🥊スナイパー・三分一(さんぶ・はじめ)🥊

土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり)

第1話 ワンパン!

「新人戦ライト級一回戦第一試合。赤、大桑高校、三分一(さんぶ・はじめ)君。青、井ノ口高校、森小五郎君」


 場内アナウンスが流れる。


「よっしゃ、三分さんぶ行ってこい!」


 赤コーナーで山本教諭が自分の教え子に檄を入れる。


「一(はじめ)、本当にアレやるつもりか?」


 同級生の笹井が心配そうに言う。


「当たり前だ! いつやる? いまでしょ! 山本先生! 約束ですよ! 勝ったらこのままずっとランニング免除ってことで」


「わかっとる。せやけど負けたらしっかりランニングさせたる。とっとと負けてこい!」


「うわあ、最悪。どこの顧問が教え子に向かって『とっとと負けてこい』なんて言いますか!」


「ここにおるわ。賭けに負けたらの罰ゲームとはいえ、なんで顧問が教え子の代わりに走らんとあかんねん!」


「ダイエットになっていいじゃないですか」


「ええから、早う行かんかい!」


「がんばれよ!」


「おっす!」


 三分一(さんぶ・はじめ)は今年の高校入学後にボクシングを始めたばかりだ。今回の新人戦が初めての試合になる。繁華街で絡んできた不良を返り討ちにしたら補導されてしまった。停学になるところだったが、目撃していた山本教諭の証言のおかげで頭を丸めることと、山本が顧問をするボクシング部に入ることを条件に処罰を免れたのだった。ボクシングを始めて6か月。今回の新人戦が初めての公式試合だ。


「しっかしまあ、非行に走らんようにボクシングでエネルギー発散させたろうと思うて誘ったら、まさかあんな才能を持っとるとは思わへんかったわ」


「しかもアイツこれが公式戦初試合なのに、緊張のかけらもないですね。おまけにわざわざ予告ワンパンKOの縛りまでかけて。いい度胸してますね」


「ホンマの大物か、ホンマにどうしようもないアホのどちらかやろうな」


 リング上では三分さんぶは井ノ口高校の森とちょんとグローブを合わせて距離をとっている。


カーーーーーン!


 ゴングが鳴って試合が始まった。


 森はオーソドックスなスタイルだ。軽やかなステップで近づこうとした。が、立ち止まって思わず言葉が口からこぼれた。


「なんだ。そのふざけた構えは」


 三分は右手を低い位置で軽く伸ばしたサウスポーだ。だが、普通のサウスポーではない。まるでフェンシングでもするかのような極端な半身で前後にステップを踏んでいた。


「ブルース・リーだよ。知らないのか?」


「そうか」


 森はため息をついて思った。


(つまらんな。一回戦の三分さんぶはボクシング素人。ただの格闘技オタだ)


「さっさと終わらせよう」


「同感だ!」


シッ、シッ!


 森は積極的に連続した左ジャブを打ちながら前に出た。三分さんぶは時計回り気味のステップバックで余裕を持ってそれをかわす。だが、まだパンチは一発も出していない。


 三分さんぶがニッコリとほほ笑んで言った。


「整いました」


「なにがだ?」


 森は冷静に三分さんぶを追い詰めながらもう一度ジャブを打った。


シッ!


 次の瞬間、森は自分の目の前にいっぱいに三分さんぶの赤いグローブではなく、自分の青いグローブが見えた。


 試合を見ていた人には、森が自分の拳で自分の顔を殴ったように見えた。


 そして、森はそのまま両膝をつき、頭から前に崩れ落ちて動かなくなった。


あああああああああああ!


 会場から悲鳴が上がった。


「ストップ!」


 白いシャツのレフリーが両手を大きく何回も交差させてカウントも数えず直ちに試合を止めた。


「やった!」


「ホンマにやりよった!」


 三分一(さんぶ・はじめ)の1R25秒、KO勝利だ。


「やったな! 三分さんぶ! 初勝利おめでとう!」


「しかもホンマにアレでワンパンKOするなんてなあ」


 山本教諭と笹井がコーナーに戻ってきた三分さんぶを讃えると、彼はニヤリと笑って言った。


「オウンゴール・ショットでワンパンKO! 予告通りだったでしょう?」


「そうだよねえ」


「ランニングはずっと免除じゃ、この天才め!」


「いしししし! 先生グラウンド10周も忘れずにね」


「わかっとるわい!」


 これがのちに「スナイパー」「三分間最強の男」と呼ばれる伝説のボクサー、三分一(さんぶ・はじめ)が、いともたやすく初勝利・初KOを収めた初の公式試合であった。


つづく

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