宇宙人②、来る

 その日、日本は全国的に猛暑日であった。

 まだ明けぬ梅雨の影響もあり蒸し暑く、鳴り止まないセミの声が焼けるような日差しを増幅させているかのような気分になる。

 ザクシーは渋谷に居た。

 地球人に紛れて活動するのも慣れてきた。初めはあまり人の居ない田舎で活動していたが、都会の人混みのほうが容易に溶け込める事に気づいてからは専ら東京周辺で地球調査をしていた。

 宇宙人の襲来はやはり衝撃だったようで、世界中で連日報じられている。日本に関してはワイドショー的な盛り上がりが目立ち、非公式グッズ販売やファンアートが日に日に増えていく。

 救世主たるザクシーだけでなく、ナイフアームや戦艦までフィギュアが作られていたのは驚いた。それらを収集して基地に飾るのがザクシーの最近の趣味だ。

 宇宙人の襲来と救世主の出現は、インターネットでは陰謀論的な論調も多少あったが、市井ではザクシーは概ね好意的に受け入れられていると感じる。

 ザクシーの姿はそのままだと、地球人からはやけに背の低い水色の美青年に見えるので、ユーシー星人の幻視迷彩技術により地球人の子供に近づけている。それでも美形なので時々地球人に声をかけられるのだが、それもまた地球人調査の一環として利用した。

 今日はアニメショップで新しい宇宙人関連グッズを探し中だ。ザクシー強化ボディのフォームチェンジバージョンや、ナイフアームのパワーアップ形態の人形など、実在しない物のグッズが出てきた事には驚いた。

「作戦の参考になるな、うん。買っておこう」

 お金は良くない方法で得ている。システムに介入するのは容易なので、なくなっても気が付かなかったり騒いだりできない類のところから抜いている。他のユーシーでは思いつかない悪い方法だ。

 新たなフィギュアを手に入れて、ザクシーは満足げに店を出た。

 地球人達を観察しながらしばらく歩いていると、大勢がビルに設置された野外ビジョンに注目している事に気がついた。

 映っているのは……

「ロボット?」

 周りの景色から推測しておよそ20メートル。世界各地にこうしたランドマーク的なロボットがあるのはザクシーも調べている。が、これは見たことが無いロボットだ。

 デザイン的には日本の古いアニメに出てくるような角ばった形状で、全身が黒い金属的な光沢を帯びている。頭部は長方形で、銀色に光る丸いが二つ。側頭部にはアンテナのような物がついた丸い耳。デザインも初めて見る物だが、何よりも既存のロボットランドマークと違う点は、ソレがスムーズに歩き回っている事だ。

「地球人の新しい兵器か?」

 ザクシーは走り出し、コンビニのトイレに駆け込んで鍵をかけた。

 立ったまま両手を左右に広げると、抱えていた荷物がうっすらと青白い光を放ちながら消えた。基地へ転送したのだ。

 そして、周りからは見えないがザクシーの視界には宙に浮かぶモニターとコンソール。

「場所はどこだ」

 コンソールを指で操作し、地球の通信網を経由してロボットの場所をサーチする。

「昭和記念公園? ……近いじゃないか。しかし、地球人にこんな速度で歩く大型ロボットをつくる技術はまだないはず」

 ザクシーの視界モニター内では歩き回るロボットと、銃を向けては居るが撃てないでいる警官隊が映っている。

「撃ったところで効くまいが、市民を守るためか? 大変だな彼らも。しかしそれだとせっかく飛んできた戦闘機も撃てまいよ」

 ザクシーは何やら思案しながら様子を見ていたが、やがて意を決したように頷いた。

「何者かはわからんが、自作自演でやってきたことを真実にするチャンスだ」

 コンソールを操作し、昭和記念公園への自身の転送と、同時に強化ボディの起動を設定する。

「おっと」

 トイレの鍵を解除すると、次の瞬間ザクシーの姿は青白い光に包まれて消えた。

 

 ――――――――――――――


 転送と強化ボディの起動が終わった。

 ひとまず様子見のために強化ボディのサイズはロボットと同じ20メートル程にした。100メートルだと逆に戦いにくいし、相手がどんな攻撃をしてくるかわからないので、的を大きくしすぎるのも危険と考えたのだ。

 目の前にはロボットと警官隊。距離は約300メートル。

 市民の避難が完了するまでは退避も出来ないのだろう。

 発砲許可が出たのか、拳銃を撃っているが案の定効果はなさそうだ。乾いた発砲音と、弾丸を弾く音が交互に聞こえる。

 ロボットは中腰になると体を警官隊に向けた。胴体が観音開きになり顕になった2つの砲塔の先に紫色の光球が現れ、同じ色の小さな粒子が吸い込まれていく。

「まずい、止めなくては」

 ザクシーは即座に駆け出した。

 アレがどんな攻撃なのかはわからない。しかしザクシーに芽生えていた、慕ってくれる地球人を守りたいと思う心が、自らの危険を顧みずに謎のロボットへ立ち向かわせた。

 ロボットの胴体から光線が放たれた瞬間、ザクシーは警官隊の前に立ち、ロボットへ向けて右の拳を突き出した。

「うおおおおおおお!」

 強化ボディの外には漏れないが、ザクシーは生まれて初めて雄叫びを上げた。バリアーを拳に展開する時間は無かった。それでもやらねばならないという使命感、あるいは義侠心や勇気が、ザクシーの体を動かした。

 ふと、同胞の顔が浮かんだ。ザクシーに何かあれば、代わりになれるものは居ないと言われた事を思い出した。しかし不思議と後悔は無い。

 目の前が自らの右腕と紫色の光に染まり――――

 パコーン。

 ザクシーの右ストレートは紫色の光線を容易く弾いてロボットの頭部を弾き飛ばした。

 あっけなく。

「ん?」

 ロボットの頭は遥か遠くへ飛んでいく。

 頭部が分離して飛行しているのかとも思ったが、胴体はそのままその場に倒れて地響きを起こした。警官隊は無事だ。

 飛んでいった頭部は遠くの空中で爆散し、花火のように音が遅れて聞こえた。

「ん?」

 ザクシーは戸惑いを隠せず、警官隊に目をやった。

 警官隊も呆気にとられてポカンとしている様だ。

「終わりか?」

 倒れているロボットの胴体はピクリともしない。

「…………弱すぎる! 何なのだこいつは!」

 しゃがみこんでロボットを叩いたり腕を持って持ち上げてみたりしたが、完全に沈黙している。

「クソッ、不味いぞ。またヤラセを疑われる。今回は本当に守ったというのに!」

 周囲に警官隊だけでなく野次馬も寄ってきそうな雰囲気を感じたので、とりあえず帰る事にした。

「ええい、本当に何なんだこいつは! どこから来たのかどんな技術が使われているのか徹底的に調べてやる!」

 ザクシーはロボットを両手で持ち上げ、頭上に掲げた。

 周囲の地球人達がどよめく中、そのまま真上に飛び立った。

 その姿はどんどんちいさくなり、やがて空に消えた。

 

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