第3話 迎撃!

「新人戦ライト級二回戦第一試合。赤、革手工業高校、柿田充希みつき君。青、大桑おおが高校、三分一(さんぶ・はじめ)君」


「山本先生、柿田君の首、すごくゴツイですね」


「オウンゴール・ショット効かへんかもな」


「じゃあ、やめときます」


「ほな三分さんぶ、目標1分、Maxは1分30秒やで。楽しんでいや!」


「オッス!」


 顧問の山本教諭が三分さんぶの背中を軽くぺちんと叩いて送り出した。









 リング上で今回は青コーナーの三分さんぶと赤コーナーの革手工業高校柿田が、ちょんとグローブを合わせて距離をとった。


カーーーーーン!


 試合開始のゴングが鳴った。革工の柿田は右のオーソドックス。サウスポーの三分さんぶは、今回はブルース・リースタイルではなく、普通のオーソドックスのサウスポーだ。


 三分さんぶと柿田はお互いに遠い間合いから牽制のジャブを打ちながら相手に近づく。ジャブを打った互いのグローブとグローブがぶつかって弾かれる。


 さらに半歩踏み込んで互いに近づき互いにジャブを打つ。が、これも双方のパンチがぶつかって跳ね返る。続けてジャブの2連打。これもパンチ同士でぶつかってしまう。


 向かい合ったまま前へ鋭く踏み込み互いにワンツーを打ち合う。この互いのワンツーもジャブとジャブ、ストレートとストレートがぶつかり弾け合う。


「ようし、柿田、手数出てる。いいぞ、その調子!」


三分さんぶ手数出てる。負けてへんで!」


 互いの陣営のセコンドが当たり前のように声援を送っている。


 三分さんぶは自分の右横に、柿田も自分から見て横にステップを刻んでスライドする。まるで向かい合ったままでダンスを踊っているかのようだ。


 今度は双方ジャブの2連打からの体重を乗せたストレート。これもジャブの2連打が互いに衝突し、最後のストレートまでもがしっかりぶつかる。まだ、どちらのパンチも相手の頭やボディには届いていない。


「柿田、よく見て、よく見て。慎重に当てていこう!」


三分さんぶええで、いま30秒や!」


「なんだこの試合は! あり得ない!」


 試合を見ていた井ノ口高校の森は異常に気付いた。冷や汗をかき爪が食い込むほど拳を強く握りしめる。


 三分さんぶと柿田は続いてジャブを打つようなフェイントから、ブレの小さいコンパクトなストレートをあてに行く。これも双方のパンチ同士がぶつかって会う手に届かない。


「あいつ、人間か?」


 森は確信した。あのリングの上にいるのは間違いなく化け物だ。


 リング上のお互いの攻防が続くがはやはり相手には届いていない。


 試合を見ている多くの者たちがようやくこの試合の異常さに気が付き始める。


「おい、あのリング状の二人の動きって左右逆だけど全く同じ動きじゃないか!」


「それだけじゃないぞ、お互いのパンチとパンチが全部ぶつかり合って相手にまで届いていない」


「偶然か?」


「偶然がこんなに続くか!」


「そんなの人間技じゃねえぞ!」


「どっちだ! どっちが仕掛けたんだ?」


「わからん!」


 リングの周りが騒がしくなってきた。三分さんぶ陣営は平然としている。


「柿田! インファイト! もぐりこんで、どんどん攻めろ!」


 革工のセコンドが柿田に声をかけている。


 柿田が目をすがめて顔で三分さんぶをにらみつけて言う。


「なんのマネだ!」


見様見真似みようみまねで、アンタのマネ!」


「ふざけんな!」


 柿田はやはりタフさに自信があるのか、打たれるのを覚悟で思い切り踏み込みインファイトを選ぶ。


 三分さんぶのボディめがけて3発、4発、5発と連打をぶち込む。何度もガツン、ガツンといった音がする。


「ようし、効いてる、効いてる! その調子! その調子!」


「柿田! いけ! やっちまえ!」


 革工の柿田陣営が大いに盛り上がる。


「あーあ、可哀そうに。あれ痛いんだよなぁ」


「気の毒ですよねえ」


 三分さんぶ陣営は、なんだかめた雰囲気だ。


 突然、柿田はラッシュをやめてステップバックで距離をとった。


「柿田どうした! あっ!」


 見れば、柿田の両腕が真っ赤に腫れている。


「テメエ!」


「肘は固いんだよ」


 三分さんぶは柿田のパンチをただ肘でブロックしたのではない。肘で腕を叩き落としたり腕の内側を肘でえぐるような位置に腕をつきだしたり、ディフェンスにみせかけて相手の腕を狙って攻撃を仕掛けていた。


三分さんぶ、50秒経過!」


 山本教諭が両手をメガホン代わりにして叫ぶ。


ととのいました!」


 今度は三分さんぶは両脇を締めたまま、ガードの位置を下げて、頭から相手に突っ込む。


「またマネか!」


 柿田が初めて三分さんぶの頭部に右フックを放った! 


 三分さんぶはダッキングでかわすと空振りした柿田の右腕の肘の辺りを、左フックで外から斜め上に向けてカチ上げた。


ガッ!


 柿田の身体はのけぞり、自分の腕で視界も覆われる。そこへ大きく踏み込んだ三分さんぶの右のショベルフックが柿田のみぞおちを突き上げる。


パーン!


 銃声のような、あるいは鞭のような、非情に乾いた音が響く。柿田の身体が一瞬固まったあと前のめりに沈んだ。


「ワン、……ツー、……スリー、……フォー、……ファイブ」


 レフリーがカウントを始める。柿田は起き上がろうと両手をリングについて四つん這いになる。


「まだいける、柿田! 立て! 立てるよ!」


「柿田! がんばれ!」


 革手工業高校のセコンドの檄が飛ぶ。


「……シックス、……セブン、……エイト……」


 柿田は片膝を立ててどうにかこうにか体を起こし立ち上がろうとする。


「もうちょっとだ。柿田! 立てえ!」


 だが、そこまでだった。


「……ナイン、……テン!」


 レフリーが両手を素早く交差させて試合終了を告げる。


カンカンカンカン!


 非情のゴングが打ち鳴らされた。


「1ラウンド1分10秒。青、大桑おおが高校、三分一(さんぶ・はじめ)君ののKO勝ちです」


 三分一(さんぶ・はじめ)はこれで2連続で1ラウンドKO勝利だ。








「先生、相手がタフで、つい1分超えちゃいました」


 大きな口を開けてはあはあとあえぎながら三分さんぶが戻ってきた。


「やっぱり1分10秒はキツイか? まだ余裕あるんか?」


「もうちょっと、1分20秒くらいなら行けそうです」


はじめ、タオル、タオル」


「ありがとう!」


「よし、きっちりクールダウンするぞ」


「オッス」








 三分さんぶたち様子を見ていた森小五郎は強烈な違和感を抱いた。


「あれだけ動いたのに、三分さんぶはまったく汗をかいていない。でもなんであんなに喘いでるんだ? 意味が分からん」


 森小五郎は明日、日曜日の新人戦決勝も三分さんぶを観察することに決めた。








つづく

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