第十六話 《メモライズ》

「ネーシャのスキルは、ユニークスキル《メモライズ》だ……」


「め、《メモライズ》……?! 私にもスキルがあったんだ! 聞いたこともないスキルだけど、嬉しい……!」


目を丸くして驚いているライムの一方で、心から嬉しそうな顔で、ニヤける顔を隠すように喜ぶネーシャ。


「良かったな……! ネーシャ!」


俺は思わずネーシャの手を取って強く握りしめ、祝福を送った。彼女の境遇を知っていたからこそ、この事実は俺にとっても嬉しくなる出来事だった。


「あ、ありがとうトオル……!」


こんな行動をすると思わなかったのか、少し驚いた様子で言葉を返すが、その顔は疑いようもなく幸せに満ちていた。


「お、おめでとうネーシャちゃん、オレの読み通りスキルが発現していたみたいだ。だけど、《メモライズ》なんてスキル、オレも聞いたことがないんだ。この教会にはあらゆるスキルが載っている本があるが、その中にもなかった。そりゃあユニークスキルだからすげぇスキルなんだろうけどよ……」


「うーん、スキルがあるのは嬉しいけど、使い方も何が出来るのかも分からないのかぁ……」


「単純に訳せば『記憶する』や『暗記する』だけど、分からないな……記憶力が良くなるとか、映像記憶みたいに一瞬で記憶できるとか、そんなことなんだろうか。」


全員が困ったような顔をしていて悩んでいるところで、ネーシャに声をかけた。


「そうだ、普通スキルはどうやって使うんだ?」


「ええっと、例えば〈オブジェクト・ムーブ〉なら動かしたいものに対して『動け』もしくは『オブジェクト・ムーブ』って念じたり、唱えれば動くよ。」


「あ、オレの役割取られた! まあその説明で合ってるけどよ!」


なるほどな……念じるか唱えるのか、スキルの内容が分からないのに『動け』なんて詳しい命令はできないな。ライムはもう普段の調子を取り戻しておちゃらけている。


「じゃあ、とりあえず『メモライズ』って念じてみて試してみるか?」


「お、それいーね! やってみようぜネーシャちゃん!」


「分かった、やってみる……」


名前からしてそうは思えないが、何か危害を加えるものだと危ないから一旦教会の外に出て、柵の方を向いて構える。


「め、《メモライズ》!」


……そう唱えるも、何も起きず静寂がこの場を包む。


「何も起きないな……でも、気にしなくていいからな、ネーシャ。まだ色々方法はある。」


そんなもんだよな! 他にもいろんなコトしてみようぜ!」


「そうだね、色々やってみよう!」


それから何度も試した。物や人に対して言ってみたり、数字を何ケタ覚えられるか試してみたりしたが、いずれも何も起きず時間だけが過ぎ去っていく。


~~


「くっそ~これもダメか!」


2時間ほど経って、もう万策尽きたといった感じだ。今は教会に戻ってきているが、ライムももうやる気をなくして床でジタバタしているし、ネーシャも疲れてかなり口数が減っている。


「うーん、もう大丈夫だよ。二人ともありがとね、私のスキルのためにこんなに付き合ってくれて。」


「俺は全然大丈夫だ、気にしないでくれ。」


「つかれた~! もう寝る~!」


配慮ってものはないのか……まあ、これはこれでライムらしいとも言えるが。


「そういえば、ネーシャのスキルはなんで発現したんだ?」


「確かに……スキル自体のことで盛り上がってたけど、そこは置いてけぼりだったね。」


すっかり頭から抜けていたが、スキルの発現理由がこのスキルのことを解くカギかもしれない。そう考え皆で考えてみることにした。


「普通スキルが発現するときはその人に大きな変化があった時とか、スキルに関係する行動をしたときだ! ネーシャちゃん、最近何かなかったか?」


「トオルのステージ聴いたり、トオルと一緒にバイオリン演奏したり、トオルと一緒にベッドで……」


そこまで言ったところで顔を赤くして口をつぐんだ。ちょっと口が滑りすぎたな……というか、だいぶ丸くなってないか……? 口調も柔らかくなって素直になってるし、俺に嫌悪感を示すこともなくなったしな。


「ふ~~~ん、じゃあトオルがスキル発現に深く関わってるってことね、なるほどなるほど。」


顔をニヤニヤさせながら、俺にチラチラ視線を飛ばしてくる。そんな顔でこっちを見るな! 俺はライムに視線は合わせなかった。


「でも、トオルが関わってると分かっても、これからどうしたらいいのかわかんないよ」


ただ、俺が関わっただけで発現するならば、別の人との関わりだけでも発現するはずだ。だが、俺だけに出来る「心揺さぶる演奏」がきっかけならあり得るだろう。


「どちらかというと演奏が関係してるんじゃないか? バイオリンという個性を失くしたら俺自身はただの一般人だから、俺以外の人で既にスキルが発現していると思うが、逆に言えばその個性だけは他の人に無い。」


「確かに、私が色々変わったのはトオルの音楽がきっかけ……」


「ネーシャちゃん最近顔が明るくなって自分に自信を持つような表情が多くなったよねぇ、やっぱりトオルはすごいなぁ。まあ、それはともかくトオルの言う通り演奏が関係あるっぽいね。なら一回演奏してみるってのはどうかな? 演奏中に《メモライズ》って唱えたら何か起こるかもしれないよ。」


棒読みだな……ネーシャが変わったくだりは本心なのだろうが、トオルすごいの部分は感情が欠片もこもってなかったぞ。


「まあ、演奏してみるってのはいい案だと思う、さっそくやってみよう。」


「うん、やってみよう!」


そう思い立ってバイオリンを持った矢先、教会の扉が開き大きい影が顔を覗かせる


「トオルとネーシャいるかあ!? ……お、いたいた、伝えたいことがあってな。明日の夜、お前ら二人のコンサートをすることになった! 場所は『望郷の高台』だ。準備しておけよ! それから、リリモが今日の夕飯のこと聞きたがってたぞ!」


そう言うと、そそくさとこの場から立ち去ってしまった、嵐のような人だな。それにしてもコンサートか……また二人で音を奏でたいと思っていたから、協演出来るのはとても嬉しい。基本はホールでの演奏だから、高台で行うというのも新鮮で楽しそうだ。


「おっ二人のコンサートか! そりゃあいいね、バッチシ楽しみにしてるぜ!」


「ネーシャ良かったな、一緒にコンサートだ……ぞ……」


「……」


ネーシャは口をパクパクさせて、一言も喋らずに立ち尽くしていた。驚いた時は毎回こうなるんだな……


「ネーシャ、大丈夫か?」


顔の前で手を振ってこっちの世界に戻そうと試みる。するとネーシャは「!」と意識が戻ったようで、その途端顔が戻るかと思ったが、ずっと驚いた顔のままだ。


「こ、こここここコンサート!? 私が!? 嘘でしょ、もう皆私の演奏なんて飽きたと思ってたのに……! な、ななななななんで……!?」


「とりあえず落ち着いてくれ……」


それからずっと困惑して落ち着きがなかったネーシャだが、5分ほど経ってようやく落ち着きを取り戻した。


「ごめん、ちょっと取り乱しちゃってた、あまりにも嬉しくて……」


「俺も本当に嬉しいよ、一緒に最高のコンサートにしよう。」


多分、湖での演奏を聴いたアルデンさんが俺達二人でのコンサートを提案したのだろう、こんなサプライズプレゼント、やってくれるな……。


「マジで良かったな二人とも! 俺もちょっと張り切って演出してやろうかなー! ……てか、そういえばネーシャちゃんリリモさんのとこ行かなくていいのか?」


「あ、そうだった……余韻に浸ってる暇はないや、早く行かなきゃ!」


ネーシャはそそくさと準備をしだし、教会の出口へ向かった。その足取りはいつもより軽く、ステップを踏むようだった。


「スキルも発現したし、コンサートも開かれるなんて……まだ夢の中にいるみたいで実感が沸かないけど、多分現実なんだよね。本当に今日は私に付き合ってくれてありがとう! 二人とも大好きだよ!」


そう言い残すと、足早に教会から出て行った。そして、一瞬の静寂も嫌いだ、という感じですぐライムが口を開く。


「トオルちゃんこの後暇だよね? デートでもする?」


「……しねぇよ」

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