第十話 俺と一緒に寝たいって!?

「ネーシャ!」


扉を開けるとそこには、どこか緊張しているような、気まずいような雰囲気のネーシャが立っていた。


「どうしたんだ?」


「ちょっと話したいことがあって……。」


話したいこと……? 分からないが、とりあえず外で話すのはアレだな。


「分かった、立ち話もあれだし中に入ろう」


「あ、ありがと……。」


俺がベットに座ると、ネーシャも俺の隣に座る。


……ネーシャは俯いたままで、なかなか話を切り出せない様子だった。なら、湖で話し出せなかった分ここは俺から話そう。


「ネーシャ、君と演奏するのは本当に楽しかった。今まで様々な人と組んで演奏してきたが、ここまでの感動は初めてだ。本当に君の演奏は素晴らしかった、事実俺は涙を流しながら演奏をしていたんだ、ありがとうネーシャ。」


「ありがとう……私も今までで一番楽しかった……! それに私の演奏が素晴らしいなんて、そんな……」


ネーシャは照れながら話しつつも、顔はどこか曇ったような様子だった。


「それで、あなたに会いに来た理由なんだけど……」


顔を上げ、何かを決心した目でこちらを見て話す。


「ごめんなさい! あなたは何も悪くないのに、最初から不機嫌な態度したり、わざわざコンサートを中断してまで心配して追いかけてきてくれたのに怒って色々言っちゃたり……! 本当にごめんなさい、関わるなと言われたら関わらないし、土下座しろと言われたらするし……」


突然頭を下げてそんなことを言うものだから、俺は動揺してしまう。


「ちょ、ちょっと! そんなこと頼まないよ! これからも関わりたいし、土下座もさせないよ」


なるほど、さっきからの陰りが見える表情はこういうことだったか。


「俺はなんとも思ってないし、人なんだからミスをすることもある、何も気にしなくていい」


「ほんと……? 許してくれるの……?」


「ああ、ネーシャの本当の思いが知れて良かった。それに、俺も無頓着だった、本当に申し訳ない。」


「あ、ありがとう……」


少しほっと安堵したような表情を見せるネーシャ……だが、本当に問題なのはこれからだ。


お父さんのこと、お母さんのこと、バイオリンのこと、村のこと……何一つ解決はしていない、このまま放っていてもまた、悲しみのある生活に戻るだけだろう。


今この場で話をすべきだろうか……? いや、今はダメだ。ただでさえ感情が色々と入り混じっているのにこの話をしても混乱するだけだし、何よりこの空気を壊したくない。


「ネーシャ、疲れてるだろうからもう家に帰って寝……」


「今夜は……一緒に寝てくれませんか?」


まずは寝て回復するのが先だ、そう考えて優しい声色で発言したのだが……今なんて言った?


「……今、なんて……? 」


「嫌だったら全然いいんですけど、今日一緒に寝てくれないかなって……」


聞き間違えじゃなかったぁ……! 聞き間違えであってほしかったなぁ……だって俺もう35歳だぞ? なのにこんな高校生くらいの子と寝るなんて……いくらなんでも許される行為じゃない。


落ち着け……まずは落ち着いてまずは理由を聞こう。


「……どうしてそう思ったんだ?」


俺はあくまで大人としての威厳を守るため、平静を装って質問する。


「一回言ったと思うけど、私お父さんもお母さんもいなくて……それで毎日家に一人で寝てるの。でも、あなたの演奏を見たとき、お父さんにそっくりだと思ったんだ。それからあなたにお父さんを重ねっちゃって、また昔のようにお父さんと寝たいな……って、ダメかな?」


上目遣いで優しくねだってくるネーシャだが……どうなんだ、倫理的には良くない……だが、ネーシャの気持ちの方が重要か。


「……もう10年もお父さんと離れ離れで、一日だけ、今日だけでいいから……」


「……分かった、今日だけだぞ」


今までの十年間本当に寂しい生活だったのだろう、そんな人を何もせずに見逃すことはできない……!


それに、今ネーシャは軽い錯乱状態なのだろう、あんなことがあれば、感情が溢れ出してそうなってもおかしくない。ネーシャを落ち着かせて安心させるという意味も含めて受け入れることにしよう。


「ありがとう! お父さん!」


顔がパッと明るくなり、今日一の笑顔になる。


「お、お父さんなんてやめろよ!」


気恥ずかしくてこんなことを言ったが、こっちを見るネーシャの眩しい笑顔に俺はお父さん呼びを許可せざるを得なかった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る