宇宙人、生きる

 地球人を侮っていた。

 地球時間で1年の間にとてつもない技術革新が起きていたようだ。

 1年前に地球に潜入し地球人の技術力や地球環境について調査した時は、脅威となるような戦力は無かった。

 1機で地球の1国を壊滅させるのに十分な性能だった超兵器ダイオーが、突然現れた水色の人型兵器に一撃で破壊された。

 まるで生物のような柔軟性を感じる体表にダイオーの誇る最強の光線砲が無効化され、1年前の地球人のミサイル程度ではかすり傷もつかない筈のボディはパンチ一発で頭を吹き飛ばされた。

 なんとか脱出したものの、ダイオーで日本を制圧後に拠点を築き地球征服を進める計画だったので、もうどうしていいかわからない。

 私はエイホ。宇宙海賊ボリガー最強の女戦士。今は住所不定無職だ。

 通信機器も壊れてしまったのか、本部へ呼びかけても反応が無い。

 山の中へ落ちた私は一晩歩き、なんとか人里へたどり着いた。脱出時の衝撃と爆発でボロボロなので少し怪しく見えるだろうか?

 1年前の地球人であれば、今の私のパイロットスーツ姿でも、キャンプ用の装備だと言えば誤魔化せるだろう。しかし地球人はあんな人型兵器を作れるほどの変化をしているのだから、油断はできない。

 それにしても、飲まず食わずで一晩歩いて流石にもうヘトヘトだ。

 何度きれいに見える川の水を飲もうと思ったかわからない。環境適合術を受けたとはいえ、流石に川の水は飲めない。一人分しか無い適合術装置を使ってもらった以上、軽率な行動は出来ない。ただでさえ人型兵器に殺されるところだったし。

 ひとまず本隊と連絡が取れるまではどこかに潜伏しなければ。

 山道から舗装された道路へ出るとホッとした。敵が作ったものと言えど、やはり文明に接している方がどこか安心する。無人星調査は一度だけ行ったことがあるが、ただただ苦痛だった。過酷な環境とグロテスクで知性のないクリーチャー。二度と行きたくない。

 地球は比較的安定した環境なので適合術を受けた私ならなんの問題もなく活動できる。前に来たときに貯めていたお金もまだ多少ある。とっておいてよかった。コンビニに行きたいが近くにはありそうもない。

 せめて自動販売機があれば……。あの紫色の炭酸のジュースが好きだったのだけどまだあるのだろうか?

 自動販売機を探して歩いていると、ついに地球人を見つけた。腰が曲がった老婆だ。90歳くらいにみえる。髪が青色。やはり地球人にも大きな変化があるようだ。これなら私の青紫色の髪でも目立たないだろう。

 老婆は家の前の雑草を抜いている。自動販売機かコンビニの場所を聞こう。

「こんにちはー」

 私の声に、草むしりの手を止めて振り返る老婆。青い髪のせいかどこか若さを感じる。優しそうな顔を見ると、老婆というよりおばあちゃんと呼びたい。どう違うのかはうまく説明出来ない。わたし宇宙人だし。

「はい、こんにちは。あらどうしたのボロボロで」

 やはりボロボロに見えるか。だがここで慌ててはいけない。ロボットの頭を吹き飛ばされて命からがら脱出して来た宇宙人だと思われてはならない。こういうファッションの外国人だと思わせるのだ。堂々としていれば押し通せる筈だ。

「ブフッ」

 コレは私の声ではない。おばあちゃんの声でもない。

 おばあちゃんの家の奥の方から聞こえた。

「ん?」

 私とおばあちゃんがブフッの方を見ると、大きな黒い動物がいた。

 体高約50センチメートル。体長約150センチメートル。黒い体毛。四足歩行。知っている、犬だ。

「クマ!」

 クマだ。

「飼いクマですか?」

「違うよ、アンタ逃げな! 」

 クマがゆっくりと歩いてくる。

「いえ、聞きたいことがあるのでクマには帰ってもらいますね」

 私もクマに向かって歩を進める。

 一瞬怯んだのを見て私は即座に前へ跳躍した。クマの頭上を飛び越える際に首と腰を掴む。回転して着地すると同時にクマを高く持ち上げた。

 やはりクマは背部には手が回らない。もがいているが暴れても私は手を離してあげないので痛いだろう。

「さて、コレは食べますか?」

 一応おばあちゃんに聞いて見る。

「食べない食べない。アンタすごいねえ」

「じゃあ……えいっ」

 家の裏の茂みの方へクマを放り投げた。

 受け身を取れずにズシーンと背中から地面に落ちたクマは、立ち上がるやいなや一目散に逃げていった。姿も見えなくなり音も聞こえなくなったのでもう安全だろう。

「びっくりしたわぁ」

 おばあちゃんが座り込んだ。

「大丈夫ですか?」

 私が話しかけると、おばあちゃんはマジマジと私を見て、

「クマよりもアンタにびっくりだよ。プロレスラーかい?」

「はい。だいたいそうです」

 戦士には変わりない。

「クマは仲間を連れて戻ってきたりしますか?」

「しないしない。人間が怖いって覚えただろうから、もう来ない。最近増えてるとは聞いてたけど、まさかウチに出るとはねえ」

 そんなレアな場面に遭遇していたのか。コンビニの場所を聞きたかっただけなのにクマを投げる工程を経るとは運がない。

「それじゃあ、ちょっと聞きたいことがあるん……」

 ググゥーーーーーー。

 思わず言葉を止めてしまうほどおなかが鳴った。

「へへへ、こ、この辺にコンビニとかありますか?」

 照れ隠しに笑いながら、おなかを押さえた。今更押さえたからと言って意味は無いけど。

「アンタお腹空いてるのかい? ウチに寄ってきなよ、クマ退治のお礼に食べていきな。コンビニは遠いから」

「やったー!」

 即答した。もともとヘトヘトに疲れていた上にクマを投げたので一休みしたかったのだ。

「ごはん作ってる間にお風呂入りな。そんなボロボロでー、アンタどこから来たの? 着替えもあげるから着替えな」

「おばあちゃん最高!」

 こうして私は、お風呂は沸いていなかったのでシャワーを浴びて、おばあちゃんの娘の服をもらって着替え、ご飯もたくさんご馳走になった。

 

「ごちそうさまでした!」

「いい食べっぷりだねえ。でもアンタなんでこんなとこボロボロで歩いてたの?」

 聞かれると思っていた。シャワー中に言い訳も考えておいた。

「仕事で失敗してクビになって歩いてたら山で迷子になりました」

「えぇ……家はどこなの?」

「追い出されました」

「あらら、大変。ウチに泊まる?」

「ハイ!」

 よし、シミュレーション通りの流れになった。さすが最強の女戦士。機転も効くのだ。

「良かった。またクマが来たら怖いと思ってたのよ。あそうだ、役所に電話してクマが出た事を知らせないと」

「え?」

「役所に言えば近所にも気をつけろーってお知らせしてくれるからね」

 それは役人が調査に来るのではないか? そして謎の女がクマを投げ飛ばしたなんて聞いたら流石にダイオーと何らかの結びつきを勘ぐられるのでは?

「おばあちゃん、私の事は言わないで!」

「どうして? クマを追い払ってくれた恩人なのに」

「ほら、あのー、有名になったら困るし。テレビとか来たら嫌じゃん?」

「そうかい? まあ、アンタがそう言うなら」

「クマはおばあちゃんが投げた事にすればいいよ」

「そっちの方がテレビ来るわよ。勝手に逃げてった事にしとくよ」

「ありがと!」

「そういやアンタ、名前はなんていうの?」

 そういえば名乗ってなかったな。

 私は腰に手を当ててニヤリと笑う。

「私はエイホ。今すごく眠い」

「はいはい、その辺で一休みしな」

 扇風機をかけてもらいながら、やっと眠る事が出来た。運が良かった。

 お腹もいっぱいで疲れていて夕方までグッスリだった私は、このとき通信機がなっている事には気が付かなかった。

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