第72話 本番前

 それから、俺たちはバースたちと一緒に馬車に乗って、街行きの馬車との乗り換え地点まで向かうことになった。


 馬車の乗客たちはバースたちを警戒しているらしく、バースたちを睨んだり脅えるような目を向けている。


 ……とても護衛に向ける視線じゃないよね。


 そう考えながら、俺もバースたちが妙な動きをしないか注意していた。


 あれだけ大口を叩いていたのに何もしないなんてありえない。


「まだ何もしてこないね」


「そうですね。いつ頃仕掛けてくるのかハラハラしますよ」


 サラさんの言葉に頷きながら、俺は呆れるようにため息を漏らす。


 オリバの子分というくらいだから、プライドを傷つけられれば逆ギレしない方がおかしいのだ。


 ……恐喝を止めただけなのに、なんでこんなに警戒しなくてはならないのか。


 冷静に考えれば考えるほど、訳が分からなくなる。


 逆ギレにも限度があるよね、うん。


「なんだ? クソガキ、俺たちに何か用かよ?」


 俺がずっとバースたちを見ていると、バースは鼻で笑う。


「いや、別に何もないですけど」


「そうかい。それにしても、見事なくらいに敵視されちまってるな、俺らは」


 バースがそう言うと、護衛に当たっているパーティたちが余裕の笑みを浮かべる。


 いつものバースだったら、少し睨まれただけで生意気だと言って胸ぐらを掴むのに、今日のバースの心にはゆとりがあるように見えた。


 むしろ、今の俺たちの反応も楽しんでいるようにも見える。


「そう睨むなよ。そうだな……俺たちは何も手を出さないことを約束しよう」


「え?」


 予想もしなかったバースの言葉に、俺は思わず声を漏らす。


 そんな俺を鼻で笑ってから、バースは言葉を続ける。


「あれだけ俺たちがいる場所で騒いでりゃ、聞こえるっての。おまえら、あのガキに護衛を頼みたいんだろ? だったら、俺たちはなにもしねーよ」


 乗客たちもバースの言葉を意外に思ったようで、馬車の中がざわついた。


 あれだけ啖呵を切っていたのに、何もしてこない?


 乗客たちの顔が微かに明るくなったのを見て、ケインが噴き出す。


「そもそも、クソガキの下級パーティがこの馬車を護衛できるはずがないがな。魔物にやられてすぐに死ぬだろ」


 そんなケインの言葉に反論するように乗客たちが睨むと、ケインは俺たちを煽るように『すまない、すまない』と心のこもっていない謝罪をする。


 バースたちは乗客たちとケインのやり取りを見て、ニヤニヤと笑う。


 そして、そんなやり取りの中、バースはふと俺の目をじっと見て口を動かす。


「せいぜい死んでくれるなよ。……本番前にはな」


 距離が遠くて上手く聞き取れなかったが、不敵に緩む口元から何か良くないことを口にしていることは想像できた。


 やはり、この馬車の護衛は一筋縄ではいかないのだろう。


 俺はそう思って、気を引き締め直すのだった。

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