」
おばあちゃんはバナナとお菓子を手に、仏壇の部屋へ向かいつつ、
「ウチならいつまで居ても良いんだからね。買い物も助かるし」
背中越しにそう言った。
「うん……」
エイホもリュックサックを胸に抱え、俯いたままそう言った。
2階の部屋がおばあちゃんの娘が使っていた部屋で、エイホはそこを借りている。
リュックサックからカプセルをとり出し、しばらく開け方について苦戦しつつ、開封ボタンを見つけて開けた。
粉末と液体、小さな容器が数種類、それに植物の種らしき物体が入っていた。
それを見て眉をひそめるエイホ。
「………………えーと、説明書は……っと」
説明書を読むと、
①まず地球の土の成分を調査キットで調べる。
②土壌改良薬に適した数値の土である事を確認し、土を容器1の線まで詰めて液体をかける。
③容器2の線まで雨水を貯め、粉末を入れる。
④容器1の土に種を少しだけ見えるように埋め、容器2の液体をかける。
⑤発芽するまで土が乾いたら液体をかけるのを繰り返す。
⑥発芽後は葉が4枚出て、その後さらに伸びてから葉がさらに4枚出るので、そこまで育ったら②の土を採取した場所へ地植えする。
⑦動物や自然災害に気をつけながら数ヶ月見守る。地下茎で増え、巨大な植物に花が咲けば地球の空気を宇宙海賊に適した成分へ変え始める。種や胞子も無数に飛んであっという間に増えるので、ここまでくれば拠点を作るのには困らない環境に変わっているはず。
とまあだいたいそんな事が書いてある。
「ふむふむ。……試しに1個埋めてみますか」
エイホは面倒臭そうにカプセルを抱えて外へ出た。
玄関にあった移植ゴテを借りて、この前クマを投げ飛ばした辺りをほじくって、土をカプセルに詰め込んだ。それを部屋に持ち帰り、おもむろに種を挿した。
「えーと、水か」
また1階へ降りて、コップに水を入れる。テレビを見ていたおばあちゃんはチラッとエイホを見て、またテレビに視線を戻した。
エイホは部屋に戻るとコップの水をジャーっとかけて「よしっ」と満足気に頷いた。
後日、発芽してすぐに枯れた植物を見てもう一度説明書を読んでみたが、
「今日は良いや」
とビニール袋にしまった。
多分二度と袋から出す事は無いだろう。
地球改造作戦は失敗に終わった。
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