第九話 ネーシャの笑顔、アルデンの涙
「……!」
「……おい!」
ん……?なんだ……?
「おい! お前らこんなとこで何してる! もう真っ暗だぞ!」
この声は……アルデンさん?
「……!、アルデン! なんでこんなところに……!」
ネーシャも気が付いたようだ。
「お前らがいきなりコンサート会場から抜け出して走り出すからよ、慌てて探しに行ったんだがなかなか見つからなくてな、そしたらバイオリンの音色が聴こえたもんで来てみたら、泣きながらバイオリンを演奏してる二人を見つけたんだ。」
完全に無意識でずっと演奏を続けていたのか……アルデンさんには迷惑をかけてしまったな、演奏を中断して村の人にも申し訳ないな。
「それにしても……お前ら……いい演奏だった……」
アルデンさんが涙を流しながら俺ら二人の肩を掴む。
「……」
アルデンさんはそう言っているが、俺は演奏中の記憶があまりない。多幸感に包まれながらほとんど無意識で弾いていたから、どんな旋律でどんな音だったのかあまり覚えていないのだ。
「……」パクパク
ネーシャが口をパクパクさせて驚いた様子だ、どうしたんだろう……?
「あのアルデンが、泣いてる……! 酒以外興味がなくて、トオルの演奏でも泣かないような人だったのに……。私とトオルで、人を泣かせるような演奏ができたっていうの……?」
なるほど……そういうことか、確かに会ってから日は浅いが、今までのことを考えるとアルデンさんが泣く姿はあまり想像できないな。
「それにしても……」
ネーシャが俺の目を見つめて、いきなり顔を近づけて言う。
「楽しかったわよ……あなたと演奏できて……」
「……!」
まさかネーシャの口からそんな言葉が出るとは思っていなかった、今まであんなに嫌われていた俺が「楽しかった」なんて言われるとは……俺はそんなことを考えながら、笑って答える。
「ああ、俺も楽しかったよ、ネーシャ」
「ふふっ」
ネーシャの顔からも笑顔がこぼれる、元気になった様子で良かった。
「おい! 俺は蚊帳の外かよ! とりあえず村に戻るぞ、村のみんなには『二人ともとんでもない腹痛が襲ってきたんだ』って言っておいたから。」
アルデンさんは俺たちに何かあったんだと思って気を使ってくれたのか
「ありがとうアルデンさん」
「あ、ありがとうアルデン!」
~~
それから村に戻ると、アルデンさんが「お前らは疲れてるだろうからとりあえず家に帰って休んどけ」というので、アルデンさんの言うことに従って家に向かうことにした。
俺は自分の家がないので空き家を貸してもらえることになった、アルデンさんは会場の片づけがあるというので広場に残るとのことだ。「私/俺も手伝う」と言ったが、疲れてるだろうと言って聞き入れてくれなかった。
アルデンさんも夜通し俺たちを探して疲れているだろうに、本当にアルデンさんには頭が上がらないな。
ネーシャは自分の家に行く前に、俺を空き家まで案内してくれるらしい。広場を抜けて、東の住宅地区のような家が多くある所に進み、一番奥の家にたどり着く。
深夜だからか、人には誰も出会わなかった。
「ここが今日からあなたが住む空き家よ」
「ありがとうネーシャ、ここまで案内してくれて」
「ど、どういたしまして……じゃあ、私の家はあっちだから、じゃあね……」
「そうだ、家まで送ろうか? ネーシャも疲れてるだろうしな」
「あ、いや、大丈夫、ありがとう」
「そうか……分かった、ゆっくり休めよ、今日は色々ありがとうな」
ネーシャと別れ、家に入ると、空き家にしてはやけに綺麗な部屋が見えた。誰かがいつも掃除しているのか、それとも俺のために掃除してくれたかは分からないが、どちらにせよ綺麗な部屋で休めるというのは嬉しい。
広いとは言えないが、狭くもない一人にはちょうどいい大きさで、ベッドとタンスが一つずつ、そして一組の机と椅子があり、その上には油ランプが置いてある。
……ん? ベッドの上に俺が衣服工房でもらった服が置いてあった、そういえばコンサート会場に置きっぱなしだったな。
ベッドに座りバイオリンケースを隣に置くと、どっと疲れが押し寄せてきた。
さっきまで興奮状態だったから疲労を感じなかっただけで、よく考えたらずっと演奏をしていたわけだから、疲れていないわけがなかったな。
とりあえずもらった服に着替えよう、スーツで横になるにもいかないしな。
スーツをたたんでタンスの中にしまい、服を着る。
そろそろベッドで休もうといったところでコンコンとドアが鳴ったので、こんな時間に誰だろうと思いながらドアを開けるとそこには……
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