第11話 要求の理由

「そ、そうは言っても、婚約を破棄されては困るのだから仕方がないではないか!だって…父上に言われたのだ!」


皇帝陛下に…?


オスカル殿下は話を続ける。


「シェルシェーレに後宮の経理と整備の統括を任せるつもりだったのに、これではその予定が狂うと!」


後宮というのは、端的に言えば皇帝の夫人達が住まう場所だ。そして皇帝陛下以外の男性は入ることが許されていない。


だから夫人達の世話を始め、経理や整備の仕事も女性が行わなければいけない。


でも皇帝陛下以外にも例外的に入れる男性もいたはずだけど…?


「それなら、宦官かんがんを雇えばいいのではないですか?今までそうしてきたのでしょう?」


宦官というのは、後宮に出入り可能で侍女ができない仕事を行う男性達の総称だ。なんで後宮に入れるかと言えば……彼らは男性にあって女性にない"アレ"を取られるから。その辺のことはよく分からないけどそれでもすごく可哀想に思う。


「な…!もうあんなおぞましいことをさせてたまるか!大体、宦官制度は7年前に廃止されたではないか!」


あれ、提案した私が変な人みたいになっちゃった。オスカル殿下って基本アホなのにところどころ常識的なところがあるんだよな。


「あら、そういえばそうでしたね。失念していました。それなら女性で適当に引っ張ってこられないのですか?」

「そういう訳にもいかんのだ…貴族で金の勘定やしっかりした書類の作成ができる女性などまずいないし、平民はそもそも男女問わず後宮に入れないからな…」


うーんやっぱりそうなるか…


帝国は大陸一の大国の割に教育分野の発展がかなり遅れている。平民の識字率は半分もないし、特に農村部だとお金が数えられなくて物々交換している人たちも少なくない。学校は平民はまず行けなくて、行けるのは貴族と金持ち商人の息子くらいだ。


それでも貴族の男子に限って言えば学校はまず行けるし、親も積極的に勉強させるのでなんだかんだ教養のある人が多い。アホっぽいオスカル殿下ですら単純な知識量でいえば平民とは天と地の差だ。


一方貴族でも女性の教育は酷いもので、極一部の主に平民向けの個人経営の塾を除いて女性が通える教育機関は存在しない。さすがに読み書きはできないと婚約者や旦那さんに手紙も書けないから家庭教師をつけて覚えさせるけど、この国には"女に知識を身につけさせるなんて時間の無駄だ"という考えが染み付いているのでそれ以上はまず学べないし学ばない。


女性がそれ以上学ぶには、前提として親が勉強することを推奨するか黙認してくれればだけど、家庭教師を改めてつけてもらうか、王国に留学するか、自分で本を読んで独学で学ぶかしかない。


王国というのはアンベシル帝国の隣にあるリアムール王国のことで、帝国に次ぐ大国だ。


帝国と王国は"武の帝国、文の王国"と言われ、帝国は軍事力が高いのに対し王国は教育や生活水準、工業の発展が進んでいる。王国は女性の教育も素質があれば積極的におこなっていて、好成績を維持出来れば帝国の女性も受け入れてくれる。ちなみにこの言葉を皮肉って"アホの帝国、雑魚の王国"なんて言い方もあるけど、それはまた別の話。


勉強の話に戻すと、私の場合は基本全て独学だ。お父様は本を買いたいと言ったらすぐにお金をくれたので、特に問題なく色々と学ぶことが出来た。なんならお父様のほうから"そんなに勉強したいのなら家庭教師を付けようか"と言ってくれたけど、特に独学で困ったことも無いので断ってしまった。


そんなこんなで、実は私クラスで知識や学力のある同年代の女性は国内に何人もいない。まあ知識と引き換えに貴族や帝国人としての常識を色々と学び損ねた感はあるけど、それはそれだ。


「うう……」


オスカル殿下の方を見ると、怒られた子犬のように不安そうにしている。うーん、どうしようか。

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