第7話
春樹を連れて学習センターに行くと、やはり宇津木さんは以前と同じ席に座っていた。
運命だ、と一瞬だけ思ったが、よく考えてみれば向こうもテスト期間だと言っていたからここに来るのもごく自然だろう。
「なあ、言ってたのってアレか?」
隣の春樹が指さしたのは、奥の席に居た金髪のギャルっぽい女子高生だった。あの制服は確か隣の商業高校の制服のハズだ。
「んなわけないだろ。あっちだよ、あっち」
俺はそう言って宇津木さんの方を指さした。
「は? え、いや、あんな清楚っぽい子が? マジかよ」
「だから言ったろ。ビッチなんかじゃないって」
春樹は面食らったような表情をして、たじろいだ。
話の印象で外見を決めつけるのはよくない。あの金髪ギャルの子にだって失礼だ。
「はぇー、お前よくあんな子家に連れ込めたな。超絶ガード硬そうなのに」
「そうだな……」
確かにガード硬そうだけど、意外と押しに弱かったり、抜けてるところがあったり可愛いんだよな。そこがいいというか。
いやでもそういう所を他の男に付け込まれてしまったら簡単にソイツの手に渡ってしまうのでは? チョロいと言ったら失礼だけど、結構隙だらけな彼女のことだ。俺以外に同じようなことをされたら簡単に靡いてしまう気もする。俺がチキンで手を出してないだけで、性欲旺盛な男子が昨日のようなシチュエーションになったら、間違いなく宇津木さんは食べられてしまうだろう。性的な意味で。
「ん? どうしたよ、青い顔して」
想像したら気分が悪くなってきたぞ……。よそう、こんな妄想は。
「いや、なんでもない」
俺はそう言って宇津木さんの元へと歩いていった。8時間ぶりくらいの再開に、俺はもうスキップせんばかりに浮かれていた。
「宇津木さんっ」
少しばかり上擦った声で呼びかける。彼女はイヤホンをしていて聞こえていないのか、無反応だった。
「宇津木さん」
今度は肩を叩きながら言う。すると宇津木さんは驚いたのか肩を跳ねさせながらこちらに振り向いた。
「あっ、早乙女さんっ!」
宇津木さんの顔が驚愕から喜色へと瞬時に変わる。満面の笑顔を咲かせた彼女はさながらひまわりのようで眩しいほどに美しかった。
席を立ちあがった宇津木さんはパタパタとこちらに駆け寄ってきた。
「今日も勉強ですかっ」
「ええ、テスト前なんで」
そんな風に俺たちが会話を交わしていると、隣にいた春樹がポカンと口を開けて、俺の脇腹を肘でつついてきた。
「なんだよ」
「お前、マジか」
「は?」
春樹に袖を掴まれて部屋の端の方へ移動させられる。そして春樹は声を潜めて、宇津木さんには聞こえないような音量で言った。
「お前、あんな美少女どうやって捕まえたんだよ……! ってかあれ、輝城高校の制服だろ。お嬢様じゃんか!」
「どうやってって言われてもなあ……」
むしろこっちが聞きたいくらいだ。まあ一つ言えるとしたら、無理にでも泊まらせてよかったな、と。
「完全に理解した。ありゃビッチじゃなくてただの世間知らずのお嬢様だわ。おいお前うかうかしてるとすぐほかの男にとられちゃうぞ」
「……やっぱそうだよなぁ」
やはり春樹も俺と同じような印象を抱いたようで、口角泡を飛ばして俺に詰め寄った。
俺たちは宇津木さんのもとに戻った。
「ええと、お友達ですか?」
「ああ、こいつは――」
宇津木さんに聞かれて、俺が春樹を紹介しようとすると、春樹は俺たちの間に割って入ってきた。
「自分小島春樹と申します。いやぁ、昨日はウチの月時が世話になったみたいで! ははは!」
テンションの高い春樹に宇津木さんは引き気味で、顔を引きつらせて俺に助けを求めるような視線を送っていた。
「あ、あの、えっと……」
「ほら、宇津木さんも困ってるだろ。俺たちは向こう行こうぜ。それじゃ」
「あ、え……」
俺が春樹の腕を引っ張って向こうの開いている席に連れて行こうとすると、後ろから宇津木さんの控えめな声が聞こえてきた。
「あの、よかったら隣どうですか? ちょうど二席空いてますし……」
宇津木さんはその隣の空いている二席を指さして言った。
「よろこんで!」
テンション高いままに春樹が遠慮なく座って、俺も二人の間の席に腰かけた。
カリカリとノートをシャーペンが引っ掻く音が聞こえる。隣を見れば宇津木さんはイヤフォンを着けて集中している。その真剣なまなざしに吸い込まれてしまいそうで、俺はいかんいかんと頭を振って目の前の課題に集中する。
「あ、電車の時間だわ。じゃあな」
集中し始めたのも束の間、春樹がそう言って立ち上がった。春樹はさっさと荷物をまとめると、俺の肩にポンと手を置いて、頑張れよ、とでも言わんばかりにサムズアップしながら爽やかな笑みを浮かべて去っていった。
宇津木さんは集中しているからか、春樹がいなくなったことに気づいていないようだ。
気を使って二人きりにしてくれた。まあ、故郷の場だから、完全な二人きりというわけじゃないが。しかし、二人きりになったと言っても何か俺が積極的なアプローチをとれるようになるわけでもない。むしろ春樹がいてくれたほうが、ノリと勢い任せにアプローチできたんじゃないかとすら思う。
そんな風にうだうだ考えながらあまり課題も進まないでいると、あっという間に学習センターの閉館の時間になってしまった。
「あ、もうこんな時間……」
イヤフォンを外した宇津木さんが呟いた。
「あっという間ですね」
そう微笑む宇津木さんに俺は釘付けになった。本当にあっという間だ。特に喋りもせずに時間だけを浪費してしまった。宇津木さんが隣に居るせいでロクに集中もできなかったし。
別れたくないなぁ、なんて思いながらも、帰り支度をする宇津木さんを眺める。
「昨日はありがとうございました」
「いえいえ」
荷物をまとめて外に出た俺たちは、並んで歩きながら雑談をしていた。
「丸一日のぶりの家です」
クスクスと笑って言う宇津木さん。そうか、俺の家に泊まってそのまま学校に行ったから、今日はまだ家に帰ってないのか。
そのことに、彼女を独占しているような気分になって少し満たされるような気がした。
「親御さん、怒ってませんでしたか?」
「はい、今日連絡した時はあんまり。一応女の子の家ってことになってるんで」
いたずらっぽく笑う宇津木さん。
「あの、良ければ連絡先交換してもらえませんか?」
宇津木さんは制服のポケットからスマホを取り出してそう言った。
「えっ……」
急に言われて戸惑う俺。ああ、だせェな、こんなんで戸惑うなんて。もっとスマートに振る舞えればいいのに。
俺はポケットから慌ててスマホを取り出して、QRコードを表示させた。
「また行きたくなったら連絡します」
笑う宇津木さん。
「え……?」
行きたくなったらって、うちに?
「私、思ったんです」
宇津木さんが言う。ペコンと鳴るスマホ。見ると宇津木さんからスタンプが送られてきていた。俺は宇津木さんのアカウントを追加して、ついでにお気に入りにも登録しておく。
「もしかしたら、早乙女さんのことが好きなのかもって」
新しい友達の欄に宇津木さんがいることを確認して、ニヤつきそうになるのを堪えていると、予想外の言葉が耳に飛び込んできた。
「は……? え、は?」
「だから、お付き合いを前提に、また遊びに行ってもいいですか?」
宇津木さんは顔を真っ赤にさせて言った。俺の顔も大概に真っ赤だったと思う。
俺は喉がカラカラになるのを感じながら、乾いてくっついた喉を無理矢理開いて、かすれた声で言う。
「よ、よろこんで……」
「それじゃ、また連絡しますね。電車来ちゃう」
そう言って振り返って歩いていく宇津木さんの髪からは、ふわりとシャンプーの匂いがした。嗅ぎなれた匂いだった。
春霖と君 雨田キヨマサ @fpeta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます