宇宙人、敗北す
南太平洋、ポイント・ネモの拠点にて、ザクシーはモニターと一体化したパソコンのような機械と向き合っている。
「クソッ、アイツのせいでまた……!」
先のロボットとの対決がアッサリしすぎてSNSやインターネット掲示板を中心に宇宙人の侵略ヤラセ論が増えている。
結局あのロボットから得られた情報は「地球人よりは強いがユーシーの方が遥かに強い。ユーシーからすれば時代遅れの技術を用いた兵器に過ぎない。どんな宇宙人が乗っていたのかはわからない」と言う事だけだった。ザクシーは状況を引っ掻き回して足を引っ張っただけの迷惑宇宙人への苛立ちを募らせていた。
「地球人も地球人だ。危機感が足りない。私が居なければ地球はどうなっていたかわからないというのに、あんな古臭いロボットのフィギュアが大人気などと! コレのどこが良いと言うのだ!」
デスクに飾ってあるそのロボットのフィギュアを睨みつけ、悔しそうに呻いた。30センチほどのフィギュアを手に取り、腕を上に上げさせたり首を回したりしてみる。
「私が居なかったら、もしくはコイツに負けていたら地球は今頃どうなっていたと……ハッ」
ザクシーは不機嫌そうな独り言の途中で突然顔を上げた。
「負けていたら……そうだ、それだ!」
勢い良く立ち上がり、倒れた椅子を気にもせず、別の通信機器のもとへと駆け寄り、起動させた。地球の機械とは違い一瞬で起動し、すぐにモニターコンソールが操作を受け付ける。
「ザクシーだ! 誰か聞いているか?」
『ああ、どうした?』
いつもの通信相手のユーシー星人だ。
「1番造形技術の高い者に作って欲しい人形がある。いくつか地球で流行りの人形のサンプル映像を送るから、似たテイストでありつつ別物を作って欲しいのだ。なるべく強そうな奴を」
『今までお前が作っていた腕が刃物になっているアレでは駄目なのか?』
「うむ、アレはアレですごく良いのだが、次の作戦にはもっと地球人の危機感を煽るような説得力のある人形が必要なのだ」
『わかった。選りすぐりの人物を充てよう』
ユーシー星人同士は話が早い。
ザクシーは地球の強そうなキャラの画像をいくつか送信した後に通信を切り、不敵に微笑んだ。
「見ていろ地球人。私が負けるところをな!」
――――――――――――――――――――――
A国Ꭲ州にて敗北作戦は開始された。
ユーシー星人でもっとも造形技術の高い若手スタッフが地球のフィギュアを見て作った新型には、登場から強そうな演出を用いた。
曇天を広範囲に丸くかき分けて、光と共にゆっくりとソレは降りてくる。
基本的なフォルムは人型で、体中に色とりどりの棘が生えている。赤青黄色緑白黒など様々な色だ。顔には7つの目があり、それもすべて色が違う。太い四肢は見るからに圧倒的な力を感じさせる。身長は100メートルに設定。素晴らしい出来だ。
名前はザクシーが考えた。色彩と棘が特徴であるから、地球の虹とヤマアラシという棘のある動物にあやかって『レインボーポーキュパイン』だ。
長いので略してレイポーンでもいいと思っている。
レイポーンが出現してすぐにA軍の戦闘機による攻撃が始まったが、当然効くはずもない。火力の問題ではなく言葉通り次元が違うのだ。地球人にはまだまだ理解できない技術だ。
A軍の攻撃が一段落したところで、ザクシーの出番だ。
空中に青い光が集まり、その中から強化ボディ100メートルのザクシーが登場。水色の光沢を放ちつつレイポーンの前にゆっくりと着地。
数秒のにらみ合いの後、レイポーンが前傾姿勢をとり、頭部から棘を発射した。ザクシーはそれをバリアーをまとった左手で弾き飛ばす。弾き飛ばした棘は地球環境に影響を与えないように地面に落ちる前にキチンと消滅する。
なお、今回レイポーンの遠隔操作はユーシー星工機技術者にお願いしてある。戦闘の段取りは限定的直通『根源』により共有されている。お互いの思考を送り合える技術だ。
レイポーンが再び棘を発射。両腕から同時に。
もちろんそれをわかっているザクシーは避ける。
「あぶねっ!」
わかっていても怖いのは仕方がない。
しかし今回は負けねばならない。バリアーでダメージは無くとも痛そうにする必要がある。
ザクシーは飛び蹴りを放つが、レイポーンの背中から発射された幾多の棘が弧を描いてザクシーを襲う。
棘が全弾命中し、ザクシーは撃墜される。
「痛えっ!」
痛くはないのだが反射的に言ってしまうのは仕方がない。
地面に背中から落ち、痛そうに演技をするザクシー。
立ち上がる前にレイポーンが高速でザクシーの背後に移動し、後頭部を殴りつけた。
「わぁーっ!」
思わず叫ぶザクシーだがダメージは無い。が、再び地面に叩きつけられ一応頭を抑えて苦しむ。
そこにノリノリで殴る蹴るを加えるレイポーン。
のたうち回るザクシーにもダメージ描写や汚れをつけていく。
「はぁ……はぁ……、どうだ見ているか地球人。私が苦しむさまを」
運動不足故にもう疲れてきたが、もう少し戦わなくては今度はザクシーが弱く見えてしまう。
ザクシーはなんとか転がって起き上がり、その勢いを利用して後ろ回し蹴りを放つ。レイポーンの頭部にヒット。
棘を発射した剥き出し頭部を狙った、という演出だ。
レイポーンはよろめき後ずさる。が、すぐさま全身の棘を再生させる。
ザクシーはそれを見てわかりやすく驚く。二度見である。
ザクシーは拳を前に突き出し、そこから無数の青い光線を発射。
レイポーンも掌を突き出し、カラフルな棘を乱射。
それらがぶつかり合って爆発を起こし煙が巻き起こり、両者の姿が見えなくなる。
爆発音の余韻が消え、煙が晴れるとそこには無傷のレイポーンと、肩に棘が突き刺さって跪いているザクシーの姿があった。
実際は刺さっていないがそう見えるように映像をいじっている。
ザクシーは肩を押さえながら立ち上がり、果敢に殴りかかった。レイポーンはソレを避けようともせず、顔面で受け止める。びくともしないレイポーンを見てザクシーは後ずさる。
レイポーンの7つの目が光り出し、虹色の光線が放たれた。
ザクシーは避ける事が出来ず、直撃を受けて大爆発が起きた。7色の爆煙が空と大地へ広がった。
再び姿が見えなくなったが、レイポーンが上空へふわりと飛び上がると風が巻き起こり、煙が吹き飛ばされた。
そしてそこには上半身を失って倒れているザクシーの姿があった。
実際はノーダメージだが演出である。
かなりショッキングな映像なはずだ。地球人の絶望する反応が楽しみだ。すぐにでもSNSが見たい。
ザクシーの下半身が風に溶けるように消えると、レイポーンは勝ち誇るように高速で上空を旋回し、こちらも溶けるように姿を消した。
――――――――――――――――――
「さて、どうだ地球人?」
ザクシーは作戦を終えて拠点へ転移し、すぐにSNSのチェックをはじめた。
救世主の敗北と死亡はやはり衝撃的だったようで、絶望のムードに溢れていた。戦闘を近くで見ているA国民が動画を撮影しながら歓声や悲鳴を上げている様子がSNSで拡散されている。
死亡シーンでは涙を流して悲しむ姿も見られた。
「フフフ、どうだ地球人。私の存在の大きさを思い知ったか」
そう言って満足気にほくそ笑むザクシー。
ヤラセだと言う意見はほぼ淘汰されたと見て良いだろう。
「A国民はリアクションが大きくて良いな」
などと言いながら自分が死ぬシーンリアクション動画を漁っていると、
「なんだ?」
妙な画像が目につき始めた。
ザクシーの下半身と先日のロボットを合体させた雑なコラージュ画像だ。やがてそれを動画にしてロボットアニメの効果音をつけたものが流行り始めた。さらには下半身だけが動き回りレイポーンを蹴りまくる動画、下半身から女の子の上半身が生えてきて可愛いポーズをとる動画、レイポーンの背中にチャックがついていて中からザクシーが出てくる動画なども出てきた。
「どんな神経をしているんだ地球人! お前らこれからどうなると思っているんだ!?」
それはアニメ等でショッキングなシーンがあるとそれをネタとして受け止めるオタク達の一種の現実逃避のような反応だったが、ザクシーにはまるで理解できない。
さらには、
「相手の怪獣がダサい」
「色を多く使えばいいというものじゃない」
「前回のロボットの方が良いデザインだった」
「こんなダサい奴に地球は滅ぼされるのか」
「小学生がヤケクソで絵の具をぶちまけたみたいなクソダサクリーチャー嫌い」
などと散々言われている。レイポーンの評判がすこぶる悪い。
「な、なにをコイツら勝手なことを! カッコイイだろうが! もっと恐れろ! というかデザインなど気にしてる場合ではないだろうに!」
ザクシーが怒ってまくし立てていると、突如ビィィィィビィィィィと拠点のアラームが鳴り響いた。
「今度はなんだ!?」
自動でメインモニターに映像と警告文が表示された。
ポイント・ネモに向けて地球人の船が動き出している。複数の国の船が。南太平洋で各国の船が待機していたのは知っていたが。それらが何故今動き出したのか?
何故向かってくるのかというと、ザクシーが死んだのならば拠点を調査して何かを得ようと、我先に群がり始めたのである。
「クソッ、なんて抜け目のない奴らだ。すぐにでも復活劇を演出しなければ!」
本来ならレイポーンが各国で多少暴れ回る予定だったのだが、そんな暇は無くなった。新必殺技を身に着けたザクシーが復活してレイポーンを倒すストーリーを演じねばならない。
「本当に訳のわからない種族だな全く!」
こちらへ向かい始めた船の映像と、SNSのコメントを交互に見てはしかめ面をして拳を震わせた。
そしてふといくつかのコメントが目に止まる。
「ナイフアーム君を返して」
「今思うとナイフアームのデザイン良かったよな」
そんな声がナイフアームのイラストと共に流れてきた。
ザクシーの不機嫌そうな顔に満足げな笑みが浮かんだ。
そしてザクシーは、どんな新必殺技だとコイツラが喜ぶのか、そんな事を考え始めた。
――――――――――――――――――――
「地球やばいじゃん」
アイスを食べながら、おばあちゃんとテレビを見ていたエイホが他人事のようにそう言った。
――――――――――――――――――――
「千村書記官は宇宙人ザクシーとの面識があるという事で、本日より宇宙人対策本部へ加わってもらいました」
千村仁美は猫を飼ったが猫同伴での勤務を許可されてしまい、チームへの加入を断れなかった。
白目をむいている千村仁美の前には、役人に混ざってあの時船にいた自衛官達も並んでいる。
「まだ名称も仮の組織だが、やらねばならない事は沢山あります」
さっきから喋っている男の首から下げられている身分証には秋月とある。
秋月が歩き出し、その場にいた千村や自衛官を含めて数十名が後についていく。
大きく分厚いドアの前で立ち止まり、ドアの横の画面に身分証を当てる。
大きなドアが静かに自動で開く。
そこには……
「やらねばならない事、まずは先日回収したコイツの解析です」
ザクシーが殴り飛ばして爆発したロボットの頭部の残骸だった。
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