(4/4)ATOKとの和解


 その日、キモニキに衝撃が走る。


「これが、お前の〝真の姿〟……なるほどな」


 実際、真の姿でもなんでもない。公式の概要にもアプリのヘルプにも普通に記載されたATOKエイトックの標準機能。だがキモニキはアホの子なので無料体験という期間が切れる寸前まで気付くことがなかった。


「やるじゃねえか、それが本気ってことかよ?」


 ATOKの秘めた真価しんか、それはコマンド形式の入力。


 例えば「は」を一瞬押し、指を離さず画面を見ると指の左に現れる「は」から右にある「ほ」まで時計回りおうぎ型に「はひふへほ」が表示される。指の真上は「ふ」である。ここまでは、前々回で説明がなされた。


 そして「は」を一瞬押し、五択を選ぶ前に「真下」を経由することで変化が起こる。


 入力候補全てに濁点が付くのである。


 真下を二回通過する動作にも、キモニキはすぐに慣れた。指を離さず素早く二度、下に弾くのが半濁点の機能。


「は」に触れる→真下に指を動かし初期位置へ戻す。


 この動作ジェスチャーを二度繰り返すと、扇型の入力候補は「ぱぴぷぺぽ」へと変化。他の音の濁点や半濁点、や行の小文字にも対応。


 濁点付の「ぐ」を打つ場合「かぎょう」は「2」だが、ATOKは「2+濁点」とならない。


 2↓↑、である。


 これは実際、かっこいい。


 斜めコマンドも交えると一層スタイリッシュになる。


 当然、利用を継続。有料版の購入を確定。


「お前とは長い付き合いになりそうだな、闇の化身ATOK」


 くして、キモニキはATOKの〝適合者〟として覚醒を果たす。



 世間の風当たりは冷たい。


 和解を果たし、敵対でも従属でもなく互いに対等なATOKとの共存を勝ち取ったキモニキは世を憂いた。


「あのゴミアプリ最悪」


 現実もネットも問わず多くの友人知人にATOKの素晴らしさを伝えようにも、数人どころか数十人から難色を示される。難色を示されるどころの騒ぎではなく、幾多の否定的な意見を浴び、キモニキはATOKと共に真っ向から受け止める。


 この頃になると、もはやATOKはキモニキにとって死線を一緒に潜ってきた戦友とも


「ねーえー、このアプリやめない!?」


 当時、交際中の女性が激怒。


 寝起きに半裸の女性がSNSを閲覧しようとしたところ、端末の充電切れが発覚。隣で寝ていたキモニキがスマートフォンを貸すも、入力難度の高さに苛立った女性から八つ当たりを受けた。それが、事の顛末。


「あんまり人に勧めない方が、いいのか」


 消沈したキモニキは、おのれがATOK使用者であると大っぴらに公言するのを恐れるようになった。それ以前に「自身の入力環境は」などと説明する機会など、作家になり配信者と知り合ってアンケートを記入するような機会でもなければ有り得ない話、目下もっかキモニキにそんな予定はなかったのである。


 しかし、今はもう違う。


 今一度キモニキ、いやキモオジはATOKの素晴らしさを少しずつ広めたいと思った。速さに関する質問を受けた際に、返す答えはもう決めている。長く活動すれば、もしかすると今後も誰かに「どうしたら執筆速度って上がる?」とたずねられる機会があるかもしれない。


「ATOKを使いこなせば、きっと速くなります」


<了>

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