第54話 愚か者の観察
「ソータ、もう少しだけ愚かな人間を観察しよう」
ケルはヘッヘッヘッと可愛らしい子犬のような息遣いをしながら、俺を見上げる。
キラキラっとした目で見つめられると、ケルの願いを無下にもできなくなる。
「それじゃあ、もう少しだけね」
ケルは俺の返答を聞いて、ニパッと笑うと嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振り出した。
……なんか、前にオリバたちを前にしたときと似ている反応だ。
もしかしたら、ケルは愚かな人間が転落する様が好きなのかもしれない。
そう考えながら、バースたちが何を起こしてもいいように準備だけはしておこうと思って、サラさんに目配せをしておいた。
俺たちのやりとりを隣で見ていたサラさんは、小さく笑みを浮かべてからこくんと頷く。
バースたちの方に視線を戻すと、バースたちは相変わらずのニヤッとした笑みを浮かべていた。
「おまえたちが俺たちに守って欲しければ、それなりの対価を寄こすしかねーんだよ。分かったか、この雑魚共が」
バースは吐き捨てるようにそう言ってから、ピッと声を上げたお爺さんと冒険者の男を指さす。
「それじゃあ、初めは俺に楯突いたじーさんと、そこの若いのだ。俺たちが満足するチップを寄こしな」
バースに言われて、二人は渋々といった感じでバースのもとに向かう。
二人が無言のまま財布を開いていると、バースは思い出したような声を出す。
「おっと、重要なことを言っておくぞ。おまえら、あとで冒険者ギルドにでもチクったら、許さねーからな。ちゃんと、御者から名簿はもらってんだ」
バースは乗客を見渡しながらそう言うと、勝ち誇った笑みを浮かべる。
なんで御者がバースの暴挙を許しているのかと思ったが、バースの口ぶりからするに御者とも繋がりがあるみたいだ。
脅したのか、賄賂を渡しているのか分からないが、中々面倒くさいことになっていそうだ。
「ねぇ、ソータ。これって、本当に誰もチクらないと思うかい?」
「多分、バースの後ろにはオリバが付いているから、今まではオリバを恐れて誰も言わなかったんだと思います」
オリバたちのパーティはS級で素行が悪いことで有名だった。
怒らせたら何をしでかすか分からないようなS級パーティって、結構恐怖だと思う。
お金で解決できるのなら、お金で済ませようと思う人も多いだろし、冒険者ギルドに報告をする人もいないのかもしれない。
……でも、今はオリバって檻の中にいるんだよね。
多分、俺たちが何もしなくても、早かれ遅かれ冒険者ギルドにこのことはバレるだろう。
バースの後ろにオリバがいないというだけで、バースを必要以上に恐れる人もいないだろうし。
そんなことも知らないバースは、二人に渡されたチップの額を見て満足げに笑みを浮かべているみたいだ。
「よしよしっ、悪くない額だ。分かってんじゃんかよ。ほら、他の奴らも座ってないで早くチップ持ってこい。そうしないと、魔物に襲われて死んじまうぞ」
バースの言葉を受けて、他の乗客たちは顔を見合わせてから渋々席を立ち上がって、バースの元に向かう。
バースはその様子を見て満足げに頷いてから、俺と目が合うと今度は俺を指さす。
「おい、クソガキ! おまえは大して金持ってねーだろうから、有り金全部で許してやる。早く持って来いよ」
そのバースの声を聞いて、ケルは俺の膝から下りてこくんと頷く。
「ソータ、もういいぞ。十分に上げたから、後は落としたい」
ヘッヘッヘッと子犬のような息遣いをしながら、俺を見上げるケルを見て、俺は小さく笑う。
「分かったよ。じゃあ、そろそろ行こうか」
「ほら、早く来いってクソガキ」
ケルに言ったはずの言葉を自分に言われたと思ったのか、バースは俺を手招きする。
俺はバースの反応に首を傾げたてから、首を横に振る。
「いや、俺はチップなんてあげないよ」
「そうだよね。私たちが魔物を倒せばいいだけだしね」
俺の言葉を聞いて、サラさんも待っていましたというような笑みを浮かべて立ち上がる。
「あぁ?」
俺たちが笑い合う姿を見て、バースは怪訝な顔をしていた。
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