第86話 ケルのお楽しみ
「な、なんなんだ、おまえらは!!」
バースは腰が抜けてしまっているのか、尻餅をついたまま脅える表情で俺たちを見ている。
しかし、それはバースだけではなく、ケインともモモ同じような表情を浮かべているようだった。
「な、なんでクソガキが、あんな高火力の魔法を使えるんだ。あっ、いや、クソガキじゃなくて、えっと」
「まって! 違うから、別にあんたたちに危害を加えようとか考えてたわけじゃないの! あ、あんたたち以外の乗客を少し痛めつけようと思っただけだから!」
ケインとモモは急に取り繕おうとしたが、慌て過ぎているのか上手く取り繕えていなかった。
ん? なんで、ゴブリンたちを追いやって恐れられるんだ?
称賛されるならまだしも、何か怖がられるようなことをした記憶はないんだけど。
俺は脅えている護衛組を見て、むむっと考える。
あっ、もしかして、最終ライン付近に広範囲の『火球』を使ったとき、自分たちが攻撃されるとでも思ったのだろうか?
あれはゴブリンたちをビビらせるためのものだったんだけど、まさかバースたちに力を誇示する形になるなんて思いもしなかった。
俺がちらっとバースを見ると、バースは体をビクンとさせる。
……うん。そんなつもりはなかったんだけど、効果はてきめんみたいだ。
「ほっ」
「え? てっ、うわっ!!」
ガンッ!
俺が粋がっていたバースの変わりようにクスッと笑っていると、ケルがとててっと走っていって尻餅をついているバースの上半身を地面に叩きつけた。
ケルにしては優しすぎる一撃。
バースは軽く頭を地面に打ったようで、頭を押さえながら体を起こそうとするがケルに押さえつけられて、中々体を起こせない。
「な、何しやがーーい、いたいっ! いててっ!!」
「何をする? 貴様が言ったのではないか、『弱いやつが強者に逆らって生きていけるわけない』と」
ケルはそう言うと、足でグッとバースの胸付近を押して、バースの胸骨をミシミシッと鳴らせる。
「貴様よりも我の方が強いのだ。つまり、我が貴様に何をしてもいいのだろう? んん?」
「ちがっ、や、やめっ、やめてください!! た、たすけっ、助けて!!」
ケルは尻尾をブンブンッと振りながら、バースの胸を強く押し続けた。
初めは抗おうとしていたバースだったが、ビクともしないどころか、さらに押し込まれるケルの力を前に情けない声を上げていた。
「……おい、見ろよ。バースのやつ、子犬に命乞いしているぞ」
「バースってただ粋がっていただけで、強くないんじゃね?」
「あの子犬、ただ遊んで欲しがってるだけだろ? なんで脅えてんの?」
バースの言葉を聞いて、馬車にいる乗客たちがバースを見下すように見始める。
『ただの子犬に命乞いをするなんて情けない』という言葉が馬車から多く漏れてきたし、馬車の乗客たちはケルが戦場に突っ込んでいった所を見逃していたのかもしれない。
……いや、さっきの戦いを見た後でも、ケルがヘッヘッヘッと子犬のような息遣いでバースを押し倒しいていれば、ケルが軽くじゃれているようにしか見えないのかもしれない。
バースは一瞬乗客たちに何かを言い返そうとしたが、ケルにさらに強く胸元を踏まれて命乞いの声を大きくしていた。
ケルはそんなバースの姿を見て、パァッとした笑みを浮かべる。
「フフッ。助けて欲しければ、馬車に乗る人たちに頭を下げるがいい。貴様が弱い人間の分際で粋がったことを謝罪するのだ」
「する! しますから! た、助けてくださいぃぃ!!」
バースの言葉を聞いたケルは、満足そうな表情を浮かべながらパッと足をバースから離す。
すると、バースは少し咳き込んだ後、馬車に向かって勢いよく土下座をした。
「お、俺は弱いくせに粋がりました! すみませんでした!!」
バースは土下座をした勢いに任せるようにそう言うと、ケルの方にちらっと見る。
意外だ。バースがこんなに簡単に人に頭を下げるなんて。
どうやら、プライドよりも自分の命の方が可愛い人間だったみたいだ。
確かに、あれだけオリバに尻尾を振っていた訳だし、プライドはそこまで高くなかったのかもしれない。
俺がそんなことを考えていると、ケルは少し考えてからぎゅむっと肉球をバースの顔に押し付けて顔面を軽く踏んでいた。
そして、ケルがちらっと他の護衛組を見ると、他の護衛組たちも同じように馬車の乗客たちに土下座をしていた。
「フフフッ、実に愚かな人間たちだ」
ケルは上機嫌そうにそう言って、尻尾を可愛らしく振る。
……ケル、いつになく顔がキラキラしてるなぁ。
こうして、俺たち対ゴブリンの群れの戦いは、ケルも大満足の結果に終わったのだった。
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