第66話 修行と人助け


 俺は後ろで深刻な話をしている二人の男の話に耳を傾ける。


「ケルビンが逃げたって、どうやったら逃げんるんだよ?」


 訳が分からないと言った様子の男の声を聞きながら、俺はふむと考える。


 ケルビンというのは、小型の鹿のような魔物だ。


 ケルビンの角は薬として使われたり、武器として使われたりと汎用性が高いので、一部の地域では家畜として飼われていたりする。


 きっと、後ろにいる男たちも家畜として飼っているケルビンが逃げたという話だろう。


 ただ、家畜として育てられたケルビンは大人しく、家畜に向いていると聞いたことがある。


 だから、ケルビンに逃げられたということに驚いているんだろう。


「柵が古びていたんだよ。一度様子見に来た業者が今度直してくれる約束だったのに、最近の馬車はバースが牛耳ってるだろ?」


 もう一人の男がため息まじりにそう言った。


「そういうことか。バースがいる馬車に乗ってここに二回も来たくはないか」


 男はもう一人の男に釣られるようにため息を漏らす。


 まさか、バースたちの被害がこんな所にも影響しているとは思わなかった。


 確かに、あんな大規模的な恐喝をしているような馬車に乗ってまでここに来ようとはしないか。


 ていうか、それって長引けば長引くほどこの地がどんどんすたれていくんじゃないかな?


 やっぱり、あのままバースたちを放置していくなんてできないよね。


「頼む! ケルビンを探すの手伝ってくれよ!」


 ケルビンに逃げられてしまった男は、もう一人の男に切実に願うような声色でそう言っていた。


「別に手伝うのは良いけど、俺たちだけでなんとかなるのかよ? 早くしないと、ケルビンなんて他の魔物に食べられちゃうぞ?」


「そうだよなぁ。なんとかできないかなぁ……」


いつの間にか、背後で繰り広げられている会話に聞き入っていた俺は、ふむと考える。


 ケルビンは足の速い魔物として有名で、捕まえるのは容易ではない。


 ……これって、魔物を捕まえる拘束魔法の修行にもってこいなのでは?


 うん、こんな機会はそうそうないかもしれない。


 そう思った俺は、正面に座るサラさんに意識を戻した。


「えっと、サラさん?」


 俺が話し始めようとすると、サラさん俺を見て微笑んでいる。


「逃げたケルビンの捕獲作業を手伝いたいんでしょ? ソータの様子を見ていれば簡単に想像つくよ」


 サラさんに言われて、そんなに分かりやすい反応をしてたかなと思って、俺は少し恥ずかしくなる。


「手伝ってもいいですかね?」


「いいんじゃないかな。ソータが放っておけない子だってことくらい分かっているつもりだよ。それに、ソータの修業にもなるんじゃないかな?」


 俺はサラさんの言葉に頷いてから、後ろでケルビンの話をしていた男達の方に振り向いた。


 すると、そこにいた男たちは俺が話しかけるよりも前に、俺のことをじっと見ていた。


「……手伝ってくれるって本当ですか?」


 男たちに獲物を狙う猫のような目で見られた俺は、少したじろぐ。


「は、はい。俺で良ければ、ですけど」


「ぜひお願いします!! 何卒! 何卒!!」


 男はそう言うと、俺の手をぎゅっと握って深く頭を下げてきた。


 どうやら、先程の獲物を狙う目は、困っている所を助けてくれる人を逃したくないという緊迫感からきたものだったらしい。


 俺はそんな男たちに笑みを浮かべてから、逃げたケルビンの詳細を聞くことになった。


そして、翌朝から男たちのケルビンの捕獲作業を手伝うことになったのだった。


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