第4話 白衣?
「ふうむ。汗もかかないのにタオルって、あれは濡れタオルだったのですね。科学的に非常に興味深いです」
振り向けばボクシングの試合会場に場違いな、薬品の染みがついた180cmはありそうなヒョロリと背が高い男がいて、ずれたメガネをくいっと持ち上げていた。
「こんなところで汚れた白衣? 絶対マッドサイエンティストだ・・・・・・」
うっかりつぶやいたら相手に聞かれていたらしい。
「失敬ですね。おや、キミは井ノ口高校の森小五郎くんじゃないですか」
「僕を知っているんですか?」
「そりゃあ、そうです。キミの1回戦を見ていましたから」
「そうですか」
森は奥歯を噛み締め表情を固くする。
「恥じることはないです。相手の
「竹中先生! もうすぐウチの試合だからいい加減に戻ってきてくださいよ!」
菩提山高校のジャージを着たボクシング部員の日比野が駆け寄って、彼の白衣を捕まえた。
「これは失礼、実は次の対戦相手を偵察していたのです」
「ウチのライト級の遠山の相手はアグレッシブなファイトをする墨商の
「墨俣商業の東くんなら、遠山くんも手堅く勝てるでしょう。東くんがラッシュかけてきてもアッパーでガツンといけばKOできますよ。僕が見てたのは準決勝の相手になる三分くんですよ」
「いやあ、そんなに都合よくいきますか?」
「大丈夫ですよ。まあともかく遠山くんを応援しましょうか」
「ところで先生。いつまでその汚い白衣着てるんですか? 恥ずかしんですけど」
「コレだと目立つから僕がどこにいても見つけられるでしょう」
「それはそうなんですけどね。生徒じゃなくて、引率が迷子になってどうするんですか!」
「僕は科学部の顧問です。ボクシング部顧問の不破先生が急性虫垂炎で入院になったから代打で引率しているだけです。僕がここの勝手がわかるだなんて思わないことです!」
竹中教諭は開き直ってふんぞりかえる。
「そんなの自慢にはなりませんよ。そもそも、先週の1回戦も来ていたでしょうに」
「あれは引率ではなくて、ただの趣味の観戦です」
「他校の引率の先生も普通はジャケットとかジャージを着ているんですけど」
「僕はこの下はTシャツ1枚ですよ。白衣を脱いだら寒いじゃないですか」
「もういいです。先生、行きますよ」
「はい、はい。そうだ、森くん、今日この後お暇ですか?」
竹中教諭が森の方振り返って軽い調子で言う。
「え、ええ」
「もうちょっとお話をさせて欲しいです。晩御飯おごりますから」
「竹中先生! 何で他校の男子生徒をナンパしてるんですか!」
「な、ナンパ?!」
森は思いっきり顔を引きつらせていつでも逃げ出せるように、竹中教諭たちと距離をとった。
「日比野くん。人聞きの悪いことを言うもんじゃありません。森くんに誤解されてしまったじゃありませんか。僕はボクシングの話がしたいだけです!」
「ちょ、ちょっと考えさせてください」
「わかりました。じゃぁ返事はうちの遠山くんの試合の後で聞かせてください。キミも三分くんの秘密を知りたいのでしょう?」
「ええ?!」
「図星ですね。僕なら説明できますけどね」
「先生、早く早く」
「じゃあ、森くん、良い返事を期待していますよ」
竹中教諭は日比野に引きずられるように行ってしまった。
新人戦ライト級2回戦の第2試合、菩提山高校の遠山
「すごい! 先生どうしてこの結末がわかったんですか!」
日比野が驚く。
「遠山くんにちょっとだけアドバイスしておいたんですよ。その一、東くんのパンチは軽いこと。その二、東くんは相手が下がるとすぐ前に出てラッシュをかけること。その三、東君はラッシュをかけると顔面のガードが甘くなるからアッパーが狙い目であること。それだけです」
「竹中先生、東の1回戦を見ただけでそこまでわかったんですか!」
「僕はボクシングの観戦が趣味ですからね。遠山君が素直に僕のアドバイスを聞いてくれてよかったですよ。さあて、勝者の遠山くんを迎えましょうか。おーい、遠山くーん」
「竹中先生! ありがとうございました! すごいっす! 先生の言った通りでした!」
「うん、うん。ところで君たちこの後時間ありますか? 晩御飯奢りますから、次の相手の
「「奢りですか! 全然余裕です。ご馳走になります」」
「それじゃあ」
竹中教諭は、あたりをキョロキョロと見回した。
「いたいた、森くーん! キミにもゲストに来て欲しいんですけど。どうしますか?」
「こちらこそ、ぜひご一緒させてください」
「ここはエアコンが効いててよかったです」
ファミレスの四人席。さすがに白衣を脱いだ竹中教諭はキーマカレーをナンで食べ、生徒たちにはステーキを食べさせながら、生徒たちが食べ終わるのを待ちきれず、スマホの動画の再生を始めた。
「まずは
森のジャブの戻りに被せるように三分が出したパンチで森が失神KOされるシーンになった。
「エグ過ぎ! グローブごと顔面ぶち抜いてのKOなんて!」
「森くん、自分のグローブが自分の顔面にくっつけたまま倒れちゃったよ!」
「自分が失神KOされたシーンを初めて客観的に見たけど、これ本当にヤバいですね」
「そうですね。最後のパンチってグローブの上から強引に殴られた感じでしたか?」
「いいえ、こんなこと言うのも変ですが、相手に殴られたというよりも、自分のパンチがまるで砲弾みたいな重さで、自分に衝突した感じでした」
「なるほど。これを聞けただけでも、森くんには大感謝です。三分くんはおそらく武術的な身体操作を使っています。グローブの試合でそんなことができるなんてとんでもないことです。では、次は三分くんと柿田くんとの試合です」
三分と柿田がまるで申し合わせでもあったかのように、お互いに同じパンチを延々と打ち相殺しあっていた。
「何ですか? これ、ギャグかコントですか?」
「まるでラスボスとの格闘シーンですか!」
先程の三分と柿田の試合を見ていなかった日比野と遠山が想像を遥かに超える試合に興奮している。
「でしょう? もちろんこれは三分くんが柿田くんに合わせているのですが、運動神経が異常に良すぎですね。さぁ、ここから展開が変わりますよ」
柿田が打たれる覚悟で前に出てラッシュをかけるが、突如ラッシュを止めて後ろに飛び下がる。
「いったい何があった?」
「ラッシュじゃなかったのか?」
「柿田くん顔をしかめて痛そうですね」
「革工の先生にちょっと聞いたら、やっぱり肘だって言ってました。パンチの先に肘ブロックが待ち構えていて腕をガシガシ痛めつけられたって」
「うわあ」
「上手いな!」
「でも性格悪い!」
「今度は三分くんが前に出ますよ」
前に出た三分の頭を柿田がフックで狙うがダッキングで空振りする。その腕を三分が突き上げてからのボディへのショベルフックでのKO!
「「エグいなあ!」」
「あの時はパーンといい音がしました」
「そうでしたね。さて、これが三分くんの全公式試合です。さっき、ボクシング連盟の人に確認したら彼はボクシング歴半年ちょっとだそうです」
「半年! マジですか!」
「ボクシングの天才だな」
「化け物ですよ」
「まあまあ。ともかく三分くんは、スピード、見切り、戦術、パワーの全てが尋常ではないスペックです。遠山くんは次、彼とやって勝てそうですか?」
「無理っす。勝てる要素が僕にはないです」
「僕、あいつの下の階級でほんとに良かった」
遠山は諦め、日比野がほっとしていた。
「でも僕は三分くんの弱点を二つ見つけましたよ」
「「「ええっ!」」」
「約束だから、森くんにも教えますね。三分くんのパンチはほとんどが相手の力を利用したカウンター狙いです。一つ目の弱点は三分くん単独のパンチ力は意外と軽いのかもしれないことです」
「「「ああっ!」」」
「そして二つ目はかなり確実です。三分くんには持久力がありません。今までは上手く1ラウンドで勝てていますが、多分第2ラウンドを戦う体力はありません」
「まさか」
「先生いくらなんでもそんなことってあるんですか」
遠山と日比野は懐疑的だ。
「竹中先生、それって汗と関係がありますか?」
「森くん、鋭いですね。詳しい事情はわからないですが、三分くんは汗をかけない体質のようです。そんな体質だと激しい運動をすると体温が上がりっぱなしになってすぐばてます。それどころか、下手をすると熱中症になって非常に危険です。さっきも試合後急いで濡れたタオルで体を冷やしていましたよ。だから、遠山くん」
竹中教諭は遠山の方を向いて淡々と言った。
「三分くん相手に1ラウンド目だけを耐えきれれば、キミの勝ちです」
つづく
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