第64話 新しい試み


「……なんか見に来たら凄い修行してるね」


 俺がケルの蹴った小石に魔法を当てる練習をしていると、様子を見に来たサラさんが目を細めて近くに来ていた。


「あっ、サラさん。お疲れ様です」


「なんというか、子犬が投げた物を人間が取りに行っているように見えるね」


「そ、そうですかね?」


 サラさんに複雑そうな表情をされてしまい、俺は頬を掻く。


 そういえば、サラさんに言われて気づいたけど、犬と遊ぶときにボールを取ってこさせる遊びと似ている気がする。


 でも、人間と子犬の立ち位置が逆なのに、ケルは楽しそうに尻尾をブンブンと振っている。


 うん、ケルは十分楽しんでくれているみたいだ。


 俺がそう考えていると、サラさんはそんな俺たちを見てフフッと笑みを浮かべる。


「それで、どうだい? 修行は順調かな?」


「はい。発射位置の移動はある程度掴めてきました。あとは、他にも色々と試せたらなとは思いますけど」


「他にも試す? ああ、魔導書に載っているやつだね?」


 俺が魔導書をパラパラとめくると、サラさんがひょこっと覗いてきた。


 しかし、サラさんは難しそうな顔をした後にすぐに魔導書から目を逸らした。


 そういえば、前も同じ感じの反応だった気がする。


もしかして、サラさんって魔法がどうとかじゃなくて、難しそうな本とかを読むことが苦手なのかな?


 そんな事を考えながら、俺はぺらぺらと魔導書をめくっていた手を特定の箇所で止める。


「すぐできる奴だと魔法の圧縮率を変える方法ですかね」


「圧縮率?」


「はい。同じ量の水でも霧吹き状にするか直線状にするかで威力が変わりますよね。それを魔法でもやる方法があるらしくて」


 前に初めて『火球』を撃ったとき、『火球』を圧縮できなくて困ったことがあったけど、多分考え方が良くなかったのだ。


 俺は魔導書を一旦サラさんに渡して、両方の手のひらを地面に置いた。


「試しに、『火球』を三つ重ねてやってみましょう」


 俺は魔法を重ねて発動するイメージを強めて、その魔法の発射位置を地面を通じて移動させてみた。


 そして、追加で魔法の発射口を絞るイメージをする。


 やっぱり、魔導書に目を通した後だとイメージのしやすさがまるで違う。それに、前は根本的な原理も違っていたみたいだしね。


 うん、今ならいける気がする。


「『火球』」


 ……あれ? でも、これって魔法の重ねがけと発射位置の移動、それと魔法の圧縮率を変えるってことをいっぺんにやってる?


 初めてやるのに色々と一気にやり過ぎている気がする。


 すると、そんな考えを置き去りにして、イメージをした距離にある地面から炎が爆発したように飛び出てきた。


 ハイリザードに撃ったときよりも炎の幅は狭いが、その分勢いと熱がある気がする。


 しかし、問題が何もないわけではなく……


「す、すごい斜めになったね」


「これは制御が中々難しそうです」


 圧縮したときに勢いがついてしまったせいか、思い描いた角度とは異なる角度で炎が飛び出てしまった。


 どうやら、やることが増えると制御が難しくなるみたいだ。


「ソータよ、次の小石を投げるか?」


 俺が制御の難しさに生唾を呑み込む中、ケルはキラキラとした目で俺を見上げていた。


 ヘッヘッヘッと子犬のような息づかいをされると、新たな課題を前にしても不思議と笑みが零れてしまう。


「うん、もう少ししたらお願いするかも」


 ケルを待たせないようにするためにも頑張らないとね。


 そんなことを考えながら、俺は魔法の制御に苦戦しながら修行に励むのだった。

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