(5/6)令和におけるノアの方舟


 大きな画面、短いテーブル状の操作スペースには左側にレバー、右側にボタン。そんなアーケードゲーム筐体は、静かに息づいていた。


「あ……奥、見て下さい! ありました!」

「うわマジだ!」


 ゲームセンターの店舗二階、その最奥たる角エリアの更に隅の隅まで追いやられ、たった一台だけの筐体がひっそりと佇む。映し出される画面は格闘ゲームであることから、どうやら筐体を挟んで二人で座ることで対戦プレイが可能と窺える。


「あー、いっぱいゲーム入ってるんですねこれ」

「ほんとやん。すげえ!」


 筐体には「ゲームを選ぶ」メニュー画面が存在した。候補となるそれぞれがレバーとボタンを使って遊ぶタイプの作品であり、選んで決定を押してからコインを投入する。


「昔は、このラインナップと同じ量の筐体とイスが並んでたんですよねぇ」

「それな。あとタバコも全然吸えた」


 数十台の筐体が並び賑わっていた光景はもはや過去のもの。慎ましく設置された一台限りのアーケードゲーム機が現実を訴えかける。


「寂しくなっちゃいましたね」

「なんかさ、ノアの方舟みたいだなって思う」


 目の前の〝最後の筐体〟に収容されたゲーム作品以外は、全てが大洪水により濁流に飲まれてしまったのだ。文化や財産を遺す方舟たる一台も、どこか頼りなく風前の灯火に見える。


「今のご時世、みんなオンラインですもんね」

「そう思う」


 考えてみると、僕達が熱心にゲームを楽しんでいた頃はソニーのハードも任天堂のハードもネット対戦が台頭していなかった。

 オンラインと言えば専用のパソコンゲームか、あるいは僕やテツ君のような一部のマニアがネット環境のポート解放から始める対戦状況の整備を経て初めてスタートラインに立つ同人格闘ゲームの対戦など。

 些か敷居が高く、だからこそゲームセンターに多くの人々が訪れ交流が生まれた。しかし、今は違う。小学生でも気軽に全国の仲間達と戦えるし、配信者達も自宅からオンライン環境で技術を伝えたり対戦風景を見せる様子をよく目にする。


 時代の潮流を感じながら、いつの間にか「隣接するカラオケに行き歌いながら雑談」という当初の予定をすっかり忘れてしまっていた。


「まさか、横スクロールアクションとは……」

「ね。そんな雰囲気かけらもなかったのに。これは意外」


 場末のゲームセンター、二階隅に寂しく置かれたノアの方舟。


 方舟の中に詰め込まれた数十種類のゲーム作品。


 そのうち一つが、僕の新たな〝推し〟となる。


 

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