第2話 何者?

「おおっ、小五郎気が付いたか!」


「岩手先生、俺、どうなったんですか?」


 病院に向かう救急車の中で井ノ口高校の森選手は意識を取り戻した。


「見事にやられたよ。KO負けだ。失神してたので、今、救急車で病院に向かっている。安全のためにCTだかMRIで脳の検査するぞ」


「そうですか。俺、自分が何をされたか覚えていないんすけど」


「左ジャブにかぶせるように、三分さんぶが右のカウンターを合わせたんだ。そしたら三分の右とお前の左がひと固まりになってお前のアゴを突き上げたんだ。よく見えていない人には、お前が自分で自分のアゴを殴ったように見えただろうな」


「先生、ソレ狙ってできるもんですか?」


「まさか。カウンター狙いがリーチが足りなくってお前の左の拳を巻き込んだだけだろう」


「でも、俺がやられる前、三分さんぶはリングでこんなこと言ってたんですよ。『ととのいました』って」


「おいおい。パンチでも最速のジャブを迎撃して、そのパンチごと顔面に叩き込むなんて意識してできるはずないだろう」


「でも・・・・・・」


「まぐれだよ、まぐれ。相手のカウンターがたまたま自分のパンチごとアゴに入った、ただのアンラッキーパンチだ。相手の三分さんぶ手数てかずも全然出ない、ど素人の一発屋だ。次アイツとやったらお前の圧勝だ!」


「そうっすよね」


 幸い、森小五郎選手は脳に異常は見られなかった。ただし、脳震盪には違いないので1泊の入院での要経過観察と、退院後も1週間ほどボクシングの練習は見合わせるように医師からは指示されたのだった。








 翌週の土曜日、高校ボクシング新人戦2回戦が行われていた。


「オウンゴール・ショット、狙って打てるって誰も思わないのかな」


 先週、見事なKO勝ちを飾った三分一(さんぶ・はじめ)だ。新人戦の試合会場の片隅で山本教諭や同級生の笹井祐介とゆるゆるとウォームアップしながら話をしている。


「見せたのがまだ1度だけだからね。相手の攻撃が相手自身に叩き込まれて自爆する、オウンゴールみたいなカウンターなんて誰も予想できないよ。元々一(はじめ)は未経験者だからノーマークだし」


 そう笹井が言えば、


「まあ、そうやろな。パンチそのものを狙うパンチがまずありえへん。ましてや相手のパンチをハッキングして自分のパンチと一緒くたに攻撃する技なんて誰も想定せえへん!」


 山本教諭も同意する。


「でも、こぶし一個分の間合いも縮まるし、相手がパンチを引く力も加算できるし、パンチを打った直後は意識が虚実の『きょ』で隙だらけだし、いいことずくめなんだけどね。なんでみんなやらないんだろう?」


「あんなんお前しかでけへんわ! いくら理屈聞いても、できる気ぃせえへん」


「一(はじめ)にはできても、一般人には無理なんだってば!」


「まあ、僕、運動神経はいいから!」


「運動神経がいいとかいうレベルとちゃうわ。せやけど三分さんぶはスタミナが下の下やからなあ」


「げっ。先生、僕はランニングやりませんからね! 先日の約束はきっちり守ってください! それに先生グラウンド10周まだやってないですよ!」


「わかっとるわい! グラウンド10周、1日1周の10日で10周の分割払いや! あ、1日おきがええなあ」


「「せこい!」」


「なんやと! 三分さんぶ、お前ランニングせんでええけど代わりにさしたる。スキップでオレについていや。スキップはランニングって言わへんからな」


「ずるい! 屁理屈だ! 大人ってこれだから!」


「たしかにそうだけど、先生もエゲツない」


「ボクシングにロードワークはつきものや」


「ロードワークでスキップしてるボクサーって不審者でしょ!」


「学校の周りをスキップしてる男子高校生ってだけでもイタイ絵柄だよねえ。可哀そう」


「なんならタンバリンも貸したろか?」


「要りません! わかりましたから、先生、オーバーワークだけは本当に勘弁してくださいよ。僕、死ぬかと思ったんですからね」


「わかっとる。オレも反省した。ちゃんと安全対策もバッチリやで」


「一(はじめ)の、本当に難儀だからね」


「仕方ない。僕は僕ができることで勝負だ!」


「エライ! よう言うた! せやけどオレも色々考えとるんやで。三分さんぶがせめて人並みの持久力になれへんかって」


「お父つぁん、それは言わない約束でしょう!」


「やめい! 誰がお前のお父つぁんやねん!」


「うちの母ちゃん狙いだったら、相当な覚悟いりますよ」


「アホウ! オレむっちゃ可愛い恋人がおんねんど! なにが悲しゅうてお前の母ちゃん口説かなあかんねん!」


「ちなみに、うちの父ちゃん拳銃チャカ持ってます」


「こわっ! お前の父ちゃん何者?」


「刑事です」


「なあんや。びっくりして損したわ」


「先生も三分さんぶもいつまで漫才やってるんですか。そろそろ2回戦の試合ですよ!」 


「よっしゃ、ほな行こか! 今日もアレでワンパンか?」


「手数を増やしてなんとか1分くらいがんばろうかと」


「ええで、何事も経験や! 楽しんでいや! ほな1ラウンド1分30秒までで決められんかったらタオル入れたるからな」


「オッス! 頼みます」


 三分一(さんぶ・はじめ)は意気揚々と2回戦のリングに向かった。










三分さんぶ、アイツいったい何者なんだ?」


 仲間の応援に来てたまたま三分さんぶたちの会話を耳にした森小五郎は、三分一(さんぶ・はじめ)という存在に大いに戸惑っていた。



次回、ライト級新人戦2回戦が始まる。



つづく

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