第六楽章♬ 「緑風吹に鳴る雫も」
♬
ケースを肩から降ろし、丁寧に中から俺の相棒を取り出す
静かに、けれど胸を張って堂々と、ゆっくりとステージに上る
ステージに立ち、辺りを見回すと、村人全員といっていい50人ほどの人がこちらに視線を向けているのが分かった
さきほどの騒ぎようが嘘のように、静かに俺の演奏を待っている
最後にステージに立ってから24時間も経っていないはずなのに、なんだか懐かしい感じがする
それだけじゃない、何度ステージに立ったか分からないが、どれだけステージに慣れても少しは緊張してしてしまう気持ちもある
だが、その緊張がむしろ心地よく、俺の気を引き締めてくれる
ふぅーっ
俺は襟を整え、深呼吸をする、いつものルーティーンだ。
バイオリンを構え、演奏が始まる
……
俺の指は滑らかに、まるでバイオリンと一体化しているように動いていく
最初の音が奏でられると、観客はその音に耳を傾けその美しい旋律に聞き入る
俺は、まるで木の葉が空に舞っているかのような、静かでありながら可憐さもあるメロディーを奏でた
演奏が始まる前までそっぽを向いていたネーシャも、俺が一音奏でると驚いた様子でチラっとこちらを見るのが見えた
俺の手の動きと弓、そしてバイオリンにこの場にいる全ての人間の視線が注がれる
あまり慣れていない野外での演奏に、俺は少し不安もあったが、風の吹く音や草木のにおいに心が包まれていくうちにだんだんと、自然、そしてこの村と同化していく感覚があった
同化すればするだけ感情も想いも伝わりやすくなる
アルデンさんは俺の演奏に耳を傾けながらも、酒に夢中のようだ
そんなアルデンさんを横目にしつつ、演奏は続いていく
観客たちは既に、息をのむように俺の演奏に聞き入っている
俺自身の気持ちもどんどん高ぶっていき、この村にきてすぐ優しくしてくれた人のことを思いながら演奏し、弓を動かす手に熱が入る
この曲には、俺が亡くなってしまった悲しみや、転生に対する好奇心と恐怖、出会ってすぐなのに優しくしてくれた人たちへの思いなど、様々な感情が入り混じっている
穏やかな旋律ながら、俺の想いが込められているのだ
この想いがこの村の人に届けばいいと思いながら、いよいよ曲は山場にさしかかる
感情が抑えきれずに立って聴く者もいれば、泣き始める者も出始めた
その時
「!?」
木の葉が空中を意識を持って舞うように、会場を包んだ、俺は困惑しながらもハプニングはつきもので慣れているので、演奏は崩さずに続けた
空中を舞う木の葉は俺の演奏する旋律に合わせて可憐に動き、会場をさらに盛り上げようとするような動きを見せた
アルデンを含め、村の人たちは驚いていない様子だったので、これがただのハプニングではなく周知されているものなのだと思った
それにしても綺麗だ…花びらも加わってさらに鮮やかさと会場のボルテージがあがる
こんな演奏は生まれて初めてで、俺もかなり楽しく演奏できた
演奏も終わりにさしかかると、盛り上がりも落ち着いていき、木の葉たちもゆっくりめの落ち着いた動きを見せるようなってきた
俺の指先が弦をなぞるたびに音色は次第に静かになり、曲は静寂に向かって進行していく
そしてあと数小節で終わりかと思ったところでさらなる事件が起こった
ネーシャが涙を流し会場から逃げるように走り出したのだ、普通なら感動をして涙を流したので、それを見られたくないから去ったと思うだろうが、あれは違う
あの顔は感動で泣いている人の顔じゃない、幾度の演奏で人の顔をたくさん見てきた経験からそう確信した
「早く追いかけないと!」
俺は咄嗟にそう思うと演奏を即座にやめ、ステージから足早に降り、ネーシャを追いかける。
俺の行動に戸惑って引き留めるアルデンや村人たちの声はもう聞こえなかった……
♬
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