第十九話 ラストパフォーマンスの前に

ネーシャとの練習を終え、このコンサートが終わった二日後に村から出ることを、俺が関わった人に伝えに行った。アルデンさんも馬車に乗ることを了承してくれ、リリモさんも夜のために俺のスーツやら色々を洗濯してくれるそうだ。それに追加して、俺に合った装飾も施してくれるらしい。


コンサート開始の一時間前には望郷の高台で待っていてくれと言われたので、それに合わせて俺は精神を統一をしたり、バイオリンの手入れをしたりして準備した。


それだけで長い空き時間が埋まるわけもなく、今までのお礼の意味を込めて、アルデンさんの商店の手伝いをしたり、リリモさんの工房の手伝いをした。正直言ってあまり上手くいかなくて、簡単な仕事だけさせてもらった。二人は助かったと言っていたが、かえって迷惑だった気もして申し訳なく思う。


そんなことをしているうちにもうコンサートの約一時間前となったので、ネーシャと合流し、一緒に望郷の高台へと向かう。場所は村の裏側にある山の上、前ネーシャと一緒に演奏した湖の更に上だ。


~~


「よし、着いた! ここが『望郷の高楼』、村を一望できて星も見える人気スポットだよ。」


その高楼はとても立派で、中には螺旋階段があり、上は大きく広がっている。なんと形容すべきか分からないが、太い柱の上に大きな皿が乗っているようなイメージだ。


早速階段を上り、頂上に行くと、そこには息を呑むほどの景色が広がっていた。村の明かりが夜を照らしだし、木々や湖、川が月の光に反射している。


綺麗な装飾がなされたステージに、椅子や机がたくさん置いてあり、村の人たちのコンサートに対する心意気の大きさが伺える。


「お、二人とも来たね! 待ちくたびれたよ、さあこっちに来な!」


俺がその見晴らしに見惚れていると、リリモさんがこちらを呼ぶ声が聞こえた。


「あっリリモさん! もう着いてたんだね」


ネーシャがそう反応し、二人でリリモさんについていく。屋上の端まで来たところで、軽い更衣室のような、仕切りが見える。俺はまだスーツを貰っていないから、ここで着替えるためのものだろう。


そんなことを考えていると、リリモさんがニコニコしながら仕切りの後ろから何かを取り出し見せつけてきた。


「ふふふっ……二人にプレゼントだよ!」


「これは…ドレス!? えええええ リリモさん私にドレスを作ってくれたの!?」


片手には、華々しくありながら清純さを感じさせる、鮮やかなピンク色のドレス。もう一方の手には、綺麗になり、藤のピンが胸元のポケットについた、俺のスーツがあった。


「すごいな……」


そう思わず口から出てしまうほど美しかった。ドレスは、ピンク色の髪をしているネーシャに合いそうな可憐さで、スーツも以前とは見違えるほど綺麗になっていて、藤の紫色が良いアクセントになっている。


ピンクと紫、ネーシャと俺のイメージカラーとでも言うのだろうか、でも、確かに俺たちに合っている気がする。ピンクは言わずもがなネーシャの髪の色。紫は、バイオリンにかける情熱の赤と……青は……。


……そう考えているうちに、もうネーシャは着替え終わったようで、仕切りからひょこっと顔を覗かせている。


「トオル! リリモさん! 着替え終わったよ!見て見て!」


「……っ!?」


ふわっとしたドレスをひらつかせながら現れたネーシャは、まるでピンク色の花が舞っているような、そう錯覚してしまうほどに美しく、目を引かれてしまった。


「キャー! 可愛いよネーシャちゃん!」


「ありがとー! って、トオル大丈夫? 私の可愛さに見惚れちゃった?」


「……ん? あ、ああ、大丈夫だ、とても似合ってるよネーシャ」


「トオルも早く着なよ! 私が丹精込めて作った藤のピンもつけてね!」


「そ、そうだな……着てみよう」


俺は更衣室に行き、スーツを着る。おっ、洗濯されているから清涼感があるな、石鹸のいい匂いもする。そしてこのピン……藤について詳しいわけじゃないが、儚げでいい花だな、色も俺好みだ。


「いいねトオル! すごい似合ってるよ!」


「あ、ありがとう……」


コンサートで歓声が送られたり、一緒に演奏をした人から腕を褒められることはあるが、真っ向から容姿を褒められたことはあまりないから照れくさいな。


「二人ともよく似合ってるよ! 今夜は頑張ってね、トオルは二日後にはこの村から出ていくから、ラストの演奏だからねぇ」


「えっ……」


ネーシャは「そんなこと初めて聞いた!」といった顔で、目を丸くして驚いた。確かにまだネーシャには伝えていなかったな、この際だし今話しておこう。


「そうだ、俺は二日後の朝、アルデンのさんの馬車に乗ってソングリットに行く予定なんだ。黙っていたわけではないが、言う機会もなくてな。」


「そ、そそそそうなんだ! じゃあこれがラストパフォーマンスだね。が、頑張ろう!」


「ああ、頑張ろう」


「じゃ、じゃあ、早速最後のミーティングと行きましょうか!?」


「なんでいきなり敬語……?」


焦ってるな、もう公演前だから緊張しているんだろう。人も着々と増えてきて、食べ物や飲み物も運ばれてくる。


それから、練習の振り返りや衣装直しをしていると、あっという間に開演5分前になってしまった。


「ふぅー……そろそろ本番だな、ネーシャ」


「そ、そそそそそそうだね!!!」


「緊張しすぎだ……そんな時は何かルーティーンがあればいいな、例えば、俺は襟を触ると緊張がほぐれる。ネーシャはそうだな、ポニーテールを結び直してみたらどうだ?」


「や、やってみる……」


ネーシャはゴムを外し、口にくわえて、髪を一つにまとめ再度ゴムをつける。ドレス姿と、その長い髪も相まってかなり様になっている。


「……んしょ。うん、結構気が引き締まった感じがする!」


「それは良かった」


「トオル! ネーシャ! そろそろ出番だぞ、準備しろ!」


おっと……もうアルデンさんに呼ばれたし出番か、気張っていこう。そう思い、襟を整えて気持ちを落ち着ける。……あれ、ネーシャがまだ不安そうな顔をしているな、大丈夫だろうか。


「ネーシャ、大丈夫か? まだ緊張するか?」


「い、いや、緊張はだいぶ収まって来たんだけど……今までずっと人を感動させられなかったし、昔のことを思うと不安になってきて……」


なるほどな……でも、湖の時での音を聴いた時、とても高い技術を持っていると感じたし、人を感動させられないような演奏とは思えなかった。じゃあ、やはりあれか……。


「俺が演奏をする上で一番大事にしていることを教える」


「せ、先生……それはなんですか?」


「それは……『人に届ける』気持ちだ」


「人に……届ける?」


「ああ……そうだ。この音を聴かせる、心を届ける、感情を伝える、それを一番に考えるんだ。


今までネーシャはあまり人を感動させられないと言っていた。それはおそらく、上手に弾こうとか、どうせダメだという思いが強くて、この気持ちが足りてなかったんだと思う。


大丈夫、お前は出来る。人を感動させられる、人を動かすことができる。だから自信を持て、ネーシャ」


……ぽかんとした顔を浮かべるネーシャ、もしかして何か悪いことを言ってしまったか……?


「あ……ありがとう! 私頑張ってみる!」


パっと明るい顔になり、いつもの高い声でそう言った……良かった、自信が湧いたみたいだ。……けど、高い声の中に暗い部分が混じっている、まだ不安は完全に拭えてるわけじゃないみたいだ。……まあ、ここまで気分を高められたなら言って良かったか。


「よし、時間だ。行ってきな、二人とも!」


アルデンさんとリリモさんにバンっと背中を叩かれる。……自然と力が湧いてくるな、二人の力強さには。


「その意気だネーシャ……じゃあ、いくぞ」


「うん、任せてよ!」


そう二人でグーを合わせて言うと、いよいよラストパフォーマンスが始まろうとしていた……

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